間章13:女王裁判 後編
陛下に対していきなり悪い印象を与えてしまった。まさに出鼻を挫かれたと言える。しかし、裁判はまだ始まったばかり、ここからノーミスだったら問題ないはずだ。
私は気持ちを入れ替えながら裁判に臨む。エレガントらしさを崩さないように自然な口調で弁解する。
「陛下、それは誤解でございます」
「アルケミア卿、だからここは一階よ」
そのギャグはもうええっちゅーねん。大して面白くないから黙ってろ。
自分のつまらないギャグは棚に上げて相手にはエレガントらしさを要求する面倒くさい奴だと感じた。
私は陛下の言葉を無視して言葉を続ける。
「たしかに陛下のおっしゃるように私の言動には矛盾があったかもしれません。ですが、それは仕方のない事なのです。リュックサックに金貨を入れたのはすべて強盗の指示で、奴の命令通りに動かなければ私の命が危険だったんです」
私は強盗の恐ろしさを陛下に涙ながらに伝える。
押しかけてきた強盗がアトリエの中で大暴れして私の大切な錬金釜を破壊した事も合わせて伝えた。
陛下は半信半疑の様子ではあるが黙ったまま私の話に耳を傾けている。
なかなかいい調子のようだ。
私の話はすべてが嘘というわけじゃないからね。
強盗が押しかけてきたのは本当だし、ソイツの特徴だって詳細に説明できる。名前は流石に覚えていないけど、強盗が本名を名乗るなんてレアケースだから気にする必要はない。
この調子で話をでっち上げれば『仕方のない事』で済むかもしれない。
しかし、その時。
予想もしない横槍が私の話に割り込んできた。
「ウソだ! 自分でタンスや机を破壊してたじゃないか!」
「俺達が見た時は強盗なんていなかったぞ!」
「全部でっちあげだ!」
な、なんだコイツら!?
聴衆席に座っていた市民達が突然立ち上がって大声で叫び始めたのだ。
その中には私の見知った顔触れもいたので彼らが近隣の住民であることはすぐにわかった。
突然の事で私もすぐには対応できず、しばらくの間、私は茫然となった。
私は当時の状況を思い出す。
半年近くも昔のことなので、記憶も朧げになっているが、言われてみれば私がアトリエを飛び出す際に住民達とすれ違った気がする。
陛下とはなんの縁のない奴らだから気にも留めなかったが、まさかこのタイミングで邪魔されるとは思わなかった。
ま、まずいぞ。
すぐにでもこいつらを黙らせなければ。
「ふ、ふざけないで! そっちこそ適当な事を言わないでよ!」
私は大声でそう言い返す。
だが、あまり効果がなかった。それどころか火に油を注ぐような勢いで彼らの声が大きくなっていく。
私の味方は当然ながら誰もいない。私は法廷で孤立し、彼らから罵詈雑言を投げつけられた。
このまま裁判が中断しそうな勢いだったが、それを止めたのは他でもない陛下自身だった。
陛下が木製の小槌を数回叩く。
木と木がぶつかり合う乾いた音がホール内によく響いた。
「お黙りなさい。いまは裁判中よ」
左右をゆっくりと見渡しながら睨みを効かせる。
ざわついていたホールが彼女の一言で一瞬にして静まりかえった。
彼女の外見は幼く、体格も小柄で決して威厳があるような見た目ではないが、今の彼女は誰よりも貫禄があった。
彼女の視線が市民達から私へと移る。
ゾクっと全身に寒気を覚えた。
「アルケミア卿。彼らはあのように述べているけれど、アナタが話した内容と随分と食い違いが見られるわ。これはいったいどういうことなの?」
「へ、陛下は彼らの話を信じるんですか!? 彼らの発言は全部でまかせなんですよ!」
「嘘か本当かどうかを見極めるためにアナタに聞いているんじゃないの」
「そ、そんな事言われても強盗に命令されたから仕方なくやったとしか答えようがありません! 手紙の中にも強盗に襲われたからアトリエを離れたと書いたではありませんか!」
いま私が口にした手紙とは、アトリエを離れて一週間後に陛下に送った文面の事だ。
ウンディーネのせいで海上が封鎖されて、メルポートに留まらなければならなくなった際に、王都に戻らないための口実に手紙を書いたのだ。
この手紙の中で、私は強盗に襲われた事をしっかりと書き記した。だから私の発言には一貫性があるはずなのだ。
「じゃあ質問の内容を変えるわ。メルポートで私が派遣した騎士達から逃げ出したのはどうして?」
「うぐっ⁉︎ そ、それは……」
その質問は、今の私にとってあまりにもクリティカルな内容だった。
言い訳をしようにも何も頭に浮かんでこない。
「当初はアナタに配慮して王都への帰還を強制しなかったけど、アナタがいなくなった途端に専属魔導士にパワハラをした噂が流れてきたり、冒険者ギルドに無理難題を押しつけて困らせてるといった情報が届いたりと、アナタという人間がまったく信じられなくなったのよ。だから、それが本当かどうか実際に会って確かめるために騎士を向かわせた矢先に今度は逃走……アナタ、本当に私を怒らせるのが好きみたいね」
当時の記憶を思い出しながら陛下は顔を真っ赤にして怒りに震えている。
「ち、違うんです! 騎士達についていかなかったのはえっと……そ、そうだ! ロイドが原因なんです!」
「アナタの元専属魔導士のことね。彼はアナタと違って最初から素直だった」
ロイドを知っているのか。聞き出したいところだが、今はそれどころではない。
「そう、そのロイドです! 当時の私はロイドを迎えに行く必要がありました。だから騎士達の命令に従うわけにはいかなかったのです。たとえ陛下の命令があったとしても、大切な幼馴染をアトリエに連れ戻す事が先決だったんです。ほら、専属魔導士が決まってないのに陛下の元に戻っても錬金術ができないから意味ないじゃないですか!」
「まるでいま思いついたような適当な言い訳ね。アナタの言葉には真実味がまったく感じないわ」
(そんなの自分が一番よくわかってるよ! くそっ、陛下は完全に私を疑っておられる。このままでは最悪の事態も充分考えられる。なにか、なにか起死回生の一手はないか?)
必死に言い訳を捻り出そうとするが、焦るあまり考えがまったくまとまらない。
口を開くたびに些細な点を突っ込まれて裏目ってしまう。
ノーミスどころか裁判が進むにつれて状況が悪くなっていくのを肌で感じた。
「最後に一つ聞いておきたい事があるわ」
「へ? さ、最後?」
壁にかかってる時計を確認する。
裁判が始まってまだ10分も経っていなかった。
しかし、陛下は裁判を終わらせる気であり、冷たい視線のまま私を睨んでいる。
焦りと恐怖で全身からイヤな汗が噴き出してくる。
そして、陛下の最後の質問は、私にとってまったく予想もしてなかった内容だった。
「アルケミア卿。このバハムートボムで誰を殺すつもりだったの?」
陛下は近くにいるメイドの手元を指差した。そこにはソテイラのアトリエで作成したあのバハムートが両手で抱えられていた。
陛下の言葉に耳を疑った。
あのバハムートボムは相手を脅すために作ったものであり、誰かを殺すために作ったわけではない。
しかし、陛下はそのバハムートボムを殺人の道具として作ったものだと思い込んでいる。
これを真実だと通したら、私は確実に極刑を受けてしまう。
私はこれまで以上に必死で弁解した。
「陛下! そればかりは流石に誤解です! それは道中で現れるモンスター用に作成したものです!」
「それも嘘ね。本当はモンスターではなく、ミネルバにいる元聖女のアイリスに対してバハムートボムを使うつもりだったんじゃないのかしら?」
私の心を見透かしたような口ぶりでそう尋ねた。
陛下から飛び出してきたアイリスという言葉に私の体が凍りついた。
私がアイリスをやっつけようとしている事は誰も知らないはずだ。
どうして陛下がアイリスの存在まで知っているんだ。
もしかして陛下はアイリスとロイドの関係も把握しているのか?
「ど、どうしてアイリスの事を……」
そこまで話したタイミングで、陛下は私の言葉を遮った。
「やっぱりこのバハムートボムでアイリスを殺すつもりだったのね」
「ち、ちがっ……」
「アナタに判決を言い渡すわ。
王族を軽んじて何度も無礼を働いた行為、神聖な裁判で虚言を吐いた事は重罪である!
なにより、国家の宝である元聖女のアイリスに危害を加えようとするとは言語道断! アナタのような人間には冷たい牢獄がお似合いよ!」
陛下は玉座から立ち上がると、宝玉が施された杖の先端を私の眼下に突きつける。
「無期限のアビスウォール送り! アナタに王都の地は二度と踏ませないわ!」
「い、いやあああああああああ!!」
陛下の下した判決が信じられなかった。
私は天才錬金術師のルビーのはずだ。
ゆくゆくはクロニクル級錬金術師として歴史に名を残すはずなのに。
なぜ犯罪者としてアビスウォールに送られなければならないのか。
どうしてこんなことに。
私が一体なにをしたというんだ。
私が盗みでも働いたか? 誰か他の人を傷つけたか?
私はただ、ロイドを取り戻そうとしただけなのに。
ロイド、ロイド、ロイド。
こいつさえ、こいつさえアトリエから逃げなければこんなことにはならなかった。
私はなにも悪くない!
ロイドがすべて悪いんだ!
あいつが勝手に消えたせいで計画が狂い始めた。
錬金術の素材が集まらなくなった。
アトリエのランクが落ちてしまった。
すべてが上手くいかなくなった。
それが原因で陛下にも目をつけられた。
ロイドだけじゃない。
私の目の前にいるこの女も同罪だ。
大体、こいつが余計な事をしなければ今頃私はロイドを取り戻せたはずなのに。
「ふざけるなあああああああ!」
「「「「!?」」」」
私の渾身の叫びに、周囲で見守っていた民衆達が動揺した。
「私はなにも悪くない! 悪いのは全部ロイドだ! いいや、ロイドだけじゃない! お前らだってそうだ! 私の苦労も知らずに好き勝手言いやがって!」
私はホール内を見渡しながら睨み据える。
そして、その矛先は群衆のみならず陛下にも向いた。
「元はと言えば、お前が私の専属魔導士探しを邪魔してきた事がすべて原因だろ! 余計な事をしやがって! 親から世襲してトップになっただけの世間知らずのクソガキめ!」
エレガントかどうかなんてこの際どうでもいい。私は感情が溢れるままに目の前の生意気なクソガキを罵る。
「き、貴様! 偉大なる陛下に向かってなんて暴言を!」
兵士達がすぐさま背後から飛びかかり、私を無理やり地面に押した。
「はなせぇぇえええええ! 私は偉大な錬金術師のアルケミア卿だぞおおおお!」
「く、くそ! 暴れるな! おい、こいつに猿轡を噛ませろ!」
「わざわざそんな事しなくていいわ。今から私が黙らせるから」
「陛下!?」
彼女は手でそれを制止すると、ゆっくりと私に向かって歩いてくる。
そして、手を伸ばせば彼女の脚に届く距離まで近づいた。
「昔のアナタはもっとエレガントだったわ」
「黙れ!」
「私の母上のために治療薬を作ってくれたと知った時は、本当に嬉しかった。アナタのためならなんでもしてあげようと思った」
「そう思うんだったら早く判決を撤回しろ! 私はお前の恩人だぞ!」
「だけど、その勘違いのせいで、私は『彼』を傷つけてしまった。アナタだけではなく『彼』もしっかりと評価するべきだった」
すると彼女は、年相応の子供のような表情に戻り、悲しげに目を伏せる。
「一人で納得するな! いったいなんの話を言っている!」
しかし、陛下はなにも答えない。
しばらく沈黙を続けていた陛下が私に問いかけてきた。
「アルケミア卿。アナタの錬金術は本当にアナタだけのチカラで成し遂げてきたものなのかしら?」
(どういう意味? 私の錬金術は私だけの力のはずだ)
陛下の言葉の意味がよくわからなかった。
私の反応が薄いのを確認すると、陛下は小さくため息を吐いて言葉を続ける。
「その言葉の意味すらわからないのに、どうして彼がアナタのもとに帰ってくると信じているのかしら? 彼を捨てたのは他でもないアナタ自身じゃないの」
「……!」
そう言い残すと、陛下はそのまま法廷から立ち去っていった。
私はなにも言い返す事ができなかった。
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