第45話:ドワーフの交渉
俺とアイリスはコッコロ坑道の入り口に到着した。忘れないように計測器を確認する。計測器の数値に異常はなかった。気圧と気温は両方とも問題なく、洞窟内の魔力は規定値の100前後。
どうやら坑道内でトラブルが起きてる様子はなさそうだ。
「それではさっそく中に入りましょう♪」
アイリスの言葉に従って、俺は坑道内に足を踏み入れる。光魔法のシャインが光源となって場を照らしてくれるため視界は良好だ。また、何度も通っているおかげで坑道内の地図はすでに頭に入っているので周囲を見渡す余裕もできた。
通路を道なりに進んでいると前方からコボルトが三体現れた。通路の道幅は広く、三体同時にこちらに迫ってくる。
魔法で迎撃しようと杖を構えた所、アイリスの手がそれを静かに止める。
「ロイド様、ここは私に任せてくださりませんか。少しでも早く坑道内での戦いに慣れておきたいんです」
アイリスが肩越しに振り返って、自分が戦うと言い出した。
アイリスはとても真面目だな。期待に応えたいという気持ちと、力になりたいという気持ちの両方が彼女の言葉から伝わってくる。アイリスの提案を断る理由もないのでコボルトの戦闘はアイリスに任せることにした。
アイリスは上級魔法の《アイススピア》を放ってコボルト達を一撃で粉砕した。
いきなり坑道内のルールを破るとはこの子なかなかやりおる。
「アイリス、坑道の中で上級以上の攻撃魔法を使うと、崩落の危険性があるから使用してはいけない」
「そうなのでしたか、ごめんなさい」
「まだ入り口周辺なので危なくなかったけど、次から気をつけてくれよ」
「はーい!」
アイリスは元気よく返事をした。
アイリスは天然な所もあるので、最初の内はしっかりと見ておかないと危険かもしれない。
道なりに通路を進んでいくと《ブラッディメロン》が群生しているフロアの近くを通りかかった。
ブラッディメロンは表面が紫色のサボテンみたいな植物である。禍々しい見た目をしているので近寄りがたいが果実は甘くて美味しい。
その名の通り、お味はメロンそっくりだ。洞窟のような暗い場所で採取できる洞窟版のメロンと思ってくれて問題ないだろう
ドワーフ達のいる採掘場とは別の道になるので、交渉が上手くいくまでは保留にしておくつもりだが、ちょうど収穫期の時期だから確認するのが楽しみだったりする。
早く交渉が済んで時間が余っていたら、こちらの道も立ち寄ってみようかな。
さらに数十分後、俺たちは目的地の採掘場に到着した。フロア全体が大きく切り開かれており、どこまでも地下へと続いていく奈落の穴は、見てると吸い込まれそうになる。
坑道の中は時間の感覚が曖昧なようで、外は夜間であるにも関わらず平常通り採掘作業が行われていた。
ざっと見渡した感じでもドワーフは50人くらいいる。一人ひとりと交渉していると日が暮れちゃうからできればまとめて交渉したい。
ドワーフは人間ほど縦社会ではないがドワーフの長の発言は素直に従う傾向がある。
問題は、この長がどれほど人間に好意的であるかだ。サンドワーム以降でのドワーフ達の反応を見るかぎり、そこまで人間を嫌っているわけではない。交渉が上手く行く可能性は十分あるだろう。
「まずはドワーフの長を探そう」
「そうですね。長の外見などはわかっていますか?」
「残念ながらまだ一度も会ったことがないよ」
「あらまあ。それなら一人ずつ聞き込みするしかありませんね」
近くで作業をしていたドワーフにこちらから話しかける。
「あの時の旦那じゃねえか。久しぶりだな。今日はあの強い姉ちゃんは一緒じゃないのか?」
「もしかしてこの前、地下三階に道案内してくれたドワーフさんですか?」
「がはは、その通りだ」
俺もたった今気づいたが、昇格試験中に道案内してくれたドワーフである。
ドワーフの顔は岩壁の砂で真っ黒になっていた。
自身の体型より少し小さいくらいのピッケルを肩に担いで豪快に笑う。
「旦那、今日は何の用だ?」
理由を訊ねられたので、俺はルミナス牧場の件を話した。
「それなら、俺の方からも『長老』に頼んでやるよ」
「え? いいんですか?」
「旦那には以前世話になったからな。俺たちドワーフは、一度受けた恩は決して忘れない」
目の前のドワーフは二つ返事で協力的な態度を見せてくれた。
ドワーフは義理堅い種族としても有名なので、前回の一件で、深い感謝の念を抱いているのかもしれない。
「本当にありがとうございます」
協力してくれるドワーフに対して俺とアイリスは改めてお礼を言った。
「それじゃあ、今からさっそく案内してやろう、ついてきな」
ドワーフから案内されたのは採掘場の一部に作られた横穴。ここでドワーフ達は寝泊まりしているそうだ。
そこには老人ドワーフがいた。他のドワーフよりも一回り小さく、顎にはフサフサの白いひげが生えている。
「アナタ様がドワーフの長ですか?」
と、アイリスが訊ねた。
「いかにも、ワシはドワーフの長老である。ワシにいったい何の用じゃ、人族の若者たちよ」
長老は威厳の溢れる声でそう答えた。
理由に関しては俺ではなく先ほどのドワーフが説明した。
「なんと! 一人二人ではなく、坑道で働いているドワーフを全員貸してくれとは! 随分と思い切った事を言うの、人間!」
長老は全員という言葉に一度驚いたものの、笑いながらすぐに承諾してくれた。
説明役のドワーフが、ドワーフを全員貸してくれと言い出した時は、ちょっとびっくりしたが、どうやら長老に対してはこの説明でバッチリだったようで、ドワーフが好みやすいとされる『豪快な人間』としての扱いを受けた。
「良かったですねロイド様。長老様も協力して下さるそうです」
「ああ、そうだな。ドワーフの長老が優しい方で良かったよ」
俺とアイリスは、彼らが協力してくれるとわかってにっこにこだ。
長老はその後、採掘場のドワーフを全員呼び寄せて、ルミナス牧場の件を話した。
「長老、俺はその意見に反対だ!」
大多数のドワーフは素直に従ったが、一部のドワーフは協力的ではなかった。ドワーフも人間と同じように性格に微妙な違いがあるということだ。
「理由を言ってみろ」
長老は怒気を強めてそう言った。
「俺たちドワーフは力こそがすべて! マイ・ネーム・イズ・パワーだ!」
言葉の意味はわからないがどうやら彼に力を見せる必要があるみたいだ。
「ふむ、力ならサンドワームの時に見せたと思うが、それでは納得できないのか?」
長老は長い髭を撫でながらドワーフに訊ねた。
「サンドワームを倒したかどうかではなく、ドワーフの太陽を倒せるかどうかが重要だ。実際にぶつかり合ってみないとわからないぜ」
ドワーフはそう言うと、なぜか上半身の服を脱ぎ捨てて俺たちに背中の筋肉を見せつけた。
「わあ、ドワーフさん背筋が凄いですね!」
と、アイリスが月並みな反応をした。
どうやらアイリスも筋肉モリモリの男性が好みのようだ。
「毎日力仕事で自然と肉体が鍛えられているからな。人族の魔導士なんかには負けねえぜ」
筋肉を褒められた半裸ドワーフは、今度は別のポーズをとってアイリスに自慢する。
アイリスは笑顔で拍手している。
「やれやれ、ロイドと言ったな。奴に付き合ってくれないか。奴は頭の中が筋肉なんだ」
長老は半裸ドワーフに呆れつつ、彼と戦ってくれないかと俺に依頼した。
「別に構いませんけど、具体的にどんな勝負で解決するんですか?」
「ドワーフ達の勝負と言えばドワーフレスリングだろう」
「ドワーフレスリング? なんですかそれは?」
俺も初めて聞いた競技だ。
かなりマイナーな競技だと思われる。
アイリスにも聞いてみたが、アイリスもドワーフレスリングの存在は知らないようだ。
「ルールはとても簡単じゃ。円の中でお互いにぶつかり合って、先に円の外に出たら負けじゃ」
長老がドワーフレスリングのルールをざっくりと説明する。
話を聞いた感じだと相手を円の外から押し出せば勝ちっぽい。
「ちなみに俺はドワーフレスリングの世界チャンプだ」
俺に勝負を挑んだ半裸ドワーフは自慢げにそう語った。
「ですがこのまま戦えば、体格的な差異でロイド様が若干不利ですよね?」
「若干どころか今回がやるの初めてだぞ」
「それならハンデとして補助魔法は使用しても良いという事にしよう」
チャンプは豪快にそう答えた。
それなら公平だな。俺は勝負を引き受けることにした。
さっそく俺は肉体強化魔法の《グロウ》を発動して土俵に入る。
チャンプはすでに土俵に上がっていた。
「はっけよーいのこった!」
審判が叫ぶと勝負が始まる。
「いくぞ! ドワーフ百烈拳! アタタタタタタタタタ!」
チャンプは掛け声とともに勢いよく張り手を繰り出していく。
グロウを発動中は動体視力も上昇するので、俺は冷静にドワーフの攻撃を掌で受け止めていく。
「す、すげえ! チャンプの張り手をすべて防ぎきってやがる!」
「しかもめちゃくちゃ平然とした顔だ」
「やっぱり筋肉キャラってクソだわ。時代は強化魔法で自己バフができる魔導士が一番だよな!」
ドワーフ達は口々にそのような感想を漏らした。
お前ら、そんな雑な理由で自分たちの個性を捨てていいのか。
攻撃をすべて防がれたチャンプは、肩で大きく息をしており、かなり疲労が溜まっているご様子。
「人族だと思って少し舐めていたが中々やるようだな。それなら、俺の最強の技であるドワーフタックルを受けてみやがれ!」
チャンプが勢いよく突進してきたので、俺は、そのタックルをひょいと右に避ける。
「おっととと!?」
実は戦いの最中、俺はさりげなく土俵際まで下がっていたので、避けられたチャンプは体勢を大きく崩す。
なんとか踏みとどまっているが、かなり不安定な感じだ。
チャンプの背中をペチッと押してあげると、チャンプはバランスを崩して土俵の外にあっけなく倒れてしまった。
「そこまで! ロイドの勝ち!」
採掘場全体で歓声が上がる。
アイリスも拍手をしながら歓喜している。
「流石ですロイド様。相手の力を逆に利用した押し出しはお見事です」
アイリスはそのように高く評価した。
俺に敗北したチャンプも、今の動きには感動していたらしく、敗北を素直に認めていた。
「くっ、完敗だ。お前の言う事なら何でも聞こうじゃないか。お前のように強い男なら、俺の娘をくれてやることだって可能だ! くっ、持って行けドロボー!」
チャンプの娘を貰うつもりなど一切なかったのだが、それだけ俺の強さを評価してくれたということだろう。
長老の説得と、強さの証明も相まって、ドワーフの説得は一段落ついた。
その後、俺とアイリスは長老にお礼を言って採掘場をあとにする。
帰り道で、《ブラッディメロン》の様子を確認しに行くことにした。
アイリスもブラッディメロンの存在を知らないので興味津々だ。
「おっ、ちょうどいい感じに育っているね」と俺は言った。
植物全体は紫色で大きさは1メートルくらい。サボテンのような植物が地面から生えている。
植物の表面には人差し指ほどの長さの細い針がびっしりとついており、直接手で触るのを憚られる外装をしている。
これはブラッディメロンと呼ばれる植物だ。攻撃性はないが、迂闊に触ろうとすると大怪我をするので注意が必要だ。
「ロイド様、この不気味な植物はなんですか?」
アイリスもブラッディメロンには近づこうとしない。
「これはブラッディメロン。珍しい植物だけどすごく美味しいよ」
「メロンみたいな味がするんですか?」
「それは食べてみてからのお楽しみさ」
植物の表面の針を風魔法で綺麗に切り落としてブラッディメロンの実を収穫する。
実の形は楕円形で、サイズは両手で抱える程度。
収穫した実を地面に置いて、包丁でまっすぐに一刀両断する。
中から瑞々しい赤色の果肉が姿を現した。
「なんだか赤くて瑞々しいですね。この血のような色合いがブラッディの所以でしょうか?」
「そうだな。ちなみに赤いのは血ではないから安心していい」
「わかりました」
ブラッディメロンを八等分に切り分けて、果実の部分のみを皿に並べていく。
外皮に棘があるので、このように果肉の部分だけを皿に移して、フォークを使って食べるのが一般的だ。
「さあ、アイリス。美味しいからお食べ」
「ありがとうございます。それではいただきます」
アイリスはブラッディメロンを口へと運ぶ。
「初めて見た時は恐ろしい植物にしか見えませんでしたが、メロンと同じで甘くて美味しいですね」
アイリスはブラッディメロンのお味にご満悦である。
そして、さらに四個、ブラッディメロンの実を収穫してアイテムボックスに収納した。
麓の村に戻ったらブラッディメロンを利用した他の料理も作ってみようかな。
そんな事を考えながら俺とアイリスは仲良くコッコロ坑道をあとにした。
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