第51話:アイリスの予定表
ついに海水浴シーズンの到来だ。
一か月前、俺はアイリスとカレイド海岸に行く約束をしていた。アイリスの水着を拝める絶好の機会なのでこの計画は絶対にミスが許されない。三日後に迫った海水浴のために俺は今日から一週間分の予定をわざと空けてる。
もしアイリスが三日後予定が入ってたとしても四日目、五日目とすかさず予定を切り替えることができる。
俺はこの予定の入れ方を三段撃ちと勝手に呼んでる。
どんだけ海に行きたいんだコイツと相手に思われてしまう欠点はあるけれど、よほどの事がなければアイリスと海水浴に行くことができるだろう。
俺は本能型の魔導士ではなく知略型の魔導士と言えるだろう。
さて、アイリスを海水浴に誘いに行こう。
さっそく俺はイゾルテさんの屋敷へと足を運んだ。
入口で出迎えてくれたのは、いつもの執事ではなくセフィリアさんだった。
メルゼリア式の作法に則って、スカートの裾を摘まんで上品にお辞儀をする。
その挨拶は優雅で洗練されており、今の動きだけでも彼女の勤勉さがとても伝わってきた。
勤勉で思い出したが、セフィリアさんは学問にも精通している文武両道である事が最近判明した。
たとえば、以前セフィリアさんが話していた《ゴブリンドラゴン理論》もローランドの故事を引用した言葉だったりする。
具体的にどのような背景があるのかというかと、
時は150年前。
王朝の権力を掌握していた悪い宰相が、臣下達に対して、自身に忠誠を誓っているどうかを見極めるために、一匹のゴブリンを連れてきて「これはドラゴンだよな?」と聞いて回った。
その時、臣下達が全員「ドラゴンです」と答えた事がゴブリンドラゴン理論の始まりらしい。
物事の無理を力で押し通す。
これがゴブリンドラゴン理論の本来の意味である。
ただし、セフィリアさんが言っていたように「どちらを倒すかでその人の適性がわかる」という意味もキチンと存在する。これは時代の流れと共に言葉の意味が変わっていったからだ。
※参考文献 紀伝書簡房刊 『ローランド本史記』
閑話休題。
話をアイリスに戻そう。
「おはようございます、ご友人様。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「アイリスと面会したいんですが、取り次ぎをお願いできますか?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
セフィリアは一旦屋敷へと小走りで戻っていき、5分ほどで帰ってきた。
「お嬢様の許可が降りました。それではご友人様、いまから私のあとについて来て下さい」
「わかりました、ありがとうございます」
屋敷の2階へと上がり、案内されたのはアイリスの自室。
数回ノックして部屋に入ると、アイリスはそこでちょうどティータイムを取っていた。
格式の高そうなテーブルに、貴族がよく使ってる印象のある三段式のお洒落なケーキスタンド。
白い食器には美味しそうなショコラケーキ。
傷一つない綺麗な手には薔薇のレリーフが刻まれたマグカップが握られていた。
アイリスの側には従者のティルルさんが静かに立っていた。
絵画の一部を切り抜いて現実に映し出したような美しさがそこにあった。
「やあアイリス。いま暇かい?」
「暇ダスよ」
まあ現実はこんなもんだ。
アイリスの一言で神聖な絵画空間が音を立てて崩れていくのを感じた。
アイリスの口癖なのかわからないが、彼女はごくまれにダス口調になる。
ちなみにこの語尾は、ご機嫌な時に使う印象があるので、今はアイリスを誘うのにちょうど適したタイミングだろう。
セフィリアさんから席へと案内された。
そして座る前に、まずは俺の方からアイリスに差し入れを渡す。
今渡したのは有名スイーツ店で買ってきたドーナツの詰め合わせの箱。
アイリスはケーキを食べてたので、甘さと甘さでネタが被ってしまったが、大した問題ではないだろう。
アイリスも中身がドーナツだとわかってとても喜んでいた。
俺はアイリスと席を囲んで、ティルルさんから出された紅茶を一口飲んだ。
爽やかな柑橘系の香りが漂ってくる美味しい紅茶だ。
テーブルの上に新聞が折りたたまれて置かれており、左端の方に気になる見出しが載っていた。
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「消えなさい」
陛下の放った『ある一言』に一同騒然。
アルケミア卿の意外な裏の顔に、寛大な陛下も涙が止まらない……。
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チラッと一瞥しただけなので、肝心の中身までは詳しく見てないが、アルケミア卿ってルビーのことだよな?
まあよくある適当な内容を大々的に並べたゴシップ記事だろう。
大事なのは中身よりもインパクトだからな。
それにしても、ルビーは元々有名人だけど陛下と並んで特集されるなんてすごいなぁ……。
いずれにせよ、ルビーとの関係はもうすでに終わった事だ。
記事の内容にはあえて触れず、普段新聞で何を読んでるかをアイリスに尋ねた。
「私は経済と国際情勢と有名な冒険者の活躍記事を毎朝追ってます」
アイリスはドヤ顔でそう答えた。目元にキランと星が出てきそうなしたり顔だ。
「その中でも特に、四コマ漫画の《メルちゃん》をご熱心に読んでおられます」
「あっ、ちょっとティルル……!?」
アイリスが慌てて止めようとしたが、すでに遅し。
メルちゃんとは新聞の端っこに載ってる四コマ漫画の事だ。
メルちゃんが飯を食ったり学校に通ったりする日常コメディで、完全に偏見だけど、これが目当ての人は基本的に新聞の中身を読んでない印象がある。
ティルルさんの言葉にバツの悪そうな表情を浮かべているところ、たんに見栄を張っただけで実際は全然読んでないのだろう。
尤も、俺も気まぐれにしか読まないから人のことはとやかく言えない。
「ところで本日はどのような用件でいらっしゃったんですか?」
「以前言っていた海水浴の件で来た。今度の祝日、みんなで海水浴にでも行かないか?」
伝家の宝刀「以前言っていたけど」と前置きをして、俺の方からアイリスを誘った。
「今度の祝日と言いますと三日後の事ですか?」
「うん、アイリスはその日空いてるかい?」
「午前中に二時間ほど教会に行きますが、そのあとは大丈夫ですよ。ロイド様の誘いならオールオッケーです」
そういえばアイリスは僧侶職だったな。これはうっかりしてた。
宗教上の理由で礼拝は必須なんだろう。
なんにせよ、無事本人からオッケーがもらえて安心した。
俺はアイリスに見えない角度で小さくガッツポーズを取った。
さっそく当日の予定を一緒に考えようと提案しかけたその時、ティルルさんが先に口を開いた。
「お嬢様、一つ問題があります。その日は魔王様との聖戦の日でございますよ」
手帳を開いて、秘書のような口調でティルルさんがそう伝える。
「あれ? その日ってイゾルテさんじゃありませんでしたか?」と俺は訊ねた。
「イゾルテ様に急な用事が入って、今朝急に変わったんですよ」
ティルルさんはそのように説明した。
「申し訳ありませんがティルル。アナタも私の従者なら報告・連絡・相談のホウレンソウはキチンと守って下さりませんか?」
「お嬢様には朝食の時に話しましたよ。尤も、お嬢様は《メルちゃん》を読んでてまったく聞いてませんでしたが……」
「ホウレンソウも聞いてる相手がアイリスだとまったく意味がないな」
「ロイド様までひどい。聞いてなかった私が一番悪いのですが……」
アイリスも反省してるようだ。
聖戦の日と被っているとわかると、アイリスは少し困ったような表情を浮かべた。
アイリスがこちらをチラリと見たので、「一週間前後は俺も大丈夫」と伝えた。
笑顔の花が咲いて、アイリスは意気揚々と別日をティルルに提案する。
「その翌日はいかがでしょうか?」
「その日はロイド様が聖戦の日です」
「さらに翌日は?」
「その日は披露宴での出席がありますので、そちらを優先した方が宜しいかと思います」
「むぅ、さらに翌日は?」
「その日から一週間は収穫祭の準備期間です。お嬢様は『巫女役』として祭りに参加するので、ミーティングやら練習やら覚える事がたくさんあります。おそらく、海水浴に行く暇はないと思われます」
「うへぇ……。そ、そうです! 収穫祭の依頼をドタキャンするというのはいかがでしょうか?」
人差し指を立てて、名案と言わんばかりに満面の笑みでドタキャンの提案した。
「ぶん殴るわよ?」
ティルルさんは、一瞬素の口調が出てしまった。
実はティルルさん、俺と話すときは常に敬語だけど、ほかの方と話すときはわりと砕けた喋り方だったりする。
特にセフィリアさんと話してる時が一番わかりやすいだろう。
ティルルさんが流暢に『わよ口調』で喋っているのを見た当時は、俺もかなり驚愕したものだ。
「じょ、冗談ですよ。不思議ですねー。どうしてそんなに予定が詰まっているのでしょうか?」
ちょっと前に「100年間は働かない」と宣言したほど働く意欲がない聖女様。
しかし、今では予定が詰まり過ぎて本人も困惑している。
「こればかりはお嬢様が原因としか言いようがありません。町の皆さんからの頼みを二つ返事で引き受けるのが悪いんですよ。見てくださいよこのスケジュール」
ティルルさんはスケジュールをアイリスに確認させる。
アイリスも自分の予定表を見て愕然となっている。
「な、なんですか、この狂ってるスケジュール。もしかしてこれ全部やらなければならないんですか!?」
アイリスの予定表を見せてもらったところ、明日から海水浴シーズンが終わるまで毎日予定が詰まっていた。
期間にして一か月くらい。
どうやらアイリスは断る事ができないタイプの人間らしい。
「うう……なんだか眩暈がしてきました。ローランドでのスケジュールを見てる気分です」
頭を抱えるアイリス。それを眺めていたセフィリアさんが助け舟を出した。
「それでしたらお嬢様。その日は私が代わりに聖戦を引き受けましょうか?」
「本当ですかセフィリア! アナタは偉大な従者です!」
アイリスは満面の笑みで両手を上げてとても喜んでいる。
「ダメよセフィリア。甘やかしてばかりじゃ、お嬢様のためにならないわ。ロクな大人に育たないもの」
ティルルさんははっきりとそう言った。
完全にお母さんみたいな発言をしている。
「ですがメイド長、ご友人様とのせっかくの海水浴でございますよ。これに参加できないのはお嬢様が可哀想です」
「そうですよ、ティルル。アナタには人の善意を快く受け入れる器がないのですか?」
自業自得なのにめちゃくちゃ偉そうだ。
普段は物分かりがいい聖女様もティルルさんには駄々っ子全開だ。
「主人を正しい道に導くように諫言をするのは従者の務めでございます、親愛なるアイリス様」
「ぐぬぬ」
と餌を口に詰め込んだリスのようにアイリスは両頬をぷくーと膨らませる。
「それにセフィリア。アナタも今予定が詰まっててロクに休暇を取ってないじゃないの」
ティルルさんはセフィリアさんに視線を戻す。
セフィリアさんはアイリスのメイドが本業であるが、他にも聖戦作業やイゾルテさんからの依頼も兼任している。
最近では、騎士団に足を運んで兵士達に剣術の訓練をしてるセフィリアさんの姿をよく見かけている。
言われてみれば、セフィリアさんも結構忙しいのかもしれない。
「私の場合、全部趣味のようなものですから休暇みたいなものですよ」
働くことが趣味の人ってたまにいるよね。セフィリアさんはそのタイプなのかな。
まあ、俺もどちらかと言えばそのタイプかもしれないね。
クエストをしてる時間が一番充実感がある。ただし、〆切に追われるクエストは除く。
「働くことが趣味って……アナタ変わってるわね。
でも、過労は体調不良の原因よ。それにアナタ、現在の聖戦の予定表がこうなっているのちゃんと理解してるの?」
ティルルさんはページをめくり、今度は聖戦の日程表を俺たちに見せた。
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今日 ロイド
一日目 セフィリア
二日目 セフィリア
三日目 アイリス&ティルル
四日目 ロイド
五日目 セフィリア
六日目 セフィリア
七日目 セフィリア
八日目 ロイド
九日目 イゾルテ
十日目 セフィリア
十一日目 セフィリア
十二日目 セフィリア ※この日、イゾルテ様がご友人様にクエストの打診予定。
十三日目 セフィリア
十四日目 セフィリア
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「ひえっ」
思わず声が出てしまった。
セフィリアさんの稼働率が高すぎる件。
おそらく、多忙なアイリスとイゾルテさんのしわ寄せが、全部セフィリアさんに集中しているのだろう。
俺は基本的に四日に一回ペースなので全然気にしてなかったが、いまのスケジュールってこんな感じになってたのか。
十二日目に至っては事後承諾に近い形で勝手に聖戦の日程が組まれていた。
それはそうと、イゾルテさんが俺に打診したいクエストっていったいなんのクエストだろう……。
「あ、あの、なんかすいません……。いくつか俺が代わりに入りましょうか?」
セフィリアさんに頭を下げながらそう提案する。
聖戦のローテーションがこんなに破綻してるとは夢にも思わなかった。
破綻するまでに二か月も持たなかった。
やはり四人で回していくのは無理が大きかったようだ。
これからは、もっとたくさんの有志を募らねばならないな。
「とてもありがたいご相談ですが、これは全部自分の意思で引き受けた事ですので、すべて私の手でやるのが物事の道理でしょう」
セフィリアさんってやっぱり大人だね。
一度引き受けた仕事はキチンと責任を持って果たそうとしている。
笑顔でドタキャンしようとした誰かさんとは大違いだ。
ただ、この日程表を見たらティルルさんが心配する気持ちもわかる気がする。
ティルルさんは、これ以上セフィリアさんの負担を増やしたくないのだろう。
主君に媚びるのではなく、部下のセフィリアさんの事もしっかりと心配しているのは、なんかグッとくる。
とても感動的だ。
まあ、それはそれとして、アイリスと海水浴に行きたいのはマジだ。
なんとかしてスケジュールを調整してアイリスを誘わねばならない。
「それなら聖戦の順番を俺と一つ入れ替えませんか?」
俺からの提案は三日目のアイリス&ティルルをセフィリアさんが担当して、五日目の依頼を俺がやるという内容だ。
アイリス達の依頼を俺がやる形になるが、セフィリアさんの回数は変わらないから、セフィリアさんの主張にはあまり反していない。
セフィリアさんはやや考え込んだが、「時には臨機応変さも大事ですね」と言って承諾してくれた。
「お二人とも私のためにありがとうございます」
アイリスは俺達にお礼を述べた。
アイリスとの約束も取り次いだので目的は達成できたようだ。
その後、正午になるまでアイリスとのお茶会を楽しんだ。
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