108 ネギ野郎な僕3~紛れもない悪~
場所:レーギアナの森
語り:シンソニー・バーフォールド
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僕の叫びも届かず、オルフェがそこに剣を撃ちつけた瞬間、エンベルトが呪文を唱えた。
「ブラインディングレイ!」
魔道具から発射された強烈な光の束が、間近にいたオルフェを貫通し、そのまままっすぐにハーゼン大佐に向かって伸びていく。
ジゾルデが慌てて土壁を作るも、打ち砕かれてハーゼン大佐も後方に吹っ飛んだ。
周りにいた僕たちも、光に目をやられ、視界が真っ白になる。
「オルフェ! ハーゼン大佐!」
「「オル先輩!」」
みな必死に声をあげるものの、まったく周りが見えていない。
「見たか! いや、見えないか? バカなオトラー義勇軍め!」
嬉しそうなエンベルトの声が、どこからか響いている。
「知らないようだから教えてやる! オルンデニアを封印したのは、闇の大精霊マレスだ。彼女は、オルンデニアを封印したのち闇に堕ち、巨大な魔物をまき散らしている。おまえたちの故郷を襲ったゾウの魔物、クルーエルファントだ!」
「なに……?」
「そして、そのクルーエルファントを操り、あちこちの村を襲っているのは、おまえたちが守ろうとしているイザゲルだ! 猿山の大将にも伝えておけ。おまえの守ろうとしているものは全て、紛れもない悪だと! おまえたちから故郷を奪い、そして私から祝福を奪った、最悪の悪党だ!」
「……バカな!」
なにも見えないままの僕たちに、エンベルトがとんでもないことを言い放った。オトラーの兵たちに、大きなどよめきが起きている。
「嘘だと思うなら行ってみろ! このレーギアナの森の奥、イザゲルとマレスが、クルーエルファントを生み出しているぞ!」
「でたらめを言うな……!」
ハーゼン大佐はケガをしたのか、苦しそうな声を絞り出している。オルフェは意識がないのか反応がない。
僕は呆然としながらも、なんとかエンベルトの姿を探そうと、なんども目を瞬かせた。
だけど、エンベルトの声はそれきり聞こえなくなってしまった。
ようやく僕たちが目を開いたときには、もうそこに聖騎士軍の姿はなかった。
彼らはいまの隙をついて、僕たちを倒すより、コソコソ逃げることを選んだんだ。
一発限りの魔力を込めた魔道具は、彼らの最後の切り札だったらしかった。
再び目が見えるようになると、僕はオルフェに駆け寄った。
ハーゼン大佐のもとへは、ほかの治癒魔道士が駆けつけている。
ニーニーも親衛隊を振り払い、オルフェのもとにやってきた。
エンベルトの魔道具から発せられた光線に撃ち抜かれたオルフェは、ぐったりとしてその場に倒れていた。
彼の胸に、大きな穴が開いているのを見て、僕は必死にゼヒエスを呼んだ。
「ゼヒエス! ヒールだ! 頼むよ早くして。オルフェが……っ」
「大丈夫ですよシンソニー。クソガキはギリギリ生きてます。残念ながらね」
焦る僕に、ゼヒエスがそんなことを言いながらも、強力にオルフェの傷を治してくれた。
だけど、胸と背中に、だいぶん大きな傷跡が残ってしまった。
普通なら絶対死んでるような大ケガだから、ヒールではこれが限界だよ。意識もすぐには戻らないみたいだ。
「オル君! オル君しっかりして! 傷よ、消え去れ! リペア!」
ニーニーが光の修復魔法で、痛々しい傷跡を消そうとしている。彼女の守護精霊のルミシアが光を増しながら、くるくるとまわった。
彼女はニーニーの腰くらいの大きさの、可愛い少女のような精霊だ。
光り輝く蝶のような羽を持っていて、飛び回ると金色の光の粒子が、キラキラと舞い散るんだ。
前はもっと小さかった守護精霊たちだけど、戦いに次ぐ戦いで僕たちの魔力を吸収し、かなり大きくなってきたよ。
「ニニちゃん、綺麗にすんの無理だったぁ! 力足らずでごめんね! テヘ☆」
「ダメなの? 頑張ってょ、ルミちゃん。ミラちゃんが生きてたら悲しむょ」
「リペアは道具や装備用の修理魔法だよぅ。しかも一時的なの! 知ってるでしょ? ニニちゃんのイメージ不足っ! 力不足っ! 知識不足っ!」
「あぁもう、わかったよぉ。勉強してイメージかためておくから、そのときはお願いね。オル君ごめん、そのうち傷跡、消してあげるからね☆」
「うんうん♪」
ルミシアはまるで、ニーニーの分身みたいだ。二人揃うと、賑やかさとキラキラが倍増するよ。
久々に間近で見た二人のやりとりに、僕は思わず「ふふ」と笑った。
「シン君……。あのっ、あのね」
なにか言いかけた彼女の周りを、リゼルたちが取り囲む。
「ニニちゃん、もういいだろ。死にはしないってさ」
「う、うん」
また連れていかれてしまう彼女の後姿を、僕は情けない気持ちで見送っていた。
だけどそのとき、僕は今朝オルフェに言われた言葉を思い出した。
『エニーはそこにいんだぜ。周りに何人いたって、大声で叫べば聞こえる』
――そうだね、オルフェ。ニーニーはいま、僕のすぐ目の前にいる。それは本当に幸せなことで、いつもこうだとは、限らないんだ。
「待ってよ!」
僕はオルフェに言われたとおり、意を決して大声をあげた。
ずっと溜まっていた気持ちが、一気に爆発したみたいだった。
僕からこんなに大きな声がでるのかと、自分でも驚くぐらいだよ。
その声にリゼルたちは立ち止まり、ザワザワしながらこっちを振り返った。
「なんだよ、ネギ野郎」
「いっ、いま僕は、ニーニーの話を聞こうとしてたんだ! きみたちは、可愛い可愛いって、彼女を取り囲んでるけど、ちゃんとニーニーの話を聞いてあげてるの!? 僕は! 僕は……!」
「はぁ? なに言ってんだこいつ」
「うるせーぞ、ネギ野郎。話をするのは順番だって言ってるだろ」
「だから! 僕が話したいんじゃない! 僕は、ニーニーの話が聞きたいんだ。ねぇ、いま僕になにを言おうとしたの? 教えてよ! ニーニー!」
「うっわー、なんだこいつ。思いあがるにもほどがあるだろ? 行こうぜ、ニーニー。ネギ野郎なんかほっとこうぜ」
「もう、やめてっ! シン君はおネギなんかじゃないから!」
リゼルに背中を押されたニーニーは、突然彼を押しとばした。
僕を振り返った彼女の顔が、イチゴみたいに真っ赤になってる。
「シン君! 大好き! ニニの恋人になってください!」
「えっ!?」
キョトンとする僕に、ニーニーが駆け寄ってきた。服をキュッと掴まれて、同じように赤くなる僕。
「こっ、恋人にっ。なって欲しいの。シン君……」
「ニーニー! 本当に!?」
「なかなか、勇気が出なくて、言い出せなくて……避けるみたいになっちゃった。ごめんね☆」
「そうだったの? よかった、嫌われてなくて……!」
「嫌いなわけないょ? 恋人、なってくれる?」
「もちろんだよ!」
「よかった☆」
ニーニーが僕の胸に飛び込んできて、僕はギュッと彼女を抱きしめた。
そんな僕たちを見て、親衛隊たちがすごすごと離れていく。
「ニーニー、いいの?」
「うん、あとで謝っとくよ。それより、呼び止めてくれたシン君、かっこよかったょ☆ ニニ、もっと好きになっちゃった」
「ニーニー! 僕も大好きだよ!」
「う、うーん……」
「あ。オル君、忘れてた☆」
「ほんとだっ」
いちゃいちゃする僕たちの足元で、倒れていたオルフェが、まるで抗議でもするように呻き声をあげた。
「オルフェ、目を覚ましたらびっくりするかな? ニーニーが告白してくれるなんて僕、思わなかったよ」
「シン君は子供のときからずっと、ニニの王子様だょ☆」
「きみのためなら、僕はなんだってできる気がするよ。これからもずっとずっと、大切にするからね!」
「ふふ♪ やっぱり王子様だ☆」
まだ意識のないオルフェをおぶって、僕は基地に引き返す。
――オルフェは重いけど、僕もなかなか男らしいな。力だって結構あるんだ。
――だけど、僕はもっと強くなるよ。大切なものを守りきる力をこの手に掴むまで、なににだって立ち向かうんだ。
新しい決意を胸に歩き出した僕。
そんな僕の隣をニーニーは、ぴょんぴょん跳ねながら歩いていた。




