101 知らない世界~レーデルの頂で~
場所:レーデル山
語り:オルフェル・セルティンガー
*************
俺、オルフェル・セルティンガーは、仲間たちとともに順調にレーデル山を登った。
そして、辺りが暗くなりはじめたころ、予定どおり、その頂に到着した。
「うわぁぁ……。すごいながめだ」
「まさかあれ、イニシスか……?」
そこからは、少し霧にかすみ白っぽくなってはいるけれど、オトラー帝国が一望できる。
かつての祖国であり、故郷のイコロ村があったはずの場所だ。
いまは敵国で、簡単に踏み入ることはできないらしい。
けれど、あそこにはまだ、封印された王都オルンデニアがあるという。
周囲に並び立つ山々の姿は、昔とあまり変わっていないのかもしれない。
だけどいまは、三百年前にはとても考えられなかったくらい、大きな街が見えている。
きっとこれは、俺たちがあそこにいたころとは、全然違う景色なんだと思う。
まるで知らない世界のような、あまりにも壮大な景色だ。
少し気が遠くなるほどの、長い長い時の流れを感じて、俺は思わず息を呑みこんだ。
そこにいたはずの人々を思い返すと、胸になにか、たまらないものが込みあげてくる。
恋しさ、切なさ、やるせなさ……。
そうした届かない思いは、とても一人では抱えきれない。
頭のうえのシンソニーも、たぶんまた泣いている気がする。
仲間がそばにいてくれることに、今度は感謝の念が込みあげてきた。
「みんなと一緒で、俺、よかった」
「しみじみしちゃって。鼻水出てるよ?」
「キジー。鼻水なんてな、このでっかい世界に比べたら、ただの鼻水だぜ」
「そりゃ、鼻水だもんね」
バカ丸出しの会話をする俺とキジーの隣で、シェインさんとベランカさんも、少し圧倒された顔で佇んでいる。
「オトラー帝国か。私の作った軍隊の名前が、そのまま国の名前になってしまったようだね」
「やっぱり、シェインさんはすごいですね!」
「しかし私は、四年目には魔物になり封印されている。きっと帝国を作ったのは別のだれかだろうね」
「四年……」
――確かに、そう思うと短いかもな。
「ごめんオルフェル、早くテント組み立ててくれる?」
少ししんみりしていると、後ろからミラナに急かされてしまった。
ミラナはこの雄大な景色をろくに見ようともせず、テキパキと野営の準備をはじめている。
「確かに、いそがねーとな」
「今回はテント、二つ持ってきたから組み立ても二倍時間がかかるの」
「わかった。こっちのテントはシェインさんとベランカさん用?」
「違うよ。今回はちゃんと男女でわかれて寝るからね?」
「あっ、そうなの? ここ冷えるし、俺いたほうがあったけーよ?」
「ありがとうー、大丈夫」
――棒読みっ。
最近のミラナは、まるで学生のころに戻ったみたいだ。
俺が話しかけると、すぐ無表情になったり、棒読みになったりする。
いまもすっかり表情を失くした顔で、まったく取り付く島がない。
だけどいま思えば、あのころのミラナはすでに、俺のことが好きだったはずだ。
要するにミラナのこれは、俺に好きな気持ちを悟られないようにするための、照れ隠しみたいなものだろう。
そう思うと、無表情なミラナもなんだかすごく可愛く思える。
――どう考えても、俺がミラナを振るはずねーんだけどな。
――やっぱり俺がガキだから、恋人になってもどうせうまくいかねーって思われてんだな。
そんなことを考えながら、俺はテントを組み立てた。
猫のライルが、なに食わぬ顔で女性用のテントに入っていく。
ミラナにずっとくっついていて、本当に気に入らない猫だ。
△
簡単な食事のあと、シンソニーが最初の見張りについて、俺はシェインさんと男性用のテントに入った。
シェインさんは、ライオンの獣人から、人間の姿に戻っている。
どちらの姿もかっこよくて、俺はやっぱり、憧れずにはいられなかった。
いまはテントが男女別で、珍しくベランカさんが隣にいない。
――これはちょっと、チャンスかもしんねーな。
そう思った俺は、シェインさんに質問をぶつけた。
「シェインさん、大人ってどうやったらなれるんですか?」
「えっ。急にどうしたんだい? オルフェル」
シェインさんはすこし驚いた顔をしながらも、横になっていた体を起こした。
しっかり聞く体勢を作ってくれるところが、なんだか大人っぽく感じる。
「俺、シェインさんみたいに、大人になりたいです。だけど、大人ってどうやったらなれるんですかね?」
「そうだな……。やっぱり、自分の言動に責任を持つことが第一かな?」
少し考えて、シェインさんは真面目に返事をしてくれた。
「責任か……。あんまり考えたことなかったです。俺はそれができてないから、ミラナに本気だって信じてもらえないんですね……」
「そうかもしれないね。だけど、私も人に言えたもんじゃないよ。ベランカの気持ちに、どう責任をとればいいのか、少しもわからないんだからね」
「シェインさんでも、わからないことがあるんですね」
「さっぱりだよ」
俺たちは顔を見あわせて、二人して大きなため息をついた。
シェインさんも、ベランカさんとの関係をどうしていくべきか、大人として決めかねているようだ。
――大人の責任か……。好きって気持ちだけなら、だれにも負けねー自信があんだけどな。
――――――――
『いつまでそんな子供みたいなこと言ってるんだ! いい加減にしろ!』
――――――――
俺の頭に、少し懐かしいハーゼンさんの声が響く。
――なんだっけ。なんか思い出せそうだ……。
「シェインさん、ありがとうございます。おやすみなさい」
「あぁ。おやすみオルフェル」
シェインさんと並んで目を閉じた俺は、三百年前の、オトラー義勇軍での記憶を思い出していた。
レーデル山の山頂から、オトラー帝国を見渡したオルフェルは、消えてしまった故郷を思い、深い感慨にふけりました。
対してテキパキしているミラナ。シェインさんと二人きりになったオルフェルは、大人になる方法を相談しました。
そんな彼が思い出した、義勇軍時代の記憶とは……? ここから七話くらい過去編になります。ちょっと編集中なので、更新がしばらくのんびりになります。
次回、第百二話 責任1~色のない世界~をお楽しみに!
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
もしいいな、と思っていただけましたら「ブックマークに追加」をクリックして、この小説を応援していただけるとうれしいです!
「いいね」や「評価」もお待ちしております。




