103 責任2~クルーエルファント~
場所:ドンレビ村
語り:オルフェル・セルティンガー
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俺は残った数名の兵とともに、東から回り込んでくる魔物と戦いはじめた。
義勇軍に入って日の浅いアリアンナが、新しく支給されたネースさん作の杖に戸惑っている。
「ちょ、オル先輩! 私の杖、紙吹雪が飛び出して止まらないんですけど」
「問題ない、気にせず戦え! そんなだけど威力はすげーからね!?」
「は、はい……」
あらためて、紙吹雪の噴き出す杖をかまえたアリアンナ。
まだ少し不満なのか、ぷくっとした厚めの唇を突き出している。
明るい水色の髪をした彼女は水属性の魔導師で、イソラと同じくカタ学の後輩だ。
「アリアンナ! この前訓練した連携魔法を!」
闇属性のパヴィオがアリアンナに声をかけている。彼女の守護精霊が嬉しそうに手を振り上げると、アリアンナは真剣な顔で頷いた。
「了解です!」「いくよ!」
「「水よ! 降り注ぐ毒となり悪しき魔物を死滅させよ! インテンスコロージョン!」」
――チュイーーーン!――
二人が呪文を唱えると、アリアンナの杖が光りながら唸って、耳をつく効果音が鳴り響いた。
「わ、びっくりした」
「大丈夫、一応それ、音量下げるボタンあるから。ここ押してみて」
「もうっ、いったいなんなんですか!?」
パヴィオが音量のさげかたを指南するも、アリアンナはまた怒りだした。
だけど、毒性の雨を降らす強烈な連携魔法に、前方の魔物たちが苦しみもがいている。
「すげー効いてるぜ! やるじゃねーか。パヴィオ、アリアンナ!」
「「はい!」」
「よし! 俺もいくぜ!」
――ヴォン・ヴォン・ヴォン!――
「わっ。オルフェル軍曹、びっくりするんで、いきなりそれ鳴らすのやめてください」
「え!? あ、ごめん。力んだらつい……」
「わぁっ、今度は鳩が出た」
「ひょー! 鳩! はじめて見たぜ!」
「なに喜んでるんですか、軍曹!」
「ネースさんの武器、どんどん悪化してませんか? 戦闘中に気が散って危ないですよ」
パヴィオも、ネースさんの作った剣を振り、魔物を倒しながらも顔をしかめている。
「うーん……。これでも一応、ネースさんにお願いはしてんだけどね……」
隊員たちがイライラしはじめて、さすがに顔をしかめる俺。
ネースさんの装備のにぎやかさは、新しいものほどどんどん悪化していた。
俺はネースさんの武器が好きなんだけど、みんなにとっては鳩や効果音は邪魔でしかない。
それでも、威力や丈夫さがほかの武器よりずば抜けて優秀なだけに、ほかを使うという選択肢も出ないのだった。
――みんなの安全を考えると、ちょっと控えてもらいてーんだけどな。
危険な場所で戦う仲間たちを思うと、こんな厳しい状況下でも遊び心を捨てようとしないネースさんに、さすがの俺も閉口してしまう。
だけどいまは、この武器で目の前の魔物を倒すしかなかった。
「みんな、とにかく気を付けて戦ってくれ!」
「「はいっ」」
「気合い入れるぜ! フィネーレ!」
「んふふ~! 暴れるわよぉ~」
守護精霊のフィネーレが、楽しそうに俺の周りを飛び回る。
イコロ村を襲撃され、絶望していた俺たちだけど、守護精霊たちと無事に再会できたのは不幸中の幸いだった。
日々戦って魔法を使ううちに、俺たちの魔力はあがり、精霊たちも強くなっていく。
「燃えあがれ! フレイムスラッシュ」
俺の炎の斬撃も勢いを増し、学生のころとは比べものにならないほど高火力になっていた。
身長が俺の二倍はある巨大なオーガが、乾いた薪のように燃えあがる。
「軍曹つよっ!」
「はっはー! これがネースさんの武器の力だ! 出力が半端ねーだろ! 普通の剣ならぶっ壊れてるぜ!」
「おぉー」
俺たちが気を取りなおして戦いはじめると、しばらくして、辺りに轟音が響きはじめた。
ズシーン、ズシーンと地面を揺らしながら、東から巨大な魔物が歩いてくる。
――ドドド……。ゴゴゴゴ……。
「「ギュォーーーーーン!」」
「うわぁっ、なんですかっ!? あれはぁ」
アリアンナが叫んだあと、青い顔で立ち尽くしている。
十メートルを超える巨体、ひび割れた大地のようにゴツゴツとした皮膚と長い鼻。
鼻の横に突き出した牙は、左右に三本ずつ、合計六本生えている。
あれが突き刺されば、ヒールを待つこともできず、一撃で死んでしまいそうだ。
それが前足を高くあげながら、地鳴りのように唸り、声高く鳴いている。
「ゾウ……。しかも六匹!? おいおい、エニーたちやられてねーか?」
「きっと取り逃しただけですよ! やられてたら村のなかに入るはずですから」
パヴィオの冷静な声に頷く俺。
これは間違いなく、イコロ村を踏みつぶしたゾウの魔物、クルーエルファントだろう。
――くそ! こいつらか! 俺のとうちゃんとかあちゃんを返せ……!
憎い親の仇を前に、俺は怒りを燃えあがらせる。だけど後輩たちに戦わせるには、ちょっと相手がでかすぎた。
「おまえら、村人の避難を急かしてこい! そのまま逃げてかまわねーから」
「オル先輩は!?」
「俺はあれを足止めする。飛ぶぜ、フィネーレ! ブーストだ!」
「はいはぁーい♪」
「ちょ、ちょっと!? オル先輩!」
アリアンナの焦る声を聴きながら、俺は自分の脚に強化魔法をかけ、高速で駆け出した。
火を噴きながらジャンプして、剣を上に振りかぶる。
高く飛びあがった俺は、真んなかのいちばん大きいクルーエルファントの上にまたがる、黒いローブを着た魔導師を視界にとらえた。
――やっぱりいた! あいつさえ倒せば……。
イコロから逃げ延びた村人たちが言っていた、『だれかが魔物を操っている』という言葉を思い出した俺。
フードを被った魔導師が、俺を見あげるようなしぐさをしている。
ローブの下はドレスだろうか。女性のように見えるけど、その顔は真っ黒なモヤに包まれていた。
「おまえ! どこのだれだ! なんのつもりでっ」
「きーー! あんなところから飛んでくるなんて! おかしいおかしいおかしい!」
俺のジャンプ力は炎魔法とネースさんの装備で強化され、オトラー義勇軍でも最高レベルだ。ギャーギャー喚いている魔導師めがけて、俺は掲げていた剣を力いっぱい振り降ろした。
「うぅおぉぉぉぉりゃぁぁあ!」
魔導師が手を上にかざす。渾身の力で振り下ろされたはずの俺の剣は、魔導士の手前で動きを止めた。
黒い幻影のような魔法の盾が、魔導師を守るように浮かんでいる。
――くそっ、なんだこれ。力が抜けた? 重力魔法の障壁かっ!?
再び剣を振りあげ斬りつけるも、俺の剣は黒い盾に触れることができず、また勢いを失ってしまった。




