第80話:激辛料理
昇格試験が無事終わり、俺はBランクに昇格した。
ミネルバ周辺での活動できる範囲が大きく伸びて、ほぼすべてのクエストを選べるようになった。
「おめでとうございます! これでついに私達とランクが並びましたね!」
Bランク証明書を受付から受け取ったタイミングでレラが俺に話しかけてきた。
彼女の傍にはマルスもいてレラ同様に笑顔で俺の合格を祝福した。
「一年もしないうちにBランクになるなんてこっちも驚きッス。レラ、俺達もうかうかしてられないな」
「そうですね。先輩としてロイドさんに負けていられません」
「二人ともありがとう。昇格して気分もいいし、今日は俺が奢るよ」
「本当ですか!? ロイドさんの太っ腹~! やっぱりロイドさんがナンバーワン!」
「おいおい、レラ。普通は俺達が先生に奢るんだぜ」
「えー。別にいいじゃないですか。ロイドさんが奢ってくれるって言ってるんですから素直に甘えましょうよ」
「やれやれ……。それでは先生、今日はゴチになります」
レラに呆れつつもマルスは俺の提案を受け入れた。
彼らには普段からお世話になっていたので、適当な理由をつけて食事をご馳走したいと常々思っていた。
時には年齢の近い遊び友達として、時には経験者としてのアドバイスをくれる先輩として、彼らがいなければ俺の冒険者生活はここまで順風満帆には進まなかっただろう。
俺が楽しく冒険者として活動できるのも気軽に相談できるこの二人がいたからだ。
本日の昼食は、三人での投票の結果、ネロさんのお店に決まった。
理由はとてもシンプル。
リーズナブルな値段で美味しい料理を楽しむことができるからだ。
お店に入ると、いつもと同じようにメイドが顔を出した。
「いらっしゃいませニャ」
「にゃー!」
メイドのあいさつに対してレラが元気よく返事をした。
ちなみに俺とマルスは会釈する程度だ。
俺はまだメイド達の接客には慣れていない。
どちらかというと恥ずかしさのほうがまだ勝っている。
メイドにテーブル席まで案内してもらう。
ちょうど同じタイミングで厨房のほうからネロさんが顔を出して、俺達三人に気づいた。
「おー、お前らか。今日はアイリスと一緒じゃないのか?」
「アイリスは今日も教会でお仕事ですね」
「あいつも頑張っているんだなー。それよりお前ら。ちょうどいいタイミングで遊びに来てくれたな」
ネロさんは笑顔を浮かべて腕を組んだ。
「え? なんかあるんすか、ネロさん?」
椅子ごとネロさんの方を向いて、マルスがくだけた口調で尋ねた。
「もうすぐ秋を迎えるから秋らしい期間限定の新メニューをいま作っているんだ。三人にはその試食を手伝ってもらいたい。手伝ってもらうわけだからもちろんタダだぞ」
「無料! 私が世界で一番好きな言葉です!」
タダより高いものはないからな。
「ところで秋らしい料理ってなんだろう?」
「キンキンに冷えた《ブラッディメロン》のジュースとか美味しいですよ」とレラが言った。
「秋要素皆無じゃねーか」
「完全に夏料理だよな」
俺とマルスが総ツッコミをした。
「じゃあブラッディメロン味のかき氷」
「人の話聞いてる?」
「無料だと聞いて自分が食べたいものを適当に言ってるだけだよな」
「そこまで言うなら二人はなにか思い浮かぶんですか?」
「秋といえば芋料理じゃないの?」
「芋味のメルゼリアパイも結構美味しいですよね」
「芋じゃないです。お芋さんです。美味しいと思ってるならちゃんと敬語使ってください」
「なんで今俺達怒られたんだろう?」
「三人は相変わらず仲がいいな。今回挑戦しようと思っているのは激辛料理だ」
「「「いや、なんでだよ」」」
俺たち三人は同時にツッコミを入れた。
旬の料理がくると考えていただけに、何の脈略もない激辛料理に困惑する。
体が温まるという理由にせよ、せめて冬に入ってからじゃないのか?
まだ微妙に夏の暑さが残っている状況で激辛料理は相性が悪いと思う。
謎のチョイスに俺達は首をかしげる。
メイド喫茶になる前もそうだったけど、ネロさんはセンスが他人とずれてるのかもしれない。
「どうして激辛料理に挑戦しようと思ったんですか?」
「最近大量の《レッド・ハバネロ》を手に入れたから、それを使ってなにか面白いことをしようと思ったんだ」
レッド・ハバネロはメルゼリア全体でよく採れる野菜だ。
名前の通り、全体が赤色。
調味料としても非常に人気があり、齧るととても辛い。
「へー、それで激辛料理ですか。ですが、激辛料理って人を選びますよ?」
「それは大丈夫だ。辛さは段階ごとに選べるようにするつもりだ」
ネロさんはメニューを見せた。
辛さレベル1、辛さレベル2、辛さレベル3、辛さレベル100、辛さレベル5000
「あの、なんで辛さレベルが突然インフレしてるんですか? エリアゼロからモンスターが襲来してきたんですか?」
「レベル5000って、もはや料理として成立してない気がするんですがそれは……」
「心配すんな。俺は神聖ローランド教国の元料理長だぜ?」
「神聖という言葉から完全にかけ離れてるから困惑してるんですよ」
「ところでロイドさん知ってます? 風の噂で聞いたんですが、ローランド教国って最近治安が悪いらしいですよ。以前よりも凶悪なモンスターが多く出現するそうです」
「マジ? 新聖女がいるんじゃなかったのか?」
「そのはずなんですが、なんか色々と怪しいところがあるらしいんです」
「ふーん」
「おいおい、お前ら。いまは新聖女なんかより俺の新メニューが大事だろ」
ネロさんは新聖女のことはどうでもいいようで、激辛料理の素晴らしさを語り続けている。
俺達も自然とローランドの事は忘れて、話題はネロさんの新メニューへと移った。
「じゃあ俺は辛さレベル2で」
俺は無難な辛さを選択した。辛いのは苦手じゃないけど、自分の限界に挑戦しようと思ったことはない。何事も普通が一番だよ。
「辛いのは苦手なんで辛さレベル1で」
マルスは一番辛くないやつを選んだ。
あら意外。マルスのことだから一番辛いやつを選ぶと思っていた。
「子供のころ、知り合いの商人が仕入れてきた《レッド・ハバネロ》を間違えて齧っちゃって、それから辛いのは苦手になったんです」
マルスは苦笑いを浮かべながらそう説明した。
「やれやれ、二人ともおこちゃまですね。私はあえて辛さレベル5000で行きますよ」
「やめたほうがいいぞ」
「絶対に死ぬって」
「ちなみに辛さレベル5000を食べるときは契約書にサインをしてもらうぞ」
契約書!?
ネロさんの口から発せられた言葉に一同驚愕。
ネロさんは店の奥から契約書を持ってくる。
そこには、『いかなる事が起きても店側は一切責任を取りません』というやばい文言が書かれている。
料理を食べる時に見るような代物じゃないって!
「おいおい、本当に大丈夫なのか? 取り返しのつかない事になっても知らないぞ」
「大丈夫だ。問題ない」
とレラはヘラヘラと笑いながら答えた。
そして、15分後。
メイドが俺達のテーブルに料理を運んでくる。
料理の系統としてはカレーだ。
真っ赤なルーが銀製のソースポッドに入っており、それを平たいパンにかけて食べるという方式。
ただ、一つだけ気がかりがあるとするなら、レラが頼んだカレーのみ、なぜかメイドがフルフェイスのマスクで完全防備してる点だ。
「コーホー。コーホー」
メイドが呼吸の音がこちらまで聞こえてくる。
「それにしてもルーが真っ赤だな」
「致死量の《レッド・ハバネロ》を投入したからな」
「この人何言っているんですか?」
「食べ物で遊ぶな」
「メイドさんも不気味なガスマスクつけてるし、絶対にやばい料理だろ」
「料理に絶対という言葉はない」
「人生の格言みたいに言わないで下さいよ。アナタに言っているんですよ」
「心配する気持ちはわかりますが、ご安心ください。これでも私は森の元守護者。超絶エリートのエルフ娘なんです。獰猛なレッドベアに比べたら《レッド・ハバネロ》なんて余裕ですよ」
レラは自信満々の表情でカレーをスプーンに掬い、そのまま口へと運んだ。
しかし、次の瞬間、レラは喉を抑えて悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちた。
「か、からしゅぎでひゃあああああああああああ!」
「レ、レラ!?」
◆ ◆ ◆
しばらくお見苦しい映像が続きますのでレラの体調が戻るまでアイリス劇場をお楽しみください。
「さあみんな集まって~! アイリス劇場の始まりですよ~」
「わああああああ!」(謎の観客の声)
「今日やるのはみんな大好きアイリスちゃんスイッチ。
ア・イ・リ・スの四文字で私が私がリアクションをやります。
じゃあ最初は~アイリスちゃんスイッチ、『あ』!」
「「「「アイリスちゃんスイッチ、『あ』!」」」」(謎の観客の声)
「あー、もう! 私も怒るときは怒るんですよ! ぷんすかぷんすか!」
「「「「かわいいー!」」」」
「次のワードに行きますね。アイリスちゃんスイッチ、『い』」
「「「「アイリスちゃんスイッチ、『い』!」」」」(謎の観客の声)
「石の上にアイリスちゃん」
「「「「意味が分からないけどかわいいー!」」」」
「アイリスちゃんスイッチ、『り』!」
「「「「アイリスちゃんスイッチ、『り』!」」」」(謎の観客の声)
「リンゴ・オン・ザ・インコ。インコ・オン・ザ・リンゴ! ふふふっ」
「お嬢様、もしかしてちょっと疲れてます?」
「そんな事ありませんよ、ティルル。じゃあ最後ですね。アイリスちゃんスイッチ、『す』!」
「好きです! アナタのことが大好きです! 好き好き好き! すき、すき大好き好き~! スキー! スキー! あっ、そういえばもうすぐ冬スキーの季節ですね。スキーなだけに好きー! なんちゃって!」
「「「「は?」」」」(謎の観客の声)
アイリス劇場 完
◆ ◆ ◆
あまりの辛さでレラが撃沈してしまった。
今は涙目でメイド達に介抱されている。
メイドの一人が持ってきたアイスクリームで舌を養生しながら、激辛料理を安易に食べた事を後悔してる様子。
「ううう、とんでもない目に合いました。まだ舌がひりひりします」
「だからやめろと言ったのに……」
マルスは苦笑いを浮かべている。
「それよりどうすんだよこのカレー。流石に全部残すのは料理に申し訳ないぞ」
「せめて半分くらいは協力して食べましょう」
「めちゃくちゃ辛いみたいだから、とりあえず牛乳で中和するか」
牛乳はたしか辛さを緩和する成分が含まれていたはずだ。
俺は専門家じゃないので詳しくは説明できないが、激辛料理に牛乳はとても相性がいい。
これにプラスして俺の保護魔法を加えてやれば、殺人級の激辛料理でも問題なく食べられるはずだ。
俺はプロテクトをかけて激辛カレーを食べる。
が、俺は激しくむせ込んでしまった。
「せ、先生!? 大丈夫ですか!? 辛さ対策は万全じゃ……!」
「げほっ、げほっ。こ、このカレーやばい。辛すぎてプロテクトがまったく通じない」
「ええ!?」
「くくく、無駄だロイド。レベル5000のカレーに生半可な防御魔法は通じない。あきらめて喉を焼かれるんだな」
「ミネルフォート家とコラボしてこの店を訴えていいか?」
「あきらめるのはまだ早いですよ。まだここに私がいます!」
突然、店内に女性の声が響いた。
振り返ると、扉の前にフェルメールが立っていた。
「お、お前はフェルメール!? どうしてこんなところに?」
「激辛料理といえばカレイドマーメイド。カレイドマーメイドといえば激辛料理。ウチの地元では常識ですよ」
「すいません。質問の答えになってないです」
「ところでフェルメールさん。ウンディーネ様はあれからお元気ですか?」
マルスが質問した。
「つい先日、辞表を送りつけてやったので、あの方の近況は一切知らないです」
「え?」
「ネロといいましたね。私ならそのカレーを余裕で倒せますよ」
「そのトリコロール衣装。噂に聞くカレイドマーメイドか。望むところだ、かかってこい!」
「いや、あの……」
「とんでもない情報が出てきてまったく会話に集中できないんですけど」
なんで騎士団を辞めたんだろうこの人。
困惑する俺とマルスをよそに、フェルメールはレラが先ほどまで座っていた席に代わりに座った。
そして、スプーンを手に取ってカレーを食べ始めた。
レラは一口で撃沈していたが、フェルメールは平気な顔のまま食べ進める。
「す、すごい! 辛さをもろともせず食べ続けてる。ハバネロが辛くないのか!?」
「マーメイド族はすべての炎属性のダメージをゼロにするんですよ」
「ハバネロって炎属性だったのか」
「たぶんこれから一生使わなさそうな知識だろうな」
「ごちそう様です」
「はやっ!? もう食べたの!?」
フェルメールはあっという間にカレーを食べ終えて紅茶をグビグビと飲んでいる。
食べ始めてから一分もかかってない。めちゃくちゃ早食いだ。
「そ、そんな!? 俺のレベル5000カレーが負けただと!? あ、ありえないいいいいい!」
ネロさんは頭を抱えて悲鳴を上げた。
よかった。悪はしっかりと成敗されたようだ。
「レラの仇を討ってくださってありがとうございます、フェルメールさん!」
「フェルメールさんかっこいい!」
マルス、レラの順番で感想を口にした。
店側の人間であるメイド達も拍手喝采だ。
「ちなみに先ほどの答えですが、剣聖セフィリアに要件があって来ました」
「答えというと、ミネルバにやって来た理由ですか?」
「はい。実は、以前お会いした時から一度戦ってみたいと思っていたんですよ」
「ああ、なるほど。セフィリアさんめちゃくちゃ強いですからねー」
マルスも同意する。
マルスも一度セフィリアさんとお手合わせした事があるが、まるで歯が立っていなかった。
どうやらフェルメールがやってきた理由は、セフィリアさんと勝負してみたかったからのようだ。
武人だなー。
「そのあとはどうするんですか? 辞職したということはいま無職ですよね?」
今度はレラが質問した。
結構深い内容まで踏み込んだな。
と、俺は思ったが、やはり気になる部分ではある。
「週休二日制で残業がないワークライフバランスが守られた職場を探しています」
「随分と切実ですね」
「せっかくなんで、俺みたいに冒険者になるのはどうですか?」
「消えろ」とフェルメールはドスの効いた声で告げた。
「こっわ」
「ダメですよ先生! 冒険者は世間一般では超絶ブラック職業なんですから。フェルメールさんを冒険者の道に落とすのなんて可哀想です!」
「そうですよ、ロイドさん! 冒険者をなんだと思っているんですか!?」
「なるほど。つまり俺を冒険者に引きずり込んだお前らってひどい奴らだったんだな」
「だってあの時の職業アンケート酷かったじゃないですか」
「あれじゃあ紹介できる職業なんて一つもないっすよ」
「せやな」
二人の意見は一理あった。
「ここまで結構長かったので、ちょっとまだ食べ足りないです。ここってスイーツとかありますか?」
「もちろんありますよ! こちらのメニューをご覧ください」
メイドの一人がメニュー表をフェルメールに手渡す。
「せっかくだし、俺達もなんか頼むか」
「そうですね。あっ、すいません店員さん。俺達の方にもメニュー表を下さい」
「はーい」
さりげなく俺も含めるマルス。
気遣いができるイケメンって最強だな。
また、俺とマルスはまだカレーを食べてないので、スイーツのタイミングをちょっと遅らせてもらった。
その後、俺達はフェルメールさんと楽しく食事をした。
それにしても、騎士団を辞職したなんてびっくりしたな~。
そんな素振りが全然見えなかっただけに衝撃だったよ。
チカラになれるかどうかはわからないけど、もし彼女が困っていたら手助けをしてあげようと思った。
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次回の更新は2023年5月30日の朝7時となります!




