107 ネギ野郎な僕2~悪の軍団と聖騎士軍~
改稿しました(2024/11/21)
場所:レーギアナの森
語り:シンソニー・バーフォールド
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「みつけたぞ、聖騎士軍! これ以上おまえたちに愚かな行いはさせない!」
レーギアナの森を行軍し、僕たちはエンベルトの率いる聖騎士軍を発見した。
ハーゼン大佐が大声をあげながら近づいていく。
聖騎士エンベルトも、白馬に跨り長い金髪をなびかせて、僕たちのほうに進み出てきた。
奇襲はしかけず、危険を冒しても話しかけるのは僕たちの方針だ。
僕たちはまだ、互いが歩み寄れる可能性を、完全に捨ててはいなかった。
それに、相手が悪いからと卑怯な手を使ったのでは、義勇軍は評判や信頼を失い、兵たちの士気もさがってしまう。
エンベルトは王国軍時代と変わらない青い騎士服を身にまとい、いかにも立派な騎士の風格を漂わせていた。
その姿に、僕たちはみんな身構える。
彼の姿だけ見れば、いまだにイニシス王国は存続しているようにも思えた。
だけど実際に、王国はもう存在しない。
僕には彼が、聖騎士であり続けたいとあがき、かつての栄光に縋りついているように見えた。
「来たな! イザゲルを守ろうとする悪の軍団オトラーよ! 聖騎士エンベルトの名において、闇に侵されたものは全て、このイニシス王国から排除する!」
「はは! イニシス王国なんてどこにある! そんなもんはとっくに崩壊したぞ! 罪もない人を手当たり次第殺しやがって、いい加減にしろ!」
僕たちを悪の軍団だという彼らは、複雑な国章が刺繍された王国軍の旗を掲げ、まるで誇り高い英雄のようだ。
そんな彼らを前に、ハーゼン大佐は冷やかすように乾いた笑い声をあげた。
「いまや新政府を名乗る組織は乱立し、正規軍だったおまえらとは別の軍が国土の大半を支配している。あの国は滅亡したんだ」
「バカめ! イニシス王国は滅亡などしていない!」
「これだけたっても王都も消えたまま、国王もいないのにか? オトラーだってもう独立国家だ。オレたちはイニシスに戻る気はないぞ!」
「はっ、オトラー国のクーラー王か。そんなものはだれも認めない、おまえらの戯言だ! 田舎者の猿山の大将ごときが国王を気取るなど恥を知れ」
「シェインへの侮辱はオレが許さない!」
「もう一度言う。王都は消えてはいない。あれは闇属性の封印魔法だからな。国土の闇を浄化すれば封印は解かれ、王都オルンデニアは復活するのだ!」
「それこそおまえらの戯言だ。おまえらの浄化すべきは闇のモヤであって、闇じゃない。闇自体は悪でも穢れでもないからな。光と闇の均整を守るのがおまえらの仕事だったはずだろ。いまおまえらのやってることは、シャーレンの教えにも反してるぞ」
「ははは。これ以上話しても無駄のようだな。かかれ! イニシス王の兵士たちよ! 王都復活を阻む逆賊の台頭を許すな!」
エンベルトは突然話を切りあげると、顔を歪めながら敵陣へ戻ってしまった。
彼は本当に僕たちが尊敬していた、あの聖騎士エンベルトなんだろうか。
一見すると立派に見えるけど、その態度はどこか投げやりで、話し方も早口で落ち着きがないみたいだ。
ともかく僕たちの話し合いは決裂し、戦闘は開始された。こちらは三百人余りなのに対し、あっちは五百人近くいる。
だけどみたところ、大半は魔力のない一般兵だ。魔導師たちもいるけれど、守護精霊は見当たらない。
怖いのは指揮官の騎士たちくらいで、あとは僕たちの敵じゃない。毎日の戦いと訓練で、僕たちは強くなったんだ。
エンベルトの合図で、弓兵たちがこちらに向け一斉に矢を放ってくる。
「ゼヒエス! リジェクトウィンドで吹き飛ばして」
「お任せおば♪」
緑に輝く強烈な風が、飛んできた矢を吹き戻す。矢が自分たちの仲間に突き刺さると、弓兵たちはもうすっかり青い顔だ。
「怯むな! 行けー!」
エンベルトが鼻にしわを寄せながら叫んでいる。今度は剣士たちが剣を振りあげ向かってきた。
「いけ! バスターゴーレム!」
「「「ぐぉぉぉおおおおおぉぉ!」」」
ハーゼンさんが呪文を唱えると、地面が揺れて割れ始めた。
見あげるほどに巨大なゴーレムが地面のなかから何体も召喚された。土や石でできた怪力の巨人だ。
ゴーレムはハーゼンさんの命令に従って、敵に向かって一斉に突進する。
それは強靭な肉体をもつ聖騎士軍の剣士たちを、虫けらのように殴り飛ばした。
衝撃で地面が凹み、茶色い砂埃が舞い上がる。味方でも焦るくらいの迫力だ。
「みんなかかれー!」
ミシュリ大尉の掛け声が響いた。彼女は僕たちが所属する中隊の中隊長で、カタ学の先輩でもあった。
――ジャキーーーーーン!――
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
「いくぜ、フィネーレ! あのふさふさのついた兜、熱々にしてやろーぜ」
「んふふ。楽しそうね!」
オルフェがトリガーブレードを抜く音が鳴り響く。
その音を合図に、第一分隊の隊員たちも、武器をかまえて走り出した。
「フェロウシャスレッドティガー!」
ミシュリ大尉が二匹の燃え盛る虎を召喚する。
苛烈な炎を纏い走る、真っ赤な虎だ。それは敵の兵士を骨ごと砕き、肉を食いちぎり、燃えあがらせる。
ハーゼン大佐のゴーレムより数は少ないけど、その恐ろしさはこの大隊でもトップクラスだ。
あとに続いたオルフェも、まるで炎の魔人みたいだった。
彼の身体能力は強化魔法でありえないほどあがり、炎属性の魔導剣士というには規格外れな強さになっていた。
強化魔法は危険な魔法だ。親和性の高いフィネーレを信頼しているからこそ、オルフェはここまでできるんだ。
彼が繰り出す全ての攻撃に、炎属性魔法が乗っている。
ドンレビ村が襲撃されたときに火傷をしてから、装備を見直し、炎耐性もますますあがって、いまは火傷の心配もないらしい。
人間離れした速さで突き出される剣撃。その爆風は周囲の敵までよろけさせる。
多彩に繰り出される連続斬りも、相手の動きを封じながら隙を逃さずついていく。
「ぎゃぁぁ! おまえ、ほんとに人間か!?」
「はっはー! こんなもんだと思うなよ! フィネーレの力を思い知れ! フェロウシャスオルトロス!」
慌てる敵兵の叫び声に、オルフェの調子はどんどんあがっていく。
回転切りで巻きあげられた円形の炎から、二頭の魔犬が出現し兵士たちを追いかけ喰らいついた。
あれはミシュリ大尉に仕込まれた彼の大技だ。
オルフェは次々に敵兵たちを燃えあがらせながら敵陣を突き進み、馬上で目を見開いている騎士の一人に襲いかかった。
空高くジャンプしてからのトラストエッジの破壊力は凶悪だ。
「ぐあぁぁぁ! なんなんだ、おまえはぁぁー!」
「俺は炎の化身オルフェル・セルティンガーだっ」
「鬼畜野郎がぁぁ!」
青ざめながら叫び、燃えあがる騎士。
オルフェ一人だけでも、かなりの聖騎士軍を倒したんじゃないかな。
そして、ニーニーの落とすフォーリングスターも、ますます威力をあげていた。
攻撃範囲も広がって、まるで流星群のようだ。
仲間の闇属性魔導師と連携することで、混乱効果も追加されている。
それは眩しく敵陣にふりそそいで、騎士たちを大混乱させた。
混乱して仲間に攻撃している聖騎士なんて見たら、敵でもちょっと悲しくなるよね。
魔法を使うニーニーの周りは、親衛隊のリゼルたちが、彼女を守る騎士のように取り囲んでいた。
戦闘中の彼女には、敵はおろか、味方の僕さえ近づけない。
全力を出すまでもなく、僕たちと聖騎士軍の力の差は歴然だ。
自分を取り巻いていた兵士が腰を抜かしたり、おたおた逃げ出したりするのを見ると、エンベルトは馬上から魔弓を放った。
「数多の光の微精霊たちよ! 金色の弓に姿を変え、誅伐の矢を撃ち放て! シャイニングアロー!」
眩く光る矢が、ハーゼン大佐めがけて飛んでいく。
さすがにエリート騎士だけあって、同時に十二張りもの弓を出現させて矢を放つ、おそろしい最上級魔法だ。
彼のシャイニングアローは、闇属性魔導師たちの守護精霊を、ことごとく打ち消したといわれていた。
眩しさに目を細め、焦る僕たち。
だけど、長い呪文を唱えたわりには、まるで思ったほどの威力がない。
「ジゾルデ」
「あいよ」
名前を呼ばれ、地面のなかから現れたハーゼン大佐の守護精霊が、土の壁を立ちあげそれを防いだ。
エンベルトの周りに浮かび、禍々しいくらいに光り輝いていた弓が、砕けるように消え去っていく。
「聖騎士エンベルト! シャーレンの祝福はどうした!」
シャイニングアローをこともなげに防がれ、エンベルトは顔を引きつらせた。そこへオルフェが飛んで斬りかかる。
聖騎士たちは光の大精霊シャーレンから、祝福を受けているはずだった。
大精霊の祝福があれば、呪文なんか唱えなくたって、もっと強力な魔法が使えるはずだ。
それがいまは、まったく力が感じられない。
激しい炎を放つオルフェの剣に、「くっ」という、エンベルトの声が響く。
だけどやっぱり、エンベルトも反応が早い。とっさに盾をかまえて、オルフェの剣を防いでいる。
「言わなくてもわかるぜ! 闇の精霊を殺しまくったせいで、シャーレンに愛想つかされたんだろ」
オルフェの激しい攻撃がエンベルトを襲う。エンベルトは顔をしかめながら、「チッ」と大きな舌打ちをした。
オルフェの言ったことに、まず間違いはないだろう。精霊たちは、属性はなんであれ仲間意識が強い。
精霊の力を使い精霊を殺せば、精霊たちに見放されるのは当然だ。
聖騎士軍の兵たちは、精霊に嫌われ弱体化した。だから僕たちはこんなふうに、彼らを追いつめられるようになったのだった。
剣を盾で払われたオルフェが、後方に飛んで地面に足をつく。
だけどまたすばやくジャンプして、馬上にいるエンベルトに再び剣を振り下ろした。
「さっきの弓で、ミラナもクイシスも殺したんだろ! 嫌われて当然だ! ミラナを返せ!」
「クイシス? ミラナ? だれだそれは。聖騎士が処刑した罪人を、ひとりひとり覚えているとでも思ってるのか?」
「このゲスやろーっ! 犬も食わねー!」
弾丸のような勢いで何度も何度も斬りかかるオルフェ。
エンベルトは気圧されながらも、嫌な笑みを浮かべてそれを防いでいる。
オルフェは怒りのせいか、攻撃が単調になってるみたいだ。
「ふん、祝福など必要ない! 魔力に飢えた微精霊たちは空気中に溢れているからな! これをくらえ!」
エンベルトがそう言いながら、かまえていた盾を突き出した。
――あれは!?
僕が盾だと思っていたそれは、よく見ると、丸い鏡のような魔道具だった。
「オルフェッ! だめだ!」
「ブラインディングレイ!」
僕の叫びは届かない。
オルフェがそこに剣を撃ちつけると同時に、エンベルトは呪文を唱えた。




