106 ネギ野郎な僕1~あいつら、腹立つな~
改稿しました(2024/11/19)
場所:レーデル山
語り:シンソニー・バーフォールド
*************
シェインさんと見張りを交替した僕、シンソニー・バーフォールドは「くーくー」と寝息を立てているオルフェの隣に横になった。
「うーん……。ミラナ」
オルフェがそんな寝言を言いながら、僕にガシッと抱きついてくる。
――あ、暑い……。オルフェが熱くて、テントのなかが蒸し風呂みたいになってる。シェインさん、よく平気だったなぁ。
なかなか寝付けなかった僕は、三百年前の記憶を思い出していた。
△
――あ、暑い……。寝苦しい……。なんだろ、この重いの。オルフェの腕?
僕が寝苦しさに目を開けると、隣に眠るオルフェが僕をがっちりと抱きしめていた。
狭いテントのなかは蒸し暑くて、オルフェは汗だく。
そのうえ、寝ながら流した涙と鼻水を、僕の服で拭いている。
「オルフェ、ねぇ、抱きついてこないでよ~。暑いよ」
「ミラナ……」
「もう、僕ミラナじゃないってば……」
そう言いながらも、僕はオルフェを突き放せなかった。
僕たちが義勇兵になってから、すでに九ヶ月がたっている。
ミラナも処刑されてしまい、戦いばかりの殺伐とした日々。
人前では元気そうに振る舞っているオルフェだけど、僕と二人のときはときどき、見ていられないくらい元気がなかった。
「おーい、オル、シン! 起きろ! そろそろ行くぞ」
「あっ、は、はい、ハーゼン大佐っ」
「なんだおまえら……。とうとう付きあいはじめたのか?」
テントを覗き込んだハーゼン大佐が、オルフェに抱きつかれている僕を見て、ニヤニヤしながらそんなことを言う。
「えっ!? いや、これは……。ち、違いますっ」
「はは。わかってるって」
「もう、からかわないでください」
「すまんすまん。それよりオルを起こして早く朝飯を食え。今日こそ聖騎士軍を捕まえるぞ」
「はい」
僕は少し口を窄めながらも、言われたとおりにオルフェを起こした。
ここは、オトラーと聖騎士軍の領地の境にあるレーギアナの森。たくさんのテントが並んだオトラー義勇軍の臨時基地だ。
最近この辺りで、聖騎士エンベルトの率いる聖騎士軍が、なにかコソコソしているという情報があった。
この森は何日も歩かないと抜けられないくらい広くて、そのうえ奥のほうには闇のモヤがかかっている。
魔物も多くて普通はだれも近づかない。だけど聖騎士軍はこの危険な森をとおり抜け、僕らの領地へ忍び込んだんだ。
南に陣取り、オトラーとアリストロが相討ちで弱るのを待っている様子の聖騎士軍が、のこのこやってくるのには目的があるはずだった。
森のなかで、黒髪の人を追いかけていたという話もある。
追われていたのはイザゲルさんの可能性もあるし、そうでなくても助けてあげたい。
それでハーゼン大佐は、聖騎士軍をやっつけようと大隊を率いて、このレーギアナの森まで遠征してきたんだ。
国土を浄化する役目を担っていた歴代の聖騎士は、ずっとイニシスの正義であり、聖者であり、英雄だった。
特にエンベルトはカタ学出身ということもあって、僕もオルフェも、ずっと憧れていた人だ。
国王が「いますぐ闇魔導師を全員処刑しろ」と言い出したとき、王に打診して三日の猶予をもらってくれた人でもある。
彼がいなかったら、闇属性の魔導師たちは、王都から出ることもできないまま、すぐに処刑されていただろう。
それを僕たちがやっつけようとしてるなんて、いまでもちょっと信じられないよ。
だけど彼がいましていることは、本当に許せない行為だ。
ミラナのときは、王命じゃ逆らえなかっただろうとも思ったけれど、いまはもう、その王様もいない。
彼は自分の意志で、罪もない人々を聖騎士の名において処刑しているんだ。
僕たちはそんな聖騎士軍の愚行からオトラーの人々を守るため、彼らの情報を集めてはあとを追っていた。
「おはよう、ニーニー」
「あ、シン君……」
テントを出て遠征中のみ支給される朝食を取りに行くと、ニーニーの姿が目に入った。
いつもどおり挨拶する僕に、ニーニーは気まずそうな顔をする。
「おっと、ネギ野郎。俺たちのニニちゃんに勝手に話しかけんなよ」
「リゼル……」
リゼルは義勇軍ができてから、新しく結成されたニーニーの親衛隊一番隊長だ。
彼は白くて細くて緑の髪の僕のことを、ネギ野郎って呼んでる、すごく失礼なヤツだった。
「ニニちゃんと話すには、俺たち親衛隊の許可がいるって、前にも言っただろ」
「そんなのしらないよ。僕はずっとずっと前から、ニーニーの友達なんだから」
「友達なんか関係ないね。ニニちゃんと話をする順番は、親衛隊の会員番号で管理されてんだ」
「そうだ。彼女と話したければ、おまえも親衛隊に入れ。いまからなら、話せるのは来年だけどな」
「くっ……」
僕はいままで、ニーニーのそばにいることを、親衛隊に妨害されることなんてなかった。
僕の見た目が、ずっと女の子みたいだったからだ。
だけど、最近の親衛隊は、いままでのものより、だいぶん僕に厳しいんだ。
最近僕は、すっかり背が伸びて、体格も少し逞しくなった。
ずっと男らしくなりたいと思っていた僕だけど、いまはそれが、完全に災いしているみたいだ。
親衛隊に入らなかったせいもあって、簡単には彼女と話すこともできない。
ニーニーは少し僕を振り返りながらも、リゼルたちに連れられていってしまった。
こんな闘いばかりの日々で、なんの楽しみもないテント暮らしのせいかもしれない。
若い義勇兵たちにとって、ニーニーは重要な娯楽らしい。
あいつらはバカみたいに躍起になって、彼女と話す権利を管理しているんだ。
――だけど、僕はニーニーのファンじゃない。友達なんだ……。
僕は不満にため息をつきながら、カチコチのパンをかじった。
そんな僕の隣に、オルフェが座る。僕の憂鬱を察してか、いじめられた子供みたいにしょんぼりした顔だ。
「またエニー取られたの」
「うん……」
「あいつら、腹立つな」
「……だけど、親衛隊なんていつもいたからね。問題はそこじゃないみたい」
そう言って、僕はまたため息をついた。
親衛隊は、ニーニーに誘われて義勇軍に入隊したやつが大半だ。彼女が彼らを蔑ろにできないのもわかる。
だけどニーニーはいままで、親衛隊がいようがいまいが、いつも自分から僕のところに来てくれてたんだ。
それが、最近はなぜかぱったりなくなってしまった。
別の分隊にいることもあり、僕たちは、もう長い間まともに話をしていなかった。
「やっぱり僕、嫌われたかな。それとも、リゼルたちといるほうが楽しいとか?」
「俺にはわかんねーよ。だけど気になるなら、直接聞けばいいんじゃねー?」
「でも、あんなに囲まれてちゃ……」
「それがなんだよ。エニーはそこにいんだぜ。周りに何人いたって、大声で叫べば聞こえる。そしたらエニーも、返事くらいすんだろ」
「うん……」
オルフェの言葉はいつもどおり率直で、彼らしい大胆さがあった。届かない想いを抱えたきみに、僕の言い訳は通用しない。
きみはいつも自分の気持ちを、まっすぐにミラナに伝えていたから。
「……俺が、文句言ってきてやろっか?」
僕が黙ってしまうと、オルフェは心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
そうやって、きみは子供のころから、何度僕を助けてくれたかな?
学校で揶揄われたとき、オルフェは僕の盾になってくれたし、勇気がないときは背中を押してくれた。
きみの強さの半分でも、僕にあればといつも思うよ。
――だけど、願うばかりじゃダメだよね。
「ありがとう……。でも大丈夫。自分で言うよ」
「そうか。そのいきだぜ」
オルフェの手が、ポンッと僕の背中を叩いた。
僕よりずっと寂しそうなオルフェに励まされて、僕はまたかたいパンを頬張った。




