間章17:初級錬金術師のやりなおし
更新が二日ほど遅れて申し訳ありません。
ロイドに謝りたい。
私は心からそう思った。
だからメルポート到着後、アビスウォール行きの船に乗る直前に私は騎士達にある頼み事をする。
「すいません。最後に一つだけお願いがあります。ロイドに私からの伝言を伝えてくれませんか?」
本当は直接本人に謝りたい。
でも、それは決して叶わない願いだとわかっている。
だからせめて今の気持ちだけでもロイドに伝えたかった。
しかし、私の願いは、むなしく崩れ去った。
「はっ、バカバカしい。今度はそうやって俺達の同情を誘おうとしてるのか?」
目の前の騎士は鼻で笑いながら私の頼みを断った。
「べ、別にそんなつもりじゃ。私はただ……」
「お前の本性なんてみんなわかってんだよ、パワハラ女! 俺達は絶対に騙されないからな!」
彼だけではない。他の騎士達も同様の反応を示した。
「今更反省したところでもう遅い!」
「俺達を散々騙しやがって。初級錬金術すらまともにできないこの詐欺師め」
「誰もお前の戯言なんて聞いちゃいないよ」
「マスター級の大魔導士ロイド様が王都からいなくなったのは全部お前のせいだ!」
「おい、こいつをさっさと船に乗せるぞ! こんな奴の顔を見るなんて二度とごめんだ!」
騎士達は乱暴に私の腕を引っ張って、船に押し込んでいく。
私は抵抗するが力の差は歴然なので当然無理だった。
誰も私の話を聞いてくれなかった。
自業自得とはいえ、ここまで敵視されると胸が苦しくなった。
◆ ◆ ◆
あれから二週間が経過した。
現在、私はアビスウォールという監獄島にいる。
小さな島だが、周囲は海で囲まれており、船がなければ決して脱出はできない。
収容所は島の中央にあり、収容所を取り囲むように森で覆われている。
この森には人食いモンスターのレッドウルフが多くが生息しているそうだ。
看守による事前忠告みたいなものだろう。
食事は一日一回。
固いパンと味の薄いシチューがやってくる。そして、食事のメニューが変わる事はない。
看守は10分ごとに独房の前を通り、異常がないかどうかを監視する。
肉体労働が存在しない代わりに独房からも出してもらえない。
何もない部屋の中で一日中ずっと座っているという感じだ。
一般的な刑務所は更生施設の役割も兼ねているので、労働などに準じなければならないが、アビスウォールの場合は『社会復帰させる気がないから何もさせない』というスタンスをとっている。
ほとんど死刑と変わらないだろう。
扱いも魔物と同じような感じだ。
話しかけても全部無視されるし、発言の内容によっては、看守が独房に入ってきて警棒で私を容赦なくボコボコにする。
三日前に警棒で叩かれた右腕は腫れ上がり、まだ完治していない。
本当に地獄みたいな場所だ。
何もやることがないので、昔の記憶が自然と思い出される。
ロイドの記憶が脳裏をよぎるたびに後悔の念が押し寄せてくる。
いまの私には何も残っていない。
自由も、財産も、友達も、未来も、すべて泡のように消えてなくなった。
後悔だけが胸の中で渦巻いている。
私の未来には絶望しか残されていない。
どんなに後悔してもロイドには伝わらないし、騎士達の言ってるように伝わったところでロイドは困惑するだけだろう。
いっそ、何も考えないようにするのが一番マシなのかもしれない。
「このままここで死んでしまいたいな」
壁に寄りかかりながら小さな声で私はポツリと呟いた。
行き場のない想いに、一筋の涙が頬を伝った。
「久しぶりに顔を見にやってきてみれば、以前よりももっと無様になっているでごじゃるね」
聞き覚えのある男性の声が聞こえた。
天井から人影のようなものが地面に降り立つ。
アトリエ、時計塔の地下でも遭遇した強盗犯だった。
たしか名前は……黒鴉?
又聞きなので定かではないが、世界的にも有名な殺し屋らしい。
ただ、今の私にとっては、黒鴉が悪党かどうかなんて関係ない。
私の人生はもう終わりなんだから。
「……黒鴉さん。一つ頼み事があるんだけど、いいかな?」
「頼み事?」
「私をここで殺して」
もう生きていたくなかった。
今更後悔したところでもうすべて手遅れだ。だったらもうここで死んでしまいたい。
噂が本当なら黒鴉は殺し屋のはず。
殺し屋なら私を殺すことに抵抗なんてないだろう。
すると、黒鴉は無言で私に近づいてきて、私の右頬を平手打ちした。
乾いた音が鳴り、私は地面に横たわる姿勢で倒れた。
「ふざけないで下さい。アナタのような何の価値もない人間を殺すほど私の剣は安くありません」
黒鴉の口調が変わる。
それに合わせて、彼の声が少女のような『女性』の声に変化した。
仮面をつけてるので表情は見えないが、声色から憤怒の感情が伝わってきた。
「じゃあ、なんでここに来たんだよ。私を殺すためじゃないの?」
もしくはロイドの行方を捜すため。
ただ、ロイドがミネルバにいる事はもう有名だ。わざわざ私を当たる必要なんてないはず。
「全然違います。アナタが収容されていると知って、ロイドがやって来るかもしれないと思って、待ち伏せしていただけです」
「そうだったんだ。でもその様子だと………」
「ロイドは来なかった。完全にアナタと決別していますね」
決別。
理解していたつもりなのに、言葉としてはっきりと伝えられると、自然と目から涙が零れていく。
ロイドはもう私の事を完全に忘れてしまった。
つまりそれは、謝罪の言葉なんて最初から必要ないということだ。
一人泣いている私を、黒鴉は無言で見下ろしている。
「いつまで子供みたいに泣いているんですか?」
「うう……だって……」
「ロイドに謝る事は本当にアナタのためになるんですか?」
「……え?」
黒鴉はゆっくりと私に語りかける。
「いつまでロイドに依存するつもりですか?
ロイドは自分の足で歩いて幸せを手に入れました。
だったらアナタも自分の足で歩いて幸せを掴むべきだと思います。
ロイドに対して心から申し訳なく思うのなら、なおさらロイドなしで世界一の錬金術師になって下さい」
黒鴉の言葉に耳を疑った。
自分の足で歩く。
一度も考えた事がなかった。
思い返せば、私の錬金術はすべてロイドありきだった。
錬金術師としてスタートできたのも、S級アトリエの称号を得たのも、ロイドが影で支えてくれたからだ。
今だって、精神的にはロイドに依存している。
黒鴉は私にロイドから卒業しろと言っている。
ロイドを用いずに一流の錬金術師になる。
それはとても難しいだろう。
ロイドは間違いなく魔導士の頂点に立つほどの実力者。
エリアゼロの素材を一人で採取してくるなんて、他の魔導士では絶対に真似できない。
だけど本来。
錬金術の難易度と素材の難易度はイコール関係ではない。
錬金術師としての技量が高ければ、ヘカテーのレシピ本のように素材の難易度を緩和できる。
私の発想したバハムートボム。
後輩ソテイラの発想したバハムートボム。
伝説の錬金術師ヘカテーの発想したバハムートボム。
錬金術師としての実力はレシピに反映される。
私は、この常識を今まで忘れていた。
本当に一流の錬金術師は、どんな専属魔導士でも上手く扱えるし、どんな素材でも完璧に使いこなす。
なぜなら、ヘカテーに決まった専属魔導士は存在しなかったからだ。
専属魔導士を捜さずとも、助けてもらった人達が自然と彼女の周りに集まり、その人達が専属魔導士と同じ役割を持つようになった。
彼らが集めてくる色々な素材を適切に組み合わせて、多くの調合を成功させた。
それは彼女が専属魔導士には拘らず、多くの人々の協力を経て、錬金術を続けてきたからだ。
元来の人徳と超一流の錬金術。
一般人すらも専属魔導士に変えるなんて、ほかの錬金術師では決して真似できないだろう。
黒鴉が、ヘカテーの件を踏まえて、私に尋ねている可能性は極めて低い。
だけど、彼女の言葉は私の心に大きく響いた。
「そこにいるのは誰だ!」
その時。
扉越しに怒鳴り声が聞こえた。
「おやおや、看守に気づかれてしまいましたね」
黒鴉は動揺することなく、愉快げに笑った。
黒鴉は私のほうを振り返る。
「ルビーさん。最後にもう一回だけ聞きます。アナタは自分の足で歩けますか?」
たしかに今の私は何もできない。
錬金術の技量だって初級未満だ。
でも、今からでも遅くないのなら、もう一度だけ人生をやり直したかった。
人生を諦めたくなかった。
一流の錬金術師になって、ロイドから卒業したかった。
今この瞬間、夢じゃないのなら、今度は自分の足で人生を歩んでいきたかった。
「錬金術がやりたい」
震える声で、だけどはっきりと、自分の気持ちを目の前の少女に伝えた。
次の瞬間、私の両手両足を拘束している重い鎖が、彼女の刃によって簡単に破壊された。
「白薔薇先輩がやってくるまでの暇潰しにはちょうどいいですね」
こうして、私の二度目の錬金術師としての人生が始まった。
◆ ◆ ◆
数日後。
メルゼリア女王の元にアビスウォールの報告が届いた。
「へ、陛下、大変です! アルケミア卿がアビスウォールから脱獄しました!」
「そうですか」
「アイリス様が危険ですので、すぐに国中の兵士を動員してアルケミア卿を確保します!」
「いえ、その必要はありません。彼女の目的はおそらくロイドですから、アイリスに危害が及ぶ事はないでしょう」
「ええ!? で、ですが、アルケミア卿の側にはあの黒鴉もいたそうですよ」
「黒鴉だか白鴉だかなんだかわかりませんが、私が好きな色は紅茶のアールグレイです」
「は?」
「そもそも、初級錬金術すらできない者にいったい何ができるというのですか。彼女を追いかけるのはお金と時間の無駄です」
「は、はあ……。陛下がそのようなお考えなのでしたら、我々もそれに従います。ですが、取り返しのつかない事態になっても我々は知りませんよ!」
「はいはい。報告、ご苦労様。もう下がりなさい」
彼女はそのように告げて、報告にやってきた騎士を部屋から追い払った。
追い払われた騎士は、ブツブツと小言をつぶやきながら部屋から出て行った。
騎士がいなくなったのを確認後、彼女は大きく息を吐いて、中央の椅子に腰かけた。
「次から次に問題ばかり起こるわね……」
「本当によろしかったのですか?」
すると、彼らのやり取りを隣で観察していた侍従長が彼女に話しかけてきた。
セフィリアのような目つきをしており、雰囲気もとてもクール。
「いいわけないでしょ。アイリスにもしもの事があったら国民全員に顔向けできなくなるわ」
「だったらなぜ、あんな馬鹿みたいな命令を……」
「知らないわよ。自然と口が動いたのよ」
「なるほど。とてもエレガントな陛下らしい対応ですね」
「ちっ、むかつく女ね。嫌味か。もうアンタ明日からここに来なくていいわよ」
「ですが、私がいないとおいしい紅茶が飲めませんよ?」
「あー! 本当むかつくわねコイツ!」
彼女は年相応の表情を見せて、侍従長に苛立ちながら手足をばたつかせた。
まさに駄々をこねるって感じだ。
しばらく不満をぶちまけた後、いきなり真面目な表情に戻り、心の中で一人呟いた。
(恩人が目の前にいるのに、それに気づかずに毎日のほほんと暮らしていたのは、私も同じなのよ)
彼女が思い浮かべたのはロイド。
ロイドの実力に気づかなかったのは、ルビーだけではなく彼女も同じだった。
ロイドがルビーの専属魔導士と知った時も、縁故採用という烙印を無意識に押して、ロイドにはほとんど期待していなかった。
ルビーが傲慢になったのは、自分の対応が一因である事は、彼女自身が一番理解していた。
だからこそ、ルビーに人生をやり直すチャンスをあげたいと考えた。
彼女なりの罪滅ぼしだった。
たしかに、黒鴉と一緒にいるのは危険だ。
黒鴉が原因で、ロイド達に危害が加わる事は十分に考えられた。
しかし、その危険性を考えてなお、彼女はルビーを優先した。
(黒鴉に関しては、ロイドがいればなんとかしてくれるでしょう)
苦笑いを浮かべる自分の顔が、窓ガラスにぼんやりと映っていた。
次回の更新は5月15日の月曜日(19:00)になります。
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