104 責任3~火力をあげろ!~
改稿しました(2024/11/18)
場所:ドンレビ村
語り:オルフェル・セルティンガー
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魔導師に斬りつけた俺の剣は、黒い盾に触れることができず、勢いを失ってしまった。
剣に込めた炎の魔力も、盾にあたると吸われたようにプスンと消えてしまう。
これはやはり、重力魔法により作られた盾のようだ。
重力魔法は闇属性魔法で、敵の攻撃を跳ね返したり、減速させたりすることができる。
物理攻撃が当たらないだけでなく、火や雷などの魔法攻撃にも有効で、俺にとっては最悪の盾だった。
だけど術者への負担が大きすぎるため、あまり長くはもたないはずだ。
俺は集中力を研ぎ澄ませ、スピードをあげて、角度を変え場所を変え高速で連続攻撃を繰り出した。
休む暇を与えなければ、必ず相手のほうが先に魔力がつき、隙ができると思ったのだ。
息つく暇もない攻撃に魔導師も気圧されたのか、ときどき「くっ」と声を漏らした。
だけどなかなか盾が消えてくれない。何度斬りつけても素早く移動して、俺の力を全て逃がしてしまう。
――なんだこいつ、どうなってる!? 魔力量がおかしいだろ!
しかし、そうしている間にもクルーエルファントは村めがけて突き進んでいた。
――くそ、止められるつもりがっ。
こんなことなら、みんなにもっとしっかりと、退避の指示を出すべきだった。
魔法障壁を作ってるやつらの中には、この村の出身者も含まれている。その上みな勇敢で、責任感も強いのだ。
『逃げてもいいよ』と言ったくらいでは逃げてくれないに決まっている。
だけどあの程度の障壁では、この暴れ狂う巨大な魔物を受け止めきれないのは明らかだ。
「フィネーレ! ブレイズアップだ!」
俺はクルーエルファントのうえに立ったまま、足元から大きな炎を巻きあげた。
黒い盾は俺の力を抑え込んでしまうけど、幸いなことに大きくはない。
盾は無視して、炎でこいつを丸ごと燃やしてしまえばいいだけだ。
「おかしいよ! おかしいおかしいおかしい!」
炎に包まれた魔導師が、慌てふためいてまた叫んだ。俺自身も燃えているのだから、おかしいと言われても仕方がない。
だけど、日々炎魔法を扱っている俺は、炎耐性装備もしているし、フィネーレの加護もある。
多少燃えたくらいでは慌てない。
「ぎひぃぃぃ! 熱いじゃないのぉ! 邪魔なクソガキね!」
俺の炎を消し去ろうと、魔導師が黒い盾を振り回す。
炎がかき消されそうになるのを見ると、いままでに感じたことがないほどの、強烈な怒りが俺のなかに湧きあがった。
「俺はもう、だれも失わねーー! なんとしてもおまえを燃やす!」
俺の怒りに呼応するかのように、消えかけていた炎は再び俺と魔導師を包み燃えあがる。
黒い魔導師は目を見開き、燃えながら呪文を唱えはじめた。
――こんな状況で、なにするつもりだ! おまえのほうが頭おかしいだろ!
クルーエルファントを受け止めるつもりなのか、シモネルたちが出している魔法障壁の輝きが増している。
みんな必死みたいだけど多分無駄だ。このままでは突き破られて踏みつぶされる。もう迷っている時間もない。
焦りと怒りと猛烈な殺意は、俺のなかで赤黒く渦巻いたかと思うと、とたんに遠くへ離れていった。
世界から色と音が消え去り、俺の心臓の音だけが熱く高く響いている。
「火力をあげろ! フィネーレ!」
「えぇ? これ以上はオルフェルも火傷するわよ?」
「俺ごとでいい、燃やせ!」
気合を込めた俺の叫びに、フィネーレが呆れたようにため息をついた。
俺がまた魔力を放出すると、燃えあがる炎は勢いを増した。俺ですら恐怖を感じるほどの苛烈な炎だ。
それは暴れ狂う炎の龍のように、激しく旋回しながら立ち昇っていく。
装備と加護の炎耐性が限界を超え、俺の肌が悲鳴をあげた。
「ぎゃぁぁぁ! おかしいよ! あんたおかしいぃ!」
魔導師が再びそう叫ぶと、空中に紫黒色の光を放つ不思議な穴が現れた。
「まて!」という俺の叫びもむなしく、黒い魔導師がその穴のなかに消える。
「くそーーーー! あぢーーーーー!」
俺は燃えながら魔物の背中から転がり落ちた。
クルーエルファントの巨大な脚が持ち上がったかと思うと、俺の上に降りてくる。巨大な影に覆われても、俺は少しも動かなかった。
――ここで終わりか。
そう思った瞬間、クルーエルファントの巨体が突如として消え去った。紫黒色の光に吸い込まれるように、周辺の魔物たちも瞬く間に消えていく。
「オルフェー!」「オル先輩!」
アリアンナの放ったウォーターボールが俺を消火し、シンソニーのヒールが飛んできた。
そのまま俺のもとに駆け寄ってきて、涙目で大きなため息をつく。
「もう、死んだかと思った!」
「来てくれるって信じてたぜ、シンソニー」
「オルフェを置いて逃げたりしないよ。だけどさすがに、ここまで無理するとは思わなかったけどね……。うわぁ、すごい火傷」
「まったく手がかかる! バカなクソガキですよ、ほんとにもう!」
シンソニーが俺の火傷に手を添え、懸命にヒールを唱えてくれた。
相変らずプンスカ怒っているゼヒエスも、できる限り俺の火傷を癒し、ずぶ濡れになった体を乾かしてくれた。
「二人ともありがとう」
「うん。でも、火傷の跡のこっちゃうな……」
「いや、みんなが無事なら火傷跡くらい気にしねーよ」
見るとさっき燃えあがった腕にも、火傷の跡が残っている。だけど、ここまで治るだけでもすごいことだ。
「ゼヒエス。おまえのこと好きだぜ」
「キーー!」
ゼヒエスを揶揄って遊ぶ俺を、アリアンナが不満げに見下ろしている。
「アリアンナ、逃げていいって言ったはずだぜ」
「オル先輩が心配させるからです!」
アリアンナはそう言うと、泣きながら俺に抱きついてきた。イソラも反対側から抱きついてくる。
「「オルせんぱいーーっ!」」
「わ、そいや二人とも、俺のファンだったな。いやー、モテるな、俺!」
「バカなんですか? 自分ごと燃やすなんて!」
「もう、ああいうのやめてくださいっ」
「はは……。ごめんごめん」
女の子たちに囲まれて調子に乗ってたら、結構ガミガミ怒られてしまった。
魔法障壁を作っていた隊員たちが、村の前で立ち尽くしているのが見える。
彼らもきっと、死を覚悟していたのだろう。
俺の予想通り、誰一人として逃げる事はなかった。
――あの魔導師には逃げられたけど、とりあえず、みんなが無事でよかった……。
村の入り口に戻り、エニーたちの無事を確認すると、自然と深いため息が出る。
そうして俺は、今回の襲撃を報告するため、本拠地のあるオトラー村に向かった。




