第53話:旅行の始まり
ミネルバの近隣にはテトラ島という離島が存在しており、夏の観光地として市民に親しまれている。これから俺達が向かうカレイド海岸もテトラ島の一部であり、夏になると多くの観光客が海水浴にやってくる。
一日一本しか定期便が出ないので日帰りでの観光は基本的にできない。
ビーチの側には旅館があるので、本日はテトラ島で一泊する予定だ。
明日の聖戦は夜頃になると事前に伝えてあるため、ミネルバに帰るのが多少遅れても充分なゆとりがある。もっと言えば、「無理に急がなくとも、明日の聖戦は休暇で構わないぞ」と魔王様からありがたきお言葉を頂いている。
流石元君主。立場は捕虜だけど器は大きいな。
「大変お待たせしました」
アイリスが駅舎へとやってきた。どうやら朝の礼拝が無事終わったみたいだ。
すでに合流しているマルスとレラにも挨拶をして、俺達はテトラ島行きの辻馬車に乗った。
馬車での移動は2時間、客船での移動は1時間程度となると御者が教えてくれた。
馬車内部の椅子の配置は、俺とアイリスとティルルさんが並んで座り、向かい座にはマルスとレラが座っている。
今回の海水浴のメンバーは俺、アイリス、マルス、レラ、ティルルさんの五人。ティルルさんはアイリスの保護者役として同行することになった。
「海水浴に行くのは久しぶりだな。10歳の時に行ったのが最後かもしれない」
「私は森育ちなので、そもそも海水浴に行った経験がありませんね」
マルスは久しぶりで、レラに至っては海水浴自体初めてのようだ。二人ともいつにも増して楽しそうだ。
俺は仕事の延長線で何度か海に行っているが、海水浴自体は超久しぶりだ。仕事で行くのと遊びで行くのとでは感じ方が全然違う。
景色がどんより濁っているのが仕事で、景色が星のように煌めいているのが遊びだ。
さて、今日は仕事の事など全部忘れて思いっきり楽しむぞー。
「アイリスは今日に備えてなにか持ってきた?」
「色々と持ってきましたよ。サンオイルやビーチパラソル、泳ぐのはあまり得意ではないので浮き輪も持ってきました」
泳ぐというキーワードを聞いてアイリスの水着姿が脳裏をよぎった。
どんな水着を買って来たんだろう。俺はアイリスの水着が今から楽しみで仕方がなく、自然と口角が上がる。
「あー、ロイドさんが何かいやらしい事考えてるー。きっとアイリスさんの水着姿を想像してるんだ」
「ば、ばかっ。本人の前でそんなこと言われると恥ずかしくなるだろ!」
「ふふふ、ロイド様は私の水着が楽しみなんですね」
俺とレラのやり取りを見てアイリスも微笑んでいる。
「アイリスまで! もうみんな意地悪だなー」
「「あははははは」」
馬車の中で楽しい笑い声が響いた。
馬車が出発して20分ほどが経過する。
「ずっと座ってるだけなのも退屈だからゲームやろうぜ!」
話す事が特になくなってお互いに手持ち無沙汰になるとマルスがリュックから《ブレイブカード》を取り出した。
ブレイブカードとは、世界的に親しまれているカードの事で、53枚の絵札で構成されている。
勇者1枚。
白魔導士4枚、黒魔導士4枚、赤魔導士4枚、精霊術士4枚、騎士4枚、剣士4枚、僧侶4枚、武闘家4枚、盗賊4枚、踊り子4枚、砲術士4枚、弓術士4枚、召喚士4枚。
勇者以外はすべて4枚ずつあり、火属性・水属性・風属性・地属性と属性が分かれている。
例えば、賢者(火属性)、賢者(水属性)、賢者(風属性)、賢者(地属性)という具合だ。
ブレイブカードの大きな特徴は、明確なルールが存在しない点にある。
プレイヤー側が独自にルールを考えて、様々な遊びをするという形が一般的である。
これは、ブレイブカードの成り立ちが大きく関係しており、本来は祈祷や占いに使われた儀式的側面の強い祭具であったが、時代の流れと共にゲーム的な要素が人々によって追加されたからだ。
マルスの提案に一同賛成して俺達はブレイブカードを始めた。
今回俺達がやる内容は《勇者追放》という、ブレイブカードの中でも一番親しまれている人気ゲームだ。
ルールは超シンプルで、手札の中で属性の種類に関わらず、同じタイプの絵札が二枚揃えば墓地に捨てることができる。
輪になって、隣のプレイヤーの手札から1枚ずつカードを抜いていって、同じタイプの絵札が揃うたびに墓地に捨てていく。
勇者は1枚しかいないので墓地に捨てることができず、最終的に勇者を持っていたら負けというシンプルな内容だ。
みんな自分の手札から勇者を追放したいと思っているから《勇者追放》と言われているそうだ。
俺→アイリス→ティルルさん→レラ→マルス→俺の順番で回っていく。
「やったー! 勇者さんが追放されましたー! もう二度とパーティに帰って来ないでくださいね」
レラはにこやかな笑みで勇者にそう言った。
「ちっ……勇者を引いてしまったか。早くパーティから追放しないとな」
勇者を引いてしまったマルスは残念そうな表情を浮かべる。
勇者が手札に加わった時の反応がそれぞれ面白い。
さて、俺はアイリスの手札からカードを取る事になるが、アイリスは表情がとてもわかりやすく、勇者を持っているかどうか一目瞭然だった。勇者を引こうとすると笑顔になり、それ以外を引こうとすると真顔に戻る。
かわいいので、ずっと眺めていられそうな気がする。
結局、一番最初に抜けたのはティルルさんで、ビリはアイリスだった。
アイリスは少し残念そうにしていたが、とても楽しめたようで満足げだ。
「ティルルさん強いですね!」とマルスが称賛する。
「勇者追放で、義妹達とよく遊んでいたので、ちょっと得意なんです」
ティルルさんは少しだけ誇らしげにそう答えた。
ティルルさんが暮らしていた孤児院では、休日には勇者追放の大会があって、優勝すると『おやつのプリン』を食べる事ができたそうだ。
個人的に今回一番かわいい理由だと思いました。
今度ケーキ屋に行ったときはプリンも買ってこようかな。
ブレイブカードで遊んだあとは、レースで編み物をしたり、皆で歌を歌ったりして楽しく過ごした。
◆ ◆ ◆
予定通り2時間ほどで港町に到着した。
潮の香りが漂ってくる町で、遠くの方からはウミネコの鳴き声が聞こえてきた。
「ここは猫さんの鳴き声が多いんですね。ニャーニャーと猫さんの鳴き声がいっぱい聞こえてきます」
「お嬢様、これは猫ではなくてウミネコという鳥の鳴き声です」
「へえ! そんな鳥さんがいるんですね。初めて知りました」
アイリスはウミネコの存在に感動する。ちょうど飛んでいるウミネコの姿が見えたので、俺はそれを指差した。
「アイリス、あれがウミネコだ」
「へえ、お腹が膨らんでいてかわいいですね」
「お嬢様、美味しそうだからって食べてはいけませんよ」
「いや、食べませんよ。突然なにを言っているんですかティルル。……って、めちゃくちゃ意外そうな顔をするのやめい! 私に食いしん坊キャラのイメージが定着しちゃうじゃないですか」
もうすでに定着してると思うんですけどね。
従者と主の漫才に心を癒されながら俺はマルスに話しかけた。
「それじゃあ、あそこの港で船のチケットを買ってくるから、もし何かあったらすぐに知らせてくれ」
船のチケットが売られている露店を指差す。露店には長蛇の列が並んでいた。
「了解っス!」
さっそく列に並んで自分の順番になるのを待つ。自分の番になったので五人分のチケットを注文する。
海水浴シーズンで、しかも長蛇の列だったので、チケットが余ってるかちょっと不安だったけど、特に問題なく購入できた。
チケット購入後、四人と合流してそのまま客船に乗った。
汽笛が鳴った。
船は港に背を向けて、ゆっくりと海上を走り始めた。
アイリスは、甲板から遠くなっていく町並みを眺めている。海風に揺れる彼女の銀髪は、まるで光のダイヤモンドのようにキラキラと輝いていた。
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