第47話:もう一人の錬金術師
翌朝、俺たちが草原を歩いていると牛の群れと遭遇した。
「見てくださいロイド様! あそこにたくさんの牛さんがいます!」
アイリスは興奮しながら牛の群れを指差した。
「おそらく、あれは隕石から避難してきた家畜だろう」
隕石落下は衝突の三日前から予知できていた事なので家畜の被害はなかったとギルドに報告されている。
牧場から家畜を逃した飼い主が草原に放牧したものだと思われる。
「なるほど、牛さんが元気そうで安心しました。
他の家畜も無事だといいですね」
アイリスは満足そうに頷いた。
その言葉には彼女の元来の優しさが伝わってきた。
その日の正午過ぎ、俺たちは目的地に無事到着した。
周囲には瓦礫が散乱し、隕石衝突時の衝撃で草木は焼き払われて、爆心地の半径三キロほどが焦土となっている。
中心には10メートル級の隕石が深々と地面に突き刺さっていて一際存在感を放っていた。
先ほどまで談笑していた他の冒険者も現場を目の当たりにすると口を噤んだ。
「随分とひどい惨状ですね。まるで土地全体を焼畑したみたいです」
マイペースなレラは周囲を見渡しながら感想を述べた。
対照的に感受性の豊かな冒険者などは、牧場の惨状を知ってその場で泣き崩れた。
最初の一人に続いて、さらに数名の冒険者が泣き出したタイミングで、悲しい場の空気を全部吹き飛ばすような笑い声が聞こえてきた。
「ほーほほほほほ!
泣いている仲間に慰めの言葉一つかけてやれないとは、情けないギルド長も世の中にはいるものね!」
声の方角を振り返るとそこには五メートル級のゴーレム。
頭頂部は平らになっていて、その上には一人の少女。
艶のある長い黒髪、翡翠色の瞳、日差しの下で一際輝く白い肌。
肩口とお腹周りを露出したゴシック調のミニドレスを着ていて、丈の短い同色のスカートから飛び出したすらりとして長い脚が健康的に映った。
結構かわいい顔をしているが、尊大な態度で腕を組んでいるので少しだけ気が強そうな印象を受けた。
人々の注目が集まると、先ほどよりもさらに大きな声で笑った。
「はわわ、どうしようマルスくん。
あんな高い所でミニスカートだと、風が吹くたびにスカートが舞い上がってパンツが見えそうだよ」
「それは大変だな。
とりあえず、お前は頭の病院に行ったほうがいいと思うぞ」
レラに対してマルスは辛辣だ。
他の冒険者たちは謎の少女の登場に困惑していた。
「ほーほほほほ!
偉大なる私の登場に驚いて、みな声ひとつ上げられないのかしら?」
「えっと、突然現れたアナタは誰ですか?」
俺は少女に質問した。
すると少女はビシッとこちらを指差し、不敵な表情で笑う。
「よくぞ聞いてくれたわね。
私はルミナスのギルド長であり、天才錬金術のノワ……」
少女がそこまで言いかけた同じタイミングで、大地を切り裂くような悲しみの声が上がった。
「ぬああああああああ! 落としちゃった! ボクの《ギガンテスオオカブト》どこかに落としちゃった!」
一人の男性冒険者が絶叫し、空の虫取りかごを抱えてあたふたと大騒ぎしている。
その悲しみ具合と言ったら凄まじく、慟哭という言葉がよく似合う。
話を遮られた少女は、露骨に唇を歪めて、怒りを露わにする。
「はあ? そんなの別にどうでもいいじゃないの。それより私の正体は天才錬金術師ノワ……」
「ギガンテスオオカブト! ボクのギガンテスオオカブト! ぬあああああああ!」
「ああもう! うるさいわね! そいつのギガンテスオオカブトを誰か探してあげなさいよ!」
少女がそのように叫ぶと、冒険者たちが一斉に地面に這いつくばって、《ギガンテスオオカブト》を探し始めた。
それから数十秒後。
「いましたよ!」
彼の探し物を見つけたのはレラ。
馬車の下に手を突っ込んで《ギガンテスオオカブト》を拾った。
「それはボクのギガンテスオオカブト! あ、ありがとう。キミはボクの恩人だよ!」
「いえいえ、エルフの里でもギガンテスオオカブトは人気でしたからね。
もう落としちゃいけませんよ」
レラは彼に《ギガンテスオオカブト》を渡した。
虫取りかごの中に戻った《ギガンテスオオカブト》を見て、一同はホッと安堵のため息を吐いた。
そういえば、俺も昔は昆虫を集めていたな。
久しぶりに少年の自分に戻ってレアな昆虫でも集めてコレクターに売りつけようかな。……ダメだ、頭の中が全然子供らしくない。
振り返ると、ゴーレムの上で少女が一人ポツンと取り残されている。
あちらに意識が向いてしまって完全に少女の事を忘れていた。
この子の名前なんだっけ。それにしても綺麗な黒髪だな。
「えっと、名前はたしかクワガタさんでしたっけ?」
「誰がクワガタよ! これはツノじゃなくて三つ編みよ! 失礼しちゃうわね!」
腰まで届くほどの長い三つ編みを鞭のようにブンブンと振り回しながら激怒する。
どうやら全然違うようだ。言われてみれば、最後まで名前言ってなかったな。
ノワなんとかさんなのは間違いない。
キミの名は、ともう一度質問しようとしたほぼ同じタイミングで、今まで黙っていたイゾルテさんが口を開いた。
「それより何の用だ?」
真剣な表情で俺たちの一歩前に出る。
イゾルテさんが出てくると、少女は唇の端を引き上げながら薄く笑う。
「やれやれ、反応が冷たいのは相変わらずね、イゾルテ・フォン・ミネルフォート。
半年ぶりに会ったのに気の利いた発言の一つもできないのかしら?」
どうやら少女はイゾルテさんの知り合いのようだ。
貴族特有の長い正式名称を噛まずにスラスラと言えるのは地味に凄い。
「これは私の生まれ持った性格だ。
すぐに変える事はできん」
「ふんっ、まあいいわ。
久しぶりだから特別に許してあげる。
それよりアナタ、少し困っているんじゃないの?」
「困っている?」
とイゾルテさんが聞き返した。
ノワールは荒廃した土地を指差しながらそう答えた。
「だってそうでしょう。
地面はガタついて焼け野原、瓦礫が散乱して牧畜にも適さない状況。
作業を行おうにも、どこから手をつけていいか自分でも悩んでいるはずよ」
「たしかにやる事は多いが、それに不満を言っても仕方がない。
事故が起きないように一つずつ丁寧にこなしていくだけだ」
「ふーん、アナタらしい愚直で真面目な答えね。
でも、早く依頼を解決しないと、ミネルバの住民がみんな困るわよねー。
一つひとつ手順を踏むのは大事だけど、時には天才錬金術師で優秀なライバルの手も借りないとダメなんじゃない?」
くすくす、袖で口元を隠しながら、少女は上品に笑う。
「要するにギルド長の手伝いをしたいってことですか?」
俺は少女の話を要約してそう聞き返した。
「なっ!?
ち、違うわよ別に!
私がここにやって来たのはギルド長としての責務があったからで、イゾルテのためなんかじゃないわ!
どうして私がこんな奴の手伝いをしなきゃいけないのよ!
別にイゾルテの事なんて全然これっぽっちも考えてないんだから!!」
少女は顔面を真っ赤にして早口でまくしたてた。その後、鼻を鳴らして顔を背けた。
彼女の耳まで赤くなっていることが横顔からわかった。
すると、にこにこと笑みを浮かべたレラが俺の隣にやってきて、耳元で囁いた。
「あれは典型的なツンデレ娘ですね。
あのタイプは、不意をついてちょっと押せばころっと落ちますからチャンスですよ、ロイドさん」
「あの高さから落としたら危ないだろ」
さほど大きくないゴーレムとはいえ、その高さは五メートル。一般的な二階建ての家と同じ高さだ。
「この男は本当に話が通じませんね。そのまま一生勘違いしてて下さい」
レラは舌打ちする。
なんで俺いま怒られたんだろう。すげー理不尽だ。
彼女の沸点は謎が多い。
「レラの言っていることはあまり気にしないでください。いつもの発作です」
マルスは苦笑いでフォローする。
いずれにせよ、少女の言っている事は確かだ。
俺達はイゾルテさんの指示をこなすだけなので難しい事を考えなくていいが、各自に指示を出すイゾルテさんは大変だ。
期間が延びるほどミネルバの家庭や産業に全体に被害が広がっていく。
でも、一番影響があるのはミネルバじゃなくて少女が管轄するルミナスだよな?
ルミナス。
地図によると、ここから山を一つ越えた先にある小さな町。
ミネルバが『冒険者ギルド』で町興しをしているのに対して、ルミナスは『錬金術』で町興しをしているらしい。
実際に行ったわけではないので、人から聞いた情報でしかないのだが、ミネルバよりも町の規模は小さいそうだ。
半年近くここで暮らしてなんとなく気づいたが、ミネルバは町の規模を超えて辺境都市に近いんだよな。
イゾルテさんが優秀だからかインフラはマジで整っているもん。
そんなイゾルテさんが本気で対応している今回の大事件。
ルミナスはどうやって対応しているのだろうか。俺の疑問に答えるように少女は対応策を述べた。
「とても単純よ。
牛たちの大半を草原に放牧し、その一部をルミナスの仮施設に移動させたわ。
ルミナスはミネルバほど大きな街じゃないから、飼い牛は数頭いれば十分なのよ」
へえ、なかなか頭を使ってるじゃん。
ギルド長にそういう権限があるのは俺も初めて知ったが、どうやら錬金術師みたいだから色々とコネがあるのだろう。
てか、錬金術師かぁ……。
ノワなんとかさんは全然悪くないけれど、ルビーを思い出すからあんまり嬉しい気持ちにならないなぁ。
「いま話したように、私たちはほぼノーダメってことよ。
被害を受けるのは、アナタ達ミネルバの市民だけ。
ギルド長が頼りないと本当に大変ねー。
ほーほほほほほ!」
私の勝利と言わんばかりに少女は高らかと笑う。
「まあ、アナタがどうしてもと頼むなら協力してあげないこともないわ。
実は、今朝完成したこの《超土地回復薬》を使えば、荒廃した土地を簡単に……」
その時である。
「皆さん聞いてください!」
アイリスが突然叫んだ。
その場にいた一同の視線がアイリスに集中した。冒しがたい空気で周囲を圧倒する。
「へ? あ、あの、ちょっと……」
「たしかに状況はあまり良いとは言えないでしょう。
むしろ悲惨です。
ですが、きっと大丈夫です!
皆さんの力が合わされば、すぐに元に戻りますよ。
荒廃した土地だって、私が精一杯聖法力を使って元に戻しますから安心してください!
何より私たちには、聡明で偉大なイゾルテさんがいらっしゃるんですから!
皆さん、諦めずに頑張りましょう!」
熱意あふれるその言葉は、皆の心を鼓舞し、とても勇気づけた。
「そうだよな! 俺たちにはイゾルテ様やアイリス様がついているんだ!」
「イゾルテ様最高!」
「ミネルバの聖女様万歳!」
冒険者たちの歓声が上がる。
何か言おうとした少女の方に視線を戻すと、少女は拳を握り、目には涙を浮かべて怒りで震えていた。
「イゾルテ・フォン・ミネルフォート! 今回はアナタに勝ちを譲ってあげるわ。だけど、次はこう簡単にいかないんだから!」
少女は半泣きでイゾルテを名指しすると、捨て台詞を吐いてその場からいなくなった。
「マジでアイツは何しに来たんだ……」
次第に遠くなっていく少女の後ろ姿を眺めながらイゾルテさんはそう呟いた。
本当だよ。
少女の目的は最後までよくわからなかった。
「まあいい……お前らよく聞け!」
冒険者たち一同の視線がイゾルテさんに集まる。
「本題から少しズレてしまったが、私たちのやることは最初に言ったことと変わらない。
一か月以内にルミナス牧場を復興させる。
ただそれだけだ。
瓦礫の山となっているこの荒れた土地を元に戻す。
それはとても難しい事かもしれない。
だが、お前たちならきっとできる。
そう思うのは、ギルド長としてお前たち一人ひとりを信じているからだ!」
イゾルテさんの演説に一同は拍手喝采。
そんなこんなで復興作業が始まった。
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2022/09/30の19:00に次回更新となります!




