第58話:謎の精霊少女
フェルメールさんとのお話が終わったので、俺達は客室へと戻る事にした。
その際、アイリス達が泊まっている部屋にも立ち寄ってみた。部屋では女性陣が枕投げを楽しんでいた。
主君に向かって枕を全力投球するティルルさん。
枕が顔面に直撃してベットに仰向けに倒れるアイリス。アイリスが投げた枕を華麗に避けるレラ。
なんていうか……すごく楽しそうだ。
ティルルさんがはしゃいでる姿を見るのは初めてだったので、こんな風にはしゃぐ人なんだってわかってすごく得した気分だ。
ティルルさんは俺達に気づくと、慌ててクールモードに取り澄ましたが、もう遅い。
隙ありと言わんばかりに、アイリスがティルルさんに枕を投球する。
ティルルさんはひょいと避けたが、今度は俺の顔に直撃した。
この時のやってしまったー的なティルルさんの表情がすごくかわいいと思った。
「ロイド様、マルスさん! 一緒に遊びましょうよ! すごく楽しいですよ!」
アイリスがこちらに向けて手を振っている。
俺とマルスはお互いに顔を見合わせる。
最終的に俺達もその中に参加した。
ホテルのベッドで飛び跳ねながら深夜に枕投げ。
いま思えばめちゃくちゃ近所迷惑な事してるけど、めちゃくちゃ楽しかった。
なんとなくだけど、ティルルさんとの距離感も一気に近づいた気がした。
旅行って素晴らしいね。また同じメンバーで一緒に遊びたいなって思いましたマル。
枕投げが終了後、めちゃくちゃ簡単にだけど、女性陣に『ウンディーネの件』を話した。
直接は関係ないけど一応ね。
いずれも知識人なので俺の知らない何かを知ってるかもしれない。
明後日のウンディーネとの謁見。安易に承諾したが責任重大だ。
ウンディーネはメルゼリア王国の領海全域に縄張りを構えてる海の支配者。
イゾルテさんの本にも書かれていたが、ウンディーネは歴史書でも取り上げられてるレベルの大精霊だ。
ウンディーネの影響で滅びた国もいくつか存在しており、怒らせると手が付けなくなるそうだ。
大竜巻を起こして航路を封鎖したり、大津波によって王国一つを消し飛ばしたりと、やってる事のスケールはマジでデカイ。
魔王アルバトロスが陸の帝王とするなら、水の大精霊ウンディーネは海の帝王と言えるだろう。
女性陣によるウンディーネに関する知識だが、基本的に文献と似たり寄ったりだった。
直接会ったわけではないので知識が似てしまうのは仕方ないだろう。
気まぐれで、怒りっぽくて、たまに優しい。
これが現状わかってるウンディーネのプロフィールだ。
一つだけ共通してるのは『怒らせるとマジでヤバイ』ってことだ。
「ところでロイド様は、明日はテトラ島に滞在するご予定ですか?」
「いや、いったんミネルバに帰るつもりだよ。アルのお世話もあるしね」
アルとは魔王アルバトロスのニックネームだ。
仲良くなっていくうちに、いつの間にかそのような呼び方になっていた。
コッコロ坑道まで出向いて、聖戦をして、またここまで戻ってくる。
距離的にはかなりシンドイだけど、魔王様を放置するわけにもいかないしね。
「ですけど……流石に大変じゃないですか? 片道だけで半日くらいかかるので、とても大変だと思います」
航路1時間+ミネルバまで2時間(馬車)+ミネルバ山脈まで(4時間)+コッコロ山道から魔王の間(1時間)+魔王との聖戦(1時間)=最低9時間。
アルテミスを使えば多少は短縮できるけれど、距離的に考えるとマジで眩暈がしてくるスケジュールだ。
「たしかにそうだけどさ。アルを放っておくわけにはいかないよ」
「それならアルちゃんを私が代わりに引き受けましょうか? 予定的には別にありませんよね、ティルル」
アイリスがティルルさんに確認する。
ティルルさんはすぐさま手帳を広げて確認する。
「はい、ご友人様の聖戦をお嬢様が引き受ける形になりますので、翌日でしたらなんら問題ないと思われます」
マジか。それはめちゃくちゃ助かるな。
それじゃあアイリス達に頼もうかなー。
「それじゃあ、二人に今日の当番をお願いしてもいいか?」
アイリスとティルルさんに頭を下げて、明日の聖戦をお願いする。
「はい、任せてください! 私とティルルでアルちゃんをたくさん喜ばせてあげますよ!」
アイリスはニッコリと笑顔で頷いた。持つべきものはマオ友だな。
二人のおかげで結構余裕ができた。
全速力で《アルテミス》を走らせなくていいとわかって、すごく肩の荷が下りた。
明日、アイリス達と別れた後は、謁見のイメトレをやっておこう。
メルゼリア王国の陛下との謁見はそんな緊張しないけど、ウンディーネとの謁見はちょっと緊張するかも。
ウンディーネとの謁見を悶々と悩んでいると、マルスとレラが俺達の会話に興味を持って、会話に割り込んできた。
「えっと、一つ質問良いですか?」とレラが訊ねる。
「いいですよ」とアイリスが頷いた。
「そういえば、先程からたびたび登場する、アルちゃんって誰の話をしてるんですか? ロイドさんの隠し子ですか?」
隠し子じゃねーよ。
そう言えば二人にはまだ話してなかったな。彼らなら信用できるし話してもいいかもな。
俺は魔王の事を友達感覚で説明した。
当然ながらマルスとレラは驚愕していた。
「すごい人だとは思ってましたが、まさか魔王と知り合いだったなんて……」
「気のせいか知りませんが、先生って女の子とよく友達になりますよね」
多分それは本当に気のせいだと思う。
翌朝、ホテルで朝食を済ませた後にチェックアウトを済ませて、俺達は昨日話していた灯台を目指していた。
街から続いている遊歩道を抜けた先の高台にあり、そこから眺める景色は絶景で、街と港をいっぺんに眺めることができた。
マルスとレラはというと、立地的に断崖絶壁があったので、探偵に崖の端まで追い詰められてる怪盗ごっこをしていた。
「ついに追いつめたぞ! 怪盗レラ!」
「マルス探偵。この私をここまで追い詰めるとは中々やりますね。いつ私が怪盗だと気づきましたか?」
「他の人がお得なモーニングセットを頼んでいたのに、一人だけハムサンドを頼んでいたから怪しいと思っていたんだ」
いや、単にハムサンドが好きだっただけかもしれないだろ。
ハムサンド一つで怪しいと疑われたら何も食べられないじゃないか。
「ふっ、アナタは優秀な探偵さんですね。ですがアナタに私を捕まえられるでしょうか?」
「どういう意味だ?」
「聞いて驚くがいい。実は私のお腹の中には探偵さんの赤ちゃんがいるんです!」
「な、なんだってー!? そういう事をした記憶が一切ないのにいつの間に赤ちゃんが……」
「二週間前、街で手を繋いだじゃないですか。そのとき身ごもりました」
「そ、そんな……。しゃーない、お腹に赤ちゃんがいるなら見逃すしかないか。もう怪盗なんて悪いことはするなよ」
「はい」
なんだこのツッコミ所満載の三文芝居……。
そこは生まれてくる子供のためにも、罪はしっかりと償うべきだとか、そういう終わり方じゃないのか。
「設定的に、悪者から奪われて世界中の美術館に展示された、父親の遺品を取り戻す正義の怪盗娘ですからね」
「今のやり取りにそんな要素欠片もなかったじゃん」と俺はツッコミを入れる。
「いい話ですねー。探偵マルスが命がけで怪盗レラをゴブリンから守ろうとするシーンは特に感動しました」
存在してない話をさも存在したかのように語り始めるアイリス。
いったい彼女の目には一体何が見えてるのだろうか。
……とまあ冗談は置いておき、本当に綺麗な景色だ。
午前中の海ってこんな穏やかなんだな。
太陽の光に反射してサファイア色に煌めく水面は、まるで青い宝石のようであった。
街に戻る前にもう一度だけ灯台に視線を移す。
高さは30メートルほど。
結構高い。
これもドワーフの技術で造られてるのだろうか。
遠くで見た時は小さく見えたが、近づいてみると結構デカい。かなり年季が入った建物で、建物の塗装も何度か塗り替えられてるみたいだ。
「あれ? ロイド様……あれを見てください」
アイリスが灯台の頂上を指差す。
視線の先には『青色の紐みたいな何か』が手すりの上から飛び出していた。
青い何かは、ユラユラと風に揺られていた。
なんだろうあれ?
「ロイド様ロイド様、アレが何なのか確かめに行ってみましょうよ。私、気になります」
拳を握って、意気込むような感じで、アイリスが塔の中に入る事を提案する。
「え? でも勝手に灯台に入って大丈夫なのか? 怒られない?」
「ふっ、今の私は怪盗アイリスですから問題ありません」
「問題しかないよ。立派な不法侵入だよ」
全然理由になってないけど、俺も気になるし行ってみようかな。
もし怒られたら素直に謝ればいいしね。
俺とアイリスは灯台を目指す事にした。
ティルルさん、マルス、レラは地上で待ってるとの事だ。
俺達二人は灯台の内部に入った。
内部は真っ暗で何も見えなかった。
コッコロ坑道でもよく使用してる《生活魔法》の《シャイン》を発動する。
穏やかな光を発する、白い球体がフワフワと浮かんで、周囲の明かりを確保する。
俺が前に進むとその球体も一緒について来る。
石造りの螺旋階段があり、灯台の外周に沿うように続いている。
中央は吹き抜けとなっているため落ちないようにゆっくりと歩いていると、突然、ゴゴゴと怪しい音がした。
すると、頂上の方から巨大な丸い岩が階段を沿うように転がってきた。
「なななななんでこんな所で岩が転がってくるんですか!?」
「侵入者撃退用のトラップかもしれない」
建物内で魔法を使うわけにもいかないので、俺は肉体強化魔法のグロウを発動して、アイリスをお姫様抱っこして、転がってくる岩をピョイーンと飛び越えた。
岩を転がって安心したのもつかの間、今度は岩が3つ同時に転がってきた。
それぞれの岩の間には微妙に間隔があるので、ピョイーンピョイーンと飛び越えていく。
なんとなくアスレチックみたいな気分だ。
岩のトラップをすべて乗り越えて、俺達はついに灯台の屋上へと到着した。
「やりましたねロイド様!」
「ああ、そうだな。なんで岩が転がって来たのかは最後まで謎だったけど、細かい事は気にしない方がいいよな!」
「ええ、私もそう思います! そういうアトラクションなんですよきっと!」
旅行のテンションで疑問を消し去り、アトラクションをパーフェクトクリアした事をアイリスと共に喜びを分かち合った。
屋上へと続く扉を開いて外に出た。
そこには、アイリスと背丈が同じくらいの少女がいた。俺達が灯台の下で見かけたのは『少女のめちゃくちゃ長いアホ毛』だった。
水の集合体が人の形をしてるといえばいいのだろうか。
体全体がやや青みがかっており、人間ではないのはすぐにわかった。肌、髪、衣装、そのすべてが同じ物質でできている。
おそらく、この辺で暮らしてる水の小精霊かな?
精霊少女は、その場に座り込んでシクシクと声を発して泣いていた。
声をかけていいかどうか少し悩んだが、やっぱり気になったので俺の方から声をかけた。
「あの、失礼ですがお嬢さん。どうして泣いているんですか?」
「シクシクシクシク」
呼びかけに対して返事はなく、依然変わらず泣き続けている。俺とアイリスは顔を見合わせる。
精霊少女のすぐ側まで近づいて、今度はアイリスが話しかけた。
「もしよければ、事情を聞かせて下さいませんか。誰かに話せば少しは気分が落ち着くと思いますよ」
本人の性格が伝わってくるような、とても穏やかで優しい声色だった。
すると、今度はゆっくりではあるが、しっかりと精霊少女は返事をしてくれた。
「悔しくて仕方がないのです」
「なにが悔しいのですか?」
精霊少女は頷いて顔を上げた。前髪で片目が隠れている。
水で構成された少女の顔は表情が漠然としており、感情が読み取りづらかった。
ただ、悲しそうなのは声色から伝わってきた。
俺達は精霊少女の話を聞くために少女の隣に腰かけた。
「最近……人間の男性に告白してフラれてしまったんです」
予想以上に重い内容だった。
反応を間違えたら精霊少女をさらに傷つけてしまう。これは責任重大だ。
精霊少女がフラれた理由は何だろう。
人間って言ってたからやっぱり種族の壁かな?
ただ、人間と精霊が子孫が残す事は一応可能だった気がするので、「一回フラれたくらいで諦めちゃダメだ」って、背中を押してあげた方がいいのかな。
いや、精霊少女の事情をまったく知らないし、判断を出すのは早すぎるな。
最初にも言ったように、今は事情を聞く事に専念したほうがいいのかもしれない。
精霊少女は、現状の打開策を求めているのではなく、同意を求めてるだけの可能性もある。
精霊少女は淡々と一人で語り続けている。
「それは……残念でしたね。私でよければ、好きなだけ感情をぶつけてください。アナタの事をまだなにも知らないので、アドバイスは難しいですが、お話し相手になる事ならできると思いますので」
「ぐすんぐすん……あ、ありがとうございます。彼は悪びれずに言い訳したんです。『勝手に勘違いしたお前が悪いって、俺の心は最初からゲーテ一人だった』って……。私の恋心を弄んだあの男、今思い返しても許せない……!」
そこまで話すと、精霊少女はまたワンワンと泣き始めた。
すると精霊少女の涙は小さな岩となり、徐々に巨大化して転がっていき、俺達が通ってきた階段を転がり始めた。
あの岩、この子が作ってたのか……。
どうやらトラップを仕掛けていたわけではなかったみたいだ。
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