105 責任4~おもちゃの天才~
微改稿しました(2024/11/18)
場所:オトラー本拠地
語り:オルフェル・セルティンガー
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数日後、オトラーにあるクーラー家の屋敷で定例議会が行われた。
この議会は、すでに独立国家であることを宣言しているアリストロや、自分たちをイニシス国王の代理政府である、と主張する聖騎士軍に対抗して作られた、オトラーの暫定政府だ。
参加しているのは、義勇軍の総隊長であり、オトラーとその周辺地域を統治する実質的君主であるシェインさんを筆頭に、オトラー義勇軍の立ちあげに尽力した指導者たちだった。
主に大人の有識者からなっていて、さまざまな分野で専門的な知識や経験を持った、信頼できそうな人が多い。
シェインさんや亡くなったクーラー伯爵の知り合いだけでなく、闇魔導師追放反対運動を先頭に立って率いていた、ハーゼン大佐の知り合いも多くいる。
アリストロが行っている侵攻行為や、聖騎士軍の非人道的な闇魔導師への弾圧行為は、有識者たちを激怒させていたのだ。
シェインさんはそういった人たちの支持を得て、アリストロ軍や聖騎士軍に抵抗を続けていた。
このまま周辺地域からの支配に屈せず、独立した体制を維持するため、指導者たちは法律の制定や予算の管理、周辺地域との交渉などに忙しかった。
俺を含むイコロ村出身の仲間たちは、義勇軍の立ちあげに参加した指導者の一員とされていて、この議会に参加する権利がある。
だけど俺の仕事は戦闘中心で、毎回これに参加しているわけではなかった。
戦闘の手が空いているときに、たまに顔を出して手伝うくらいだ。
だけど今日は、ドンレビ村を襲ったクルーエルファントの件をシェインさんに報告するため、俺も議会に参加していた。
「アリストロは、我々の領土を侵略し、多くの民間人を殺傷した非道な敵です。我々は、この予算を有効に活用し、アリストロに対してもっと強力な反撃を行う必要が……」
「しかし魔物の被害も、人々の生活や安全に深刻な影響をおよぼしています。これは、我々が責任を持って、適切な予算配分を行うべきで……」
「ですが、アリストロに対する反撃は、我々の正義と自由のために必要なもので……」
――ねみー。みんな話が長いんだよな。結局どれも手は抜けねーってことだろ。
自分の報告も終わり、真面目な話が苦手な俺は、あくびをしないようにだけ気をつけながら、予算の話を聞き流していた。
今日は武器開発の予算の話もあるせいか、普段は研究室に引きこもっているネースさんも、ハーゼンさんに引きずられるようにして参加している。
会議室でシェインさんの姿を見るのも久しぶりだ。
――シェインさん、死ぬほどたいへんなはずだけど。全然疲れた顔しねーし、なんか体格もどんどん逞しくなってるな。
――謎に賢そうな知り合いいっぱいいるし。やっぱり、なにやらせても半端じゃねーよ。ベランカさんがすげー支えてるのもわかるんだけど。
普段のシェインさんは、北東の地域の戦いに積極的に参加し、自ら連隊を率いていることが多い。
そのため、シェインさんが不在のときは、ベランカさんがシェインさんの意思を尊重しつつ、指導者たちに指示を伝えていた。
味方同士とはいえ、舐められてもいけないし、不要な不満を持たれてもいけない。細やかな配慮が必要な大事な役目だ。
彼女の存在は、議会の結束力と信頼関係を高めるために不可欠であると言えるだろう。
そしてシェインさんがいるときのベランカさんは、黒いドレスに白いエプロン姿で、集まった指導者たちを案内したり、資料を配ったりお茶を出したりと、まるでメイドのように働いていた。
手伝いが最小限しかいないため、その代わりも勤めているようだ。貴族令嬢だというのに健気な人だ。
キリリとした顔で議会を引っ張るシェインさんや、忙しくても美しく立ち振る舞うベランカさんを眺めているうちに定例議会は終了し、指導者たちは解散していった。
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そのあとの会議室には、イコロ村出身者だけが残っていた。
イコロの先輩たちもみな忙しく、いまはいつでも会えるわけではない。
それだけに、なんとなく残っていると、いつもそんな感じになる。
議会のあとのちょっとした雑談の時間は俺のささやかな楽しみでもあった。
シェインさんも、キリリとしていた顔を緩め、いつもの穏やかな表情に戻る。
「シェインさん、お疲れ様です!」
「あぁ、オルフェル。療養中に呼び出してわるかったね。元気そうでよかった。傷の経過はいいのか?」
「シンソニーに治してもらったんで、平気ですよ」
「ドンレビの件は本当にご苦労だった。ドンレビ村の住民からも感謝の声がたくさん届いているよ。きみの頑張りに勲章か褒賞金をという話も出ていたが、なかなか議題が多くてね。話が進まなくてすまないな」
「そんなのいいんで、シェインさんもたまには休んでください」
「あぁ、きみも。活躍は嬉しいが、無茶はやめてくれよ。私の心臓がもたないからね」
「すんません」
シェインさんとそんな話をしていると、突然背後で、ハーゼン大佐が大声をあげた。
「いつまでそんな子供みたいなこと言ってるんだ! いい加減にしろ!」
その声の大きさに思わず耳を塞いでから、俺とシェインさんはゆっくり振り返った。
ハーゼン大佐に怒鳴られていたのは、あの天才ネースさんだ。
あんなに仲がよかったハーゼン大佐とネースさんだけど、最近はかなり喧嘩が増えていた。
「戦闘中に鳩やシャボン玉は飛び出すわ、変な音は鳴るわで白けてしょうがないぞ!
これは遊びじゃないんだ。兵士の戦意を下げるような無駄なもんはつけんなって言ってるだろ!」
ハーゼン大佐が怒っているのは、ネースさんの作る、おちゃめな装備のことだった。
ハーゼン大佐の意見はもっともだ。
みなが命懸けで真剣に戦っているのだから、いまはもっと、真面目にやるべきときだと思う。
俺もいまは軍曹として、兵たちの命を預かっている。
おかしな武器ばかり作るのは、いい加減にしてもらいたかった。
だけど相手は、ほとんど屋敷から出ず、実際の戦闘を見ていないネースさんだ。
緊迫した戦地の状況は、彼にはあまり伝わっていないようだった。
「あぁーちぐはぐもらね。ハンルイモンチャー。ウッセキーもら……」
ハーゼン大佐に怒鳴られて、ネースさんがなにか言っている。
なにを言っているのかわからない時点で、彼が本気を出していないことだけは、俺にもはっきりとわかった。
ハーゼン大佐が怒りを露にして、ネースさんの服の首元を掴む。ここまで怒ったハーゼン大佐を見るのははじめてだ。
「ネース、普通に話せ」
ハーゼン大佐が獣のような目で至近距離からネースさんを睨んでいる。そのあまりの迫力に目を泳がせながらも、ネースさんは口を開いた。
「……嫌だね。ボクは楽しいおもちゃを作るおもちゃ職人だって言ってるだろ。ただの武器なんか作らない……。みんなはボクのおもちゃで勝手に戦ってるだけ。間違った使いかたをしてるのはそっちだ。おもちゃなんだから、遊んでくれないと……」
「おまえ……っ! 責任逃れはいい加減にしろ! オレたちは戦うと誓ったはずだぞ! 闇属性への迫害は許さない! バカな聖騎士どもは必ず倒す! イザゲルと一緒に暮らせる国を作るんだって、おまえもそう言ったよな? 現実を見ろよ、ネース!」
「そうだよ……。私たちは学生を軍に引き込んで、命がけで戦わせているんだからね。きみが手を抜くのは違うんじゃないか?」
「俺からもお願いします、ネースさん。俺たち、みんなの命を背負ってるんですよ」
「……ふん」
ネースさんが拗ねたように横を向いてしまうと、ハーゼン大佐は彼を投げるように手を払いながらも、彼の首元から手を離した。
そのまま軽蔑した眼差しで、またじっとネースさんを睨む。
だけど、ネースさんの作る装備は、よそのものよりは格段に高性能だ。
シェインさんもハーゼン大佐も、彼にこれ以上、へそを曲げられては困るのだった。
ネースさんはそのままなにも言わず、自分の部屋に戻ってしまった。
「子供みたいなことを言ってごまかしてるけど、彼は認めたくないだけだろうね」
「あぁ。本当はどうするべきか、ネースはわかっているはずだ」
先輩たちのもめ事は、ここ数ヶ月何度も繰り返されていた。
仲間や人民の安定した暮らしが優先のシェインさんと、聖騎士軍を倒し、国王派の多いアリストロも制圧してしまいたいハーゼン大佐。
それから、現実を受け止められないままの、天才なのにどこか幼稚に見える、武器開発責任者のネースさん。
だけどこの戦いの発端は、彼の姉であるイザゲルさんだ。ネースさんが他人事でいられるはずもない。
俺だって彼の作ったトリガーブレードで、『オトラーの敵』となった人たちをすでに何人も殺している。
彼が作った装備は、どんなに過小に評価しても、おもちゃなんかではないのだった。
――だけどネースさんは、自分の作った武器がたくさんの人を殺しただなんて、考えたくもないみたいだ。
――そんなつもりじゃなかったなんて、言い逃れができるなら、俺だってそうしたいぜ。
俺は議会に呼び出されるたび、小さくなってブツブツ言いわけするネースさんの姿を、『ずるいな』と思いながら睨んでいた。




