第62話:妖精竜の襲撃
ミネルバ山脈の麓の村へと向かっている道中、ゴブリンの大軍が現れた。
歩兵4000、騎兵500の大規模な数がミネルバ山脈の方角へと進軍している。
流石のセフィリアさんも、このゴブリンの数には驚きを隠せないようだ。
ポカーンとした表情で大軍を見つめている。
「驚きました……あれだけの総数を見たのは生まれて初めてです」
とセフィリアさんが感想を言った。
「あそこまでいけば立派な軍隊でございますね」
「ご友人様、何か理由などはお分かりですか? 私はさっぱりとわかりません」
「おそらく、『英雄型ゴブリン』でも現れたのでしょう」
「英雄型ゴブリン?」
「同じゴブリンの中でも飛びぬけて賢くて、強くて、統制力があるゴブリンの事です」
「ゴブリン版の勇者みたいな感じですね」
セフィリアさんは面白い喩えをした。
たしかにそうかもしれない。
ゴブリンは個体数が多いので、他の種族よりも英雄型が現れやすい。
数十年に一度くらいのペースで、すごい頭脳を持ったすごいゴブリンが現れるそうだ。
メルゼリア王国で一番有名なのは、500年前に猛威を振るったシャーマンゴブリンだろう。
ゴブリンの中でも比較的知能が高いシャーマンゴブリンが、さらに頭が良くなって王国軍でも対処できなくなったという大事件だ。
シャーマンゴブリンの例を挙げて英雄型モンスターの特徴を解説する。
「ご友人様はなんでも知ってるんですね」
「なんでもは知ってませんよ。知ってる事だけ話してますよ」
ただ、面白い事に英雄型のモンスターがいる時は大抵、人側側にも『英雄』が現れるんだよね。
シャーマンゴブリンを瞬殺した伝説的な剣聖。
魔王アルバトロスを討伐した伝説的な勇者。
必ず彼らの対となる存在が誕生する。
ゴブリンの大軍は、コッコロエリアの方角ではなく、妖精竜エリアの方角に向かっている。
いったい何しに向かっているんだろう? あっちには妖精竜しかいないのに。
もしかして妖精竜に挑戦する気か?
いやいや、いくらなんでもそれはないか。自殺しにいくようなもんだ。
大軍の動向を観察してると突然。
一部の兵がこちらに矛先を変えた。
急に方向転換して、ドドドと土煙を起こしてこちらに迫ってくる。
げげっ、マジか。
なぜか知らんけど標的にされてしまった。
馬車を止めるよう御者に命令して、俺とセフィリアさんは応戦するために外に飛び出した。
見た感じ……騎兵50と歩兵100かな。
騎兵に包囲されたら面倒だからまずはそっちから潰すか。
距離も十分あるし、エクスプロージョンで一掃しようかな。
俺が杖を構えると、セフィリアさんが無言でそれを制止する。
「ご友人様、今は危険であります」
その言葉の意味がわかったのは、それから十秒後。
ゴブリンの大軍が向かっている先。通称エニグマと呼ばれる山脈。
《妖精竜》が占拠している山頂というのは、《エニグマ》と呼ばれる峰の事だ。
標高が一番低く、3000メートル級の峰で、妖精竜の影響か、現在はフェアリーモンスターが多く生息してる。
俺達の行き先は同じミネルバ山脈でもコッコロ方面。
微妙に方角が違う。
この向かっている先の違いが、俺達とゴブリン達の命運を分けた。
山脈の方から突如――――『妖精竜』が姿を現した。
ゴブリン達にとって不幸だったのは妖精竜を刺激してしまった事だろう。
距離的には数十キロほど離れていたが、4000以上もの大軍を見た妖精竜は、彼らを『敵』と判断した。
ものすごい飛行速度で大軍の方へと迫ってくる。
セフィリアさんが俺を止めた理由は、妖精竜にたまたま気づいたからだろう。
妖精竜の飛行速度は凄まじく、一分もしないうちにゴブリン軍の本隊にたどり着いた。
妖精竜の来襲で軍はパニックに陥る。
だが、妖精竜はそんなの関係ないと言わんばかりに大軍の中を暴れまわる。
ゴブリンを尻尾で弾き飛ばしたり、巨体で踏みつぶしたりなど阿鼻叫喚の嵐。
壊滅寸前まで追い込んだ後、トドメと言わんばかりにいったん上空へと舞い上がり、エメラルド色の翼を大きく羽ばたかせ、口内から極太のエネルギー波を発射した。
着弾と同時にこの世の終わりのような爆音が響いた。
ズドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!
文字通り、『消し飛ぶ』というワードが似合う一撃。
やや距離が離れている俺達の方まで衝撃波が飛んでくる。
衝撃が収まると……ゴブリンがいた所は超巨大なクレーターができていた。
4000以上もの大軍は妖精竜によってあっけなく全滅した。
消し炭となっており、原形をも留めてない凄惨な状況だ。
さて、彼らの感想を述べてる場合ではない。
彼らのせいで俺達も命の危機に瀕している。
妖精竜も俺達の存在に気づいたようで、上空から俺達の動向を窺っている。
下手に動くと妖精竜を刺激してしまうのは間違いない。
セフィリアさんもそれを理解してるようで、敵と判断されないようにその場から一歩も動こうとしない。
俺達は木、俺達は木。
俺は頭の中でそう念じる。
しばらく妖精竜とお見合いしてると、妖精竜は俺達から興味を失ったようで山脈に引き返していった。
妖精竜の姿が豆粒ほどの大きさになったタイミングで、俺は大きく息を吐いた。
「久しぶりに見かけましたが、なかなか心臓に悪いですね」
「私もご友人様と同じ気持ちです。この場にお嬢様がいなくて心の底から安心しました」
セフィリアさんも表情こそ崩さないが、頬には冷や汗を垂らしていた。
妖精竜の事は一旦忘れて馬車へと戻る。
あんな光景を見たせいか、お互いにしばらく無言だった。
ウンディーネの問題を解決してもすぐに次の脅威がこんにちは。
俺は平穏なスローライフを送りたいだけなんだけどなぁ……。
隣ではセフィリアさんがハンカチを口に当てて小さく咳込んでいた。
最近、セフィリアさんはよく咳をする。前回の風邪は、まだ完全には治っていないのだろう。
「風邪の調子はいかがですか? やはりご無理はなさらないほうが……」
「これは風邪というよりも妖精竜が原因でしょう」
いや、ただの風邪が原因だと思う。セフィリアさんも大概言い訳が下手だな。
夏風邪は長引くというけれど、セフィリアさんも同じなのかな。
セフィリアさんは紛れもなく聖人だけど、自分の体調の事となると、結構疎かになる方だから少し心配だ。
なんとかしてセフィリアさんを休ませないとあげたいな。
「セフィリアさんは働きすぎなので少し休憩を挟んだ方がいいと思います。枕なら貸しますので少し横になりませんか?」
「承知しました。ご友人様にまで迷惑をかけて本当に申し訳ありません」
よかった。
ゆっくりと休んでもらおう。
アイテムボックスから枕を取り出そうとする。
その時。
セフィリアさんは何を思ったのか俺の膝の上に頭を乗せた。
「へ?」
変な声が出てしまった。
せ、セフィリアさん。これは枕は枕でも膝枕では?
セフィリアさんってこんな天然だっけ?
……いや、一番の天然だったな。
女の子から膝枕されるのが夢だったけど、まさか膝枕する側に回るとは思いもしなかった。
思いがけない幸運に、俺も緊張してしまう。
先程の妖精竜より今のシチュエーションの方がドキドキしてると思う。
膝枕して数分後。
セフィリアさんはスヤスヤと静かな寝息を立てて眠っている。
やっぱり疲れがたまっていたようだ。
申し訳ないと思う気持ちの反面、セフィリアさんのような優しい方に出会えて本当に幸せだと感じた。
俺はミネルバに来てからも失敗が多い。
だけど、その失敗を気づかせてくれたり、フォローしてくれる友達がいる。
これは本当に幸せな事なのだ。
セフィリアさんの寝顔を見ながら改めてそう思った。
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次回の更新は2022/12/05 19:00となります。




