間章8:天才錬金術師の綻び
私は一か月前、窮地に陥っていた。
大ぼら吹きのクロウリーに騙されて、クロウリーと危うく契約しそうになったのだ。
私の機転によってなんとか契約を拒否する事は出来たが、私の苦難はそれだけには留まらず、その責任を陛下に激しく追及された。
その結果、アトリエを飛び出すという強硬手段に訴え出たのだ。
錬金釜を破壊し、窓ガラスをすべて割り、タンスや戸棚をぶちまけた。
この偽装工作が功を奏したのか、私は世間の同情を誘う事ができた。
今の私は、『謎の襲撃者によってアトリエを破壊しつくされ、大きなショックを受けて王都を去ってしまった』と人々に認知されている。
三週間前に読んだ新聞にもそのように記されていた。
今日までに、女王陛下の使者がたびたび私の所にやってきたが、すべて追い払う事に成功している。
襲撃者の一件を持ち出せば、彼らは私に強く言えなくなるのだ。
悲劇の大錬金術師ルビー。
我ながら完璧なシナリオだと思う。
最近では陛下からの手紙も、使者がやってくる頻度も、徐々に減ってきており、いい感じで私の失態を有耶無耶にできている。
よし、今のうちに優秀な専属魔導士を探そう。
前回の失敗を反省して、今度はあまり高望みはせず、ロイドよりちょっと優秀なくらいでいいか。
またクロウリーみたいな大ハズレを引いたら困るしね。
人間謙虚さが大事だよ。
◆ ◆ ◆
気がつけば、王都を飛び出して二か月が経過しようとしていた。
あれから一か月間、新しい専属魔導士を探すためにメルゼリア島の各地を奔走したが、すべて断られてしまった。
「こんな難しい素材集められません」
皆が口を揃えてこう言った。
彼らが私に要求する素材は支配領域や危険領域といった程度の低いものばかり。
私は彼らの無能さにはたはた呆れた。
同時に、ロイドの評価を少しだけ改善しなければならないと実感した。
役立たずの無能魔導士から『まあそこそこ使える魔導士』へと認識を改めてやることにした。
たしかに彼は納期によく遅れるが、私が要求した素材は必ず採取してくる。
優秀ではないが最低限度の働きができる魔導士だった。
未開領域の素材を一つも採取できない他の魔導士達よりは100倍マシだろう。
ここまで連続で契約を断られると、悔しいが少しは奴を認めざる得ない。
ロイドより優秀な魔導士と契約するまで、一時的にではあるがロイドと再契約する。
あまり気は進まないが、最悪この選択肢も考えなければならないだろう。
なんにせよ、まずはロイドの居場所を探す必要がある。
故郷にも帰っていなかったし、いったいどこに行方をくらましたんだろう?
唯一の手がかりは、港町メルポートでロイドの姿を見かけたという話。
銀髪の美少女と一緒に市街地を歩いていたそうだ。
美少女という部分がやや引っかかるが、ロイドがここにいたという事は、ロイドは船を使った可能性が非常に高い。
だとしたら少し厄介だ。
私が現在暮らしている《メルゼリア王国》は、《メルゼリア島》と《西方大陸》の二種類の領土から成り立っている。
私とロイドの故郷や王都、そして現在拠点としているメルポートがあるのは、メルゼリア島側。
そして、ロイドが向かった先は西方大陸側。
西方大陸に行くには、二日という短い期間だが、『船』を使用しなければならない。
生憎、西方大陸行きの船は現在すべて欠航となっている。
海は大いに荒れて、豪雨と大竜巻が入り混じった地獄のような惨状。
それも、一日や二日ではなく二か月間ずっと続いている。
もちろんただの自然現象などではない。
これは、水の大精霊が引き起こしている厄災だ。
人々はこれを『ウンディーネ』の怒りと呼んで恐れている。
午前中に宿屋を出発した私は、すぐに冒険者ギルドへと足を運んだ。
冒険者ギルドに足を運ぶのは、最近の私の日課となっていた。
私が冒険者ギルドを訪れる理由は、もちろんウンディーネ関連。
ウンディーネの討伐依頼をギルドに依頼していたのだ。
私は女性職員にウンディーネの討伐がどれだけ進んでいるか訊ねた。
女性職員はオドオドしながら何度も頭を下げる。
「申し訳ありません。アルケミア卿の討伐依頼を引き受けた冒険者は、まだ一人もおりません」
その言葉に私はイラッとした。
「その台詞はもう聞き飽きました。依頼してからもう一か月も経っているんですよ。冒険者ギルドならなんとかしてください」
「そう言われましても困ります。
何度も言っているではありませんか。ウンディーネを倒せる冒険者なんて、この町はおろか国中探しても絶対に見つかりませんよ」
女性職員は泣きそうな顔でそう答えた。
「言い訳禁止。冒険者ギルドは魔物を倒すための組織ですよね? 決死隊でも作って早く討伐してくださいよ」
私はもう我慢の限界だった。
金貨1000枚という破格の値段を提示しても一切首を振らない無能共。
そもそも、一か月も依頼人を待たせる時点で彼らは冒険者失格だろう。
「そんな無茶苦茶な……。王国軍も無理だと判断してるのに私たちがどうこうできるわけないじゃないですか」
「無理という言葉は嘘つきの言葉なんですよ」
「無理なものは絶対無理なんです! それに、ウンディーネ様の領域は未開領域と言われてるんですよ!」
まーたエリアゼロ。
エリアゼロだから無理というクソみたいな言い訳はもう聞き飽きた。
文句ばかりでまったく行動しようとしない。
人として恥を知れ。
「お前の方こそ、文句ばかり言ってないで、ウンディーネの怒りを鎮める薬の一つや二つ、さっさと作ってくれないか? 天才錬金術師だよな?」
すると、一人の冒険者が突然そんな事を言った。
他の冒険者も呼応するように「そうだそうだ!」と不満を吐き捨てた。
「ふざけないで下さい。どうして依頼人である私がそんなことしなきゃいけないんですか。魔物を倒すのはアナタ達の役目のはずですよ」
私は一瞬唖然となったが、すぐにそう返答した。
だが、彼らの怒りは収まるどころかますますヒートアップしていく。
「ふざけてるのはお前の方だ。毎日のように非常識な事言って受付嬢ちゃんを困らせやがって!」
「この一か月間、言い訳ばかりして錬金術師らしいこと何もしてくれなかったくせに!」
「簡単なポーションすら、超貴重素材を使わないと作れないくせにエラそうなこと言うな!」
「このエリアゼロ要求おばけめ!」
いつの間にか、ウンディーネではなく私の悪口になっていた。
「錬金術の『れ』の文字すら知らない素人の分際で私に説教する気ですか?」
「それはこっちも同じだ。お前の方こそ冒険者の事を何も知らないじゃないか。
少しでも俺たちの気持ちがわかるなら、ウンディーネを説得して来いなんて、めちゃくちゃな事言えないはずだ!」
その言葉に、周りの冒険者たちは一斉に頷いた。
「可哀想な人達ですね。錬金術師と冒険者を同列に考えるなんてほんと呆れます」
冒険者は底辺だ。ゴロツキばかりで学がなくても誰でもなれる底辺の職業。
錬金術師という偉大な職業と比較するなんて本当に愚かしい。
「なんだと!」
一人の冒険者が私に掴みかかろうとするが、別の冒険者が止める。
「もういいじゃないかジェームズ。こんな奴、もう放っておこうぜ」
「関わるだけ時間の無駄だ」
「それもそうだな。おい、お前。そんなんだからロイドに愛想つかされるんだぞ」
「一生誰も採取できない素材を要求してろ、バーカ!」
彼らは口々に文句を言って、憤然とした足取りでその場を去って行った。
自分達が役立たずなのを棚に上げて言いたい放題。
それに、私がロイドに愛想つかされただって?
ふざけるな。私がロイドを捨てたのであって、私がロイドに捨てられたわけじゃない。
彼らの頭が悪いのは理解していたが、ここまで道理を理解できない能無しだとは思わなかった。
私は小さく舌打ちして、怒りで震える拳を握りしめ、私は冒険者ギルドをあとにした。
その後、私は市街地へと繰り出した。
現在、私は喫茶店で優雅に昼食をとっている。
今日の昼食はオシャレなランチセット。
サンドイッチにスクランブルエッグにアールグレイの紅茶。
さらに、オシャレな若者は新聞も欠かさない。私は新聞を開いて面白そうな記事を探す。
「最近イライラする事ばかりだったし、なんか面白そうな記事はないかな」
そう考えていると、奇妙な見出しが目に止まった。
『衝撃!! 天才錬金術師アルケミア卿の真実!』
なんだろうこれ。
新聞にはデカデカと書かれており、私は首を傾げた。
アルケミア卿って、もしかしなくても私の事だよね?
もっと詳しく文面を読んでみると、私の頭にカッと血が上った。
「なにこれ! 全部デタラメばっかり!」
私は大声でそう叫んで新聞を地面に叩きつけた。
周りの客が私を凝視するが、私は気にすることなく新聞を踏みつけまくった。
それでも怒りは静まらない。
できることならアトリエの時みたいにまた暴れたいくらいだ。
新聞にはどのような事が書かれていたのかというと……。
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証言1 魔導士クロ○リーさん
「アルケミア卿ですか。
あの方は信用しちゃダメですよ。
彼女の専属魔導士として契約を結んだのですが、それはもう酷いのなんのって。
フルールド・エインセルってご存知ですか?
あれを明日までに採取してこいと言われたんですよ。
驚きすぎて腰が抜けそうでした。
前任の方への悪口もすごく多かったので、人として大丈夫なのかなこの人って思っちゃいました」
証言2 騎士イゾ○テ・フォン・ミネルフォートさん
「私は直接彼女と話したわけではないが、ロイドと初めて出会った時、彼は心に相当深い傷を負っていた。
……無能魔導士? ああ、その噂は全部嘘っぱちだぞ。
前の職場で不当な扱いを受けていたのだろう。
納期は確実に守るし、凶悪なモンスターも次々と討伐してくれる。
彼は私がこれまで見た魔導士の中で最も優れている魔導士だよ。
彼がウチに来てくれて良かったよ」
証言3 凛桜国の剣士黒鴉さん(※本人の要望で本名を公表しております)
「いえーい! 盟主様、見てるでごじゃるかー?
え? 真面目に証言して欲しい?
こほん、失礼。
彼女のアトリエに足を運んだのですが、突然「ロイドは無能だ!」と叫びだして自身の商売道具である錬金釜を破壊したんです。
え? 錬金釜を破壊したのは私ではないのかって?
いえいえ違いますよ。錬金釜を破壊したのは彼女本人です。
あの光景を見た時は私もビビりましたよ。
こいつはヤバイ。
関わってはいけない奴だと思ってしまいました。
私も暗○者……あっ、これ言っちゃいけないんでしたね。
私も人に言えない仕事をしてるんですが、そんな私でも彼女の様子には寒気を覚えました。
こんな女と生活してたロイドはすごいですね。
私なら半日でアトリエから逃げますよ」
====================
新聞には私の悪口ばかりが書かれていた。
どれも信憑性の欠片もないゴシップ記事。私は聖人で心が優しく、専属魔導士にパワハラをした事など一度もないのに!
怒りを鎮めるために、さらに一口紅茶を飲もうとしたそのタイミング。
突然、四人の騎士達が喫茶店に入ってきた。騎士達は脇目も振らずに私の方へとやってきて、私のテーブルを囲む。
「え? え?」
私は何が起きてるのかわからず、マヌケな声を発した。
「アナタがアルケミア卿ですね」
「あ、アナタ達はいったい誰ですか?」
私は震える声で尋ねた。
「我々は女王陛下の使いです。もうすでにご存じだと思いますが、アトリエの件で女王陛下がアナタをお探しですから今から王都までご同行してください」
「これはお願いではなく命令となります。どうかご理解ください」
騎士達の言葉に私は全身に寒気が走った。
どうして今になって突然……?
私は足跡がついている新聞を睨む。
もしかしてこの新聞が原因?
いや、この際、理由なんてどうでもいい。
問題はこのタイミングで騎士がやって来た事だ。
いまテーブルを囲む騎士達は、これまでやってきた陛下の使者とは少し雰囲気が違っていた。
なんというか、全員が私に対して嫌悪感を持っているかのような感じ。
例えるなら、午前中の冒険者達。
まさかこうやって騎士を直接私の所に差し向けてくるとは……。
私の慧眼をもってしても、この展開は読めなかった。
私はいま専属魔導士が見つかっていない。
依頼の件だって今は有耶無耶になってはいるが実際のところは放り投げたままだ。
私の悪口がたくさん書かれた新聞が王国中に出回ってるのも時期的に最悪だ。
いま戻れば陛下は確実に追及してくるだろう。
そうなれば全部振り出しに戻ってしまう。
「あ、あの、王都に行く前にトイレに行ってもいいですか? 紅茶を飲んだからすごくトイレがしたいんです」
「ええ、別に構いませんよ。ですがその間、リュックサックを預からせてもらってもいいですか?」
騎士の言葉に私は驚愕する。
「もしかして私が逃走すると思っているんですか?」
「そういうわけではありませんが一応念のためです。女王陛下からも、錬金アイテムの入ってるリュックサックは押収するようにと指示が出てますので」
「くっ……! この中には私の全財産が入っているの! 見ず知らずの他人には渡せないわ!」
私は、はっきりとそう述べた。
騎士はしばらく困った顔を浮かべたが、最終的に私の要求を呑んで、渋々といった様子でリュックサックを持ったままトイレに入る事を認めた。
くくく、馬鹿な奴らめ。
足繁く通う喫茶店なので私は知っていた。
この喫茶店のトイレは個室で、さらに奥には窓があり、そこから外に出ることができるのだ。
私はリュックサックを背負ったまま女子トイレへと入ろうとする。
その時、騎士の一人とすれ違う時に騎士はボソリと囁いた。
「……逃げるなよ」
その言葉を聞いて背筋が凍りつきそうになった。
やっぱりこいつら……私を捕まえるつもりなんだ。
私は個室に籠ると、すぐさまトイレの窓をくぐって外に逃げ出そうとした。
しかし、ここで思わぬトラブルが発生した。
「ぐっ! この窓が小さすぎてリュックサックが入らない!」
現在、私のリュックサックには私の財産の金貨10000枚とロイドから回収した金貨2000枚が入っている。
私のリュックサックは餌を口の中に詰め込んだリスのようにパンパンに膨れ上がっていたのだ。
ロイドのアイテムボックスがあれば……と一瞬脳裏をよぎったが私は首を振った。
あんな役立たずの手を借りずともこんな状況自分でなんとかしてみせる。
大体、私のリュックサックにアイテムボックスの機能がないのはロイドのアイテムボックスが便利すぎるのが原因なんだ。
荷物を持つのはすべてロイドがやればいい。
そのように考える要因を作ったロイドが悪い。
同時に通るのは無理だと判断して、まずはその身一つで先に窓を通る。
その後、外からリュックサックを引っ張る作戦をとった。
だが、それでもリュックサックは窓に引っかかり、なかなか窓を通らない。
私は苛立ち、早くしないと騎士達に気づかれると焦りながら懸命にリュックサックを引っ張る。
「うぐぐぐ! 通れえええええええ!」
だが、全体重をかけて無理やり引っ張ったことで……。
ブチブチブチ!!
リュックサックの破ける音が聞こえた。
さらに同時にチャリンチャリンチャリンチャリン!
金貨が散乱する音が周囲に響く。
「あああああああああああああああああああああああああああ!? 私の金貨がああああああああああああああああ!?」
私はこれ以上はないと言わんばかりの絶叫をした。
するりと窓を抜けたリュックサックが私の元に戻ってくる。
だが、リュックサックの側面は裂けており、中身は空になっていた。
路地の入り口から騎士が姿を表して私を指差した。
「おい、あそこにアルケミア卿がいたぞ!」
他の騎士達も一斉に路地裏へと入ってくる。
私は慌てて反対の方向へと逃げ出した。
「待ちやがれ!」
「逃げるって事は、やっぱりあの噂は本当だったんだな!」
「このパワハラ錬金術師め!」
「イゾルテさんの話は本当だったんだ!」
私は逃げる事しかできなかった。
絶叫しながらメルポートの街を全速力で逃走する。
街中の人々は、騎士から必死で逃げる私を指差して嘲笑した。
「ああああああああああ!」
この日、私はメルゼリア王国の全域で指名手配となった。
ドラゴンノベルス様より書籍化が決定しました。
読者様の応援のおかげです。これからもよろしくお願いします!
次回の更新は2022/10/12となります♪




