102 責任1~色のない世界~[地図あり]
改稿で700字ほど増えました(2024/11/13)
イニシスの地図を追加しました(2024/11/18)
場所:オトラー領
語り:オルフェル・セルティンガー
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イコロ村の惨劇を目の当たりにし、ミラナの処刑を聞かされた俺はひどく無気力になっていた。
ほんの数日のうちに夢を失い、故郷を失い、愛する人たちを失ったのだ。
もうなにをしても面白くなくて、心の糸が切れたように怠惰な日々を送る。
だけど、現実はいつまでも悲しみに浸っていられるほど甘くはなかった。
王都が消えてしまったころから、ますます増え続けている魔物が、しばしば人々を襲っていたのだ。
俺にはまだ、シンソニーやエニーや、お世話になった先輩たちもいる。
魔物を放置しておけば、いつかはこのオトラーも襲われ、また大切な人を失うかもしれない。
俺は魔物を退治するため義勇兵になり、大佐になったハーゼンさんの指示に従ってオトラー義勇軍の仲間を募った。
そうして俺は、無事に王都を脱出していた、カタ学の仲間たちと再会することができたのだった。
「よぉ~久しぶり。やることねーならオトラー義勇兵しねー?」
「「わ、オル様だ~!」」
「へー? オル先輩もいるなら、入ってみようかな。ハーゼン先輩の演説が聞こえてきて気になってたんです」
「あ、私も~!」「僕も入ります~」
「おぉー、助かるぜ! ほかにカタ学のやつ居場所しってたら教えて」
「あー、知ってますよ~。隣の村に友達がいます!」
軽ーい感じで誘っているけど、義勇軍には厳しい規約があり、生活も自給自足だ。
それどころか、兵たちには軍の活動資金を納めてもらう必要もあった。
そのうえ、厳しい軍事訓練も受けてもらわなくてはならないし、戦闘となればやはり危険も伴う。
それでも、学校を失い目標を見失っていた学生たちは、義勇軍の話をするとみな瞳を輝かせた。
そして、生徒会長だった俺がいるならと、入ってくれるやつも多かった。
△
シェインさんがオトラー義勇軍を作ってから、しばらくがすぎた。
そのころには、北東の一大勢力だったアリストロ軍が、東にあった小さな領地を次々に制圧し、オトラーのある西側の地域にも攻めてくるようになっていた。
シェインさんの率いる連隊が、領地の北東の境界線でアリストロ軍を相手に、激しい攻防戦を繰り返している状況だ。
このごろは侵略される恐怖で、西側地域の住民たちも、かなり不安がっている。オトラー義勇軍の存在は、みなにとって希望そのものだ。
「滅びゆくイニシスにおいて、戦乱に巻き込まれた私たちの進む道は暗く険しい。しかし私たちは、この理不尽に打ち勝つという強い目的を持ち、自らの意志で集った! そして絶望のなか、仲間という希望を手に入れたのだ!」
「「うぉぉぉぉぉ!」」
「諸君! 私とともに踏み出そう! 私たちはひとりひとりが英雄だ! 勇気と覚悟をもって敵に挑め! そして、戦ったものにのみ、未来は訪れる! 全軍進め! アリストロ軍の侵略を許すな!」
シェインさんの力強い声が義勇兵たちの心に響き、オトラーの士気が高まっていく。
この連隊には、周辺地域の軍隊もいくつか参加していた。クーラー伯爵と親交の深かった、元貴族たちが率いる軍隊だ。
シェインさんの指導力により、孤立していた村々がひとつにまとまりを見せていた。
それでもオトラーは、兵の数で東に大きく負けている。だけど東のほうは、西よりかなり魔物が多い。
アリストロ軍は常に対魔物戦に膨大な戦力を割かれており、オトラー側が侵略に屈することはなかった。
そして、領地の南東の境界線では、俺の所属する別の連隊がときどき聖騎士軍と戦っていた。
聖騎士軍は、オトラーにいる闇属性のものたちを、処刑しようと付け狙っている。それはまるで、なにかに取り憑かれたかのように盲目的で、執拗だった。
しかし彼らは俺たちと戦う意外にも、なにか重要な案件を抱えているらしい。兵の数は圧倒的に俺たちより多いはずなのに、本格的に攻めてくる事はあまりなかった。
突然奇襲を仕掛けてきたり、こそこそと忍び込んで人攫いをしたりと、なぜか姑息な真似ばかりしにくる。
彼らの油断ならない行動に、俺たちは一層警戒心を強めていた。
とはいえ、アリストロとの正面戦争に比べ、こちらの戦いは小規模のものが多い。そのため、オトラー側は指揮官も隊員も若者が中心だ。
軍を率いているのは二人の大佐で、そのうち一人は頼りになる我らが先輩ハーゼンさんだった。
「希望を胸に集った義勇兵諸君! オレたちは強く、勇敢で賢い! 力をあわせて戦おう! 亡国の暴君に洗脳された頭のおかしい聖騎士は、オレたちの敵だ!」
「「そうだーーー!」」
「屈するな! オレたちの夢見た新しい世界はこの戦いの先にある!」
「「うぉぉぉぉぉ!」」
ハーゼンさんの演説に盛りあがる義勇兵たち。彼の言葉に込められた情熱は、確実に俺たちの心を突き動かした。
軍に入った情報では、聖騎士軍の兵たちは髪や目が黒い人を見つけると、魔導師かどうか確認もせず、手当たり次第捕まえて処刑しているという話だった。
そのため、闇魔導師追放反対派の人たちが多く集まったオトラーには、たくさんの黒髪や黒目の人たちが匿われていた。
謂われなき迫害を受ける人たちを、これ以上ミラナのように死なせるわけにはいかない。
俺は何度もその悔しさを思い返し、押しつぶされるような胸の痛みに耐えながら、日々の任務にあたっていた。
――あの聖騎士だけは、俺、絶対許さねー……。
――なにもしてねーのに、ミラナを捕まえて処刑したんだからな。
あんな理不尽な状況の中でも、前向きに生きようとしていたミラナ。そんな彼女を思い出すたび、燃えあがる怒りに心が焦げる。
だけど、ついこの間まで学生だった俺は、まさかこんな形で、人間同士が命を懸けた戦いに加わることになるなんて、正直に言って思ってなかった。
イニシス王国は何百年もの間戦争がなく、俺たちにとっての脅威は、ずっと魔物だけだったのだ。
だから義勇軍に入ったとき、俺は魔物討伐隊にでも入ったくらいのつもりだった。
人間の命を奪う瞬間、燃えていた心が凍り付く。
現実の重さに打ちひしがれたのは、決して俺だけではないだろう。王国軍の軍人ですら、戦争の経験がないのだから。
ハーゼン大佐が必死にカツを入れてくれても、俺たちの世界は色を失っていく。
そうして戦闘が激化するにつれ、俺は義勇兵に誘った後輩たちを見て、胸を痛めるようになっていった。
俺を信頼してくれたことが嬉しく、頼もしいと思う反面、心苦しい思いが胸を締め付けるのだ。
義勇軍への参加は個人の自由で自己責任。とはいえ、俺が誘ったことには間違いがない。
彼らを戦場に引き込んでしまったという事実に、俺はしばしば頭を抱えた。
――俺はこの仲間たちを、絶対に死なせたくない。
△
そんなある日、俺は十八人の兵とともに、領地の境界のアガランス砦付近を見回りしていた。
そのころ俺は、軍曹として第一分隊を率いていたのだ。
この分隊は九名の小隊ふたつからなっており、第一小隊はシンソニー、第二小隊は二十五歳のしっかりものお兄さんパヴィオが率いていた。
パヴィオは闇属性の魔導師だ。聖騎士軍の陣取っているシャーレニア地方で迫害を受け、命からがら逃げのびてきたのだった。
「オル先輩! ミシュリ大尉から伝令です!」
そのとき北の空から、伝令のイソラが箒に乗って飛んできた。
彼女は聖騎士たちの『闇魔導師狩り』を逃れ、オトラーに逃げ込んできた、カタ学の級友レーニスの妹だった。
俺はレーニスから『よろしく頼む』と、手紙で懇願されていたのだ。
傷だらけで転がり込んできたパヴィオとは違い、空を飛べるイソラは幸いなことに無傷だった。
それを手紙に書いて送ったから、今頃レーニスは喜んでいるだろう。
そしてイソラはカタ学の後輩でもある。
俺が生徒会に立候補したときには、清き一票を投じてくれたらしい。
「どうした、イソラ」
「ドンレビ村に魔物の襲撃です。すぐ向かってくれと」
その報告に隊員たちの表情が凍り付く。彼らの中には、その村の出身者も複数いるのだ。
「わかった。みんな、ドンレビを守りにいくぜ!」
「「はい!」」
「私も参戦します!」
「頼もしいぜ、イソラ」
みなのやる気に溢れた顔を見ると、俺も勇気が湧いてくる。
俺たちがドンレビに駆け付けると、そこは魔物との戦闘の渦中だった。
村に攻め入ろうとする魔物の大軍は、なんとか村の手前で踏みとどめられている。だけど、その圧力は膨大だ。
先遣部隊として戦っていたのは、エニーが所属する第二分隊だった。
彼女の落とすシャイニングスターの輝く飛礫が、蠢く魔物たちの群れに激しく降り注いでいるのが見える。
以前は広範囲に落ちる代わりに小さい魔物にしか効かない魔法、という印象だったシャイニングスターだけど、最近はかなり威力があがったようだ。
暴れ回る大型の魔物にも確実にダメージを与える様子に、彼女の魔法が日々の戦いの中で、どんどん進化しているのだと感じる。
しかし、魔物の数と種類が多すぎだ。
あんなに多種多様な魔物が、一丸になって攻めてくるなんて、王都消失以前には聞いたこともない。
故郷のイコロ村が壊滅したことも、安易に納得してしまうほど、その魔物の数は異常だった。
「オル君! 魔物が西にも回り込んでるの! 西をお願い!」
「おぅ、エニー! まるまる俺にまかせとけ!」
エニーの切迫した声に応えて、俺たちは村の西に回った。そこでは第二分隊の隊員が、雷属性の防御障壁を作っていた。
すでに回り込んできた魔物たちが、電撃の壁に阻まれて立ち往生している。
青い閃光が走る障壁は強力で頼もしい。だけど魔力消費が激しそうだ。男の額に汗がにじんでいる。
「あんまり長く持たないんでちゃちゃっとお願いします!」
「大丈夫だ。雷障壁ならレナとシモネルも作れる」
俺は連れてきた雷属性の隊員たちに指示を出した。レナとシモネルは真剣な顔で頷いて、すぐに雷障壁を展開した。
シモネルは守護精霊がいるから、魔力に余裕がありそうだ。
「これならしばらくいけそうだな」
「はい! あの、でも飛んでくる魔物が防ぎきれず村のなかに……」
「それは、シンソニーたちが全部叩き落してくれるぜ!」
「それから、村のなかに負傷者が数名いるんですが」
「そうか、んじゃ二コラとアルバーノ、行って治してあげてくれる? 外の魔物は俺たちに任せとけ!」
俺は残った兵と共に、東から回り込んでくる魔物と戦いはじめた。




