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間章7:不死鳥

【セフィリア視点】 

 現在、私は魔王と木刀を用いた模擬戦を行っている。

 魔王の剣の腕前は初級程度。

 私が想定していたよりもはるかに弱かった。

 私が少しでも剣に力を込めれば容易に魔王の体を一刀両断してしまうだろう。

 目を細めると魔王の右肩、左腰、お腹の中央の三ヶ所にぼんやりと輝きが見える。

 この部分は魔王の急所であり、彼女が決して反応することができない死角である。

 この三ヶ所のいずれかを狙えば魔王は確実に死ぬ。

 ただ、私に与えられた役割は魔王を殺すことではなく、魔王の一時的な遊び相手になる事である。

 木刀を握る力を限界まで緩めて剣を振るう。

 当然、先ほどの三か所は避けるような太刀筋である。

 それでもお互いの実力差は歴然であり、私の放ったその鋭い一撃は魔王の持つ木刀を叩き折り、容易に決着がついた。

 模擬戦終了後、私は努めて自然に話しかける。


「残念ながら魔王様の負けでございます」

「うむむ、負けてしまったか」

「それでは約束通り、魔王軍の重要機密をお話し下さい」


「デュランダルがかぶとをかぶっているのは恥ずかしがり屋だからじゃ」


 魔王様は話した。

 デュランダルとは魔王軍幹部の一人である。

 その種族は《デュラハン》という、頭部と体が分断している変わったアンデッドモンスター。


 黒色の兜で顔を厳重に隠しており、100年経った今でもその素顔は謎に包まれている。

 意外な形でその謎が解明されたわけだが、機密情報という内容でもない。


 しかし、一勝負ごとに明かす秘密は一つと盟約で決めている。

 聖戦は常にフェアでなければならない。

 一応メモに書き残しておいて、すぐにポケットの中にしまった。


「貴重な情報をありがとうございます」


 私は魔王にお礼を言った。


「うむ、今度私に勝った時はもっといい情報を教えてやろう」


 魔王は腕を組んだまま尊大な口調でそう返答した。


「それにしても、お主は本当に強いの。汗一つかいていないとは恐れったのじゃ。本当に剣士が本職じゃないのか?」

「戦闘全般は私の得意分野でございますが、私の本職はメイド業でございます」

「お主のようなメイドを妾も所有したいのー」

「魔王様はご冗談がお好きですね。私は聖騎士ですよ」


 私が魔王にお仕えするなんて、天と地がひっくり返ろうとも決してありえないことだ。

 私は薄く笑った。

 こうやって魔王と戯れているのは魔王を懐柔して魔族の情報を引き出すためだ。

 魔王となれ合うためではない。


「どうやったらお主のように強くなれるのじゃ?」


 魔王は質問の内容を変えた。

 教える義理はないが、聖戦はできる限りフェアになるようにするのが理想なので、魔王の剣術向上を願って一番大切な事を教えた。


「私は指導の専門家ではないので、難しい事は言えませんが、鍛錬を毎日続けることが一番重要であります」


 達人は一日にして成らず。

 私の師匠はそう教えてくれた。


「飽きっぽいわらわには難しい答えじゃ。もっと簡単に強くなれたらいいのに」

「エメロード教の教義において、それは愚者の発言であります」


 子供のような発言をする魔王を私はやんわりと諌めた。

 さて、本日の秘密を手に入れた今、魔王はすでに用済みである。

 しかし、明日は『イゾルテ様』の聖戦も私が兼任しなければならない。

 実は本日の早朝、イゾルテ様から聖戦の代行を頼まれた。

 普段は冷静なイゾルテ様が「詳しい事情は、あとでガルドで伝える」と言って屋敷を飛び出したほどだ。

 ちなみにガルドはまだ届いていない。


 そういうわけで今日はミネルバに帰らず、麓の村で一泊する予定だ。

 時間も余っているので明日の打ち合わせもしておきたい。

 一人より二人で考える方が充実した聖戦になる。


「そうじゃのー、温泉にでも浸かりながらのんびり考えないか?」

「温泉ですか。案外悪くないですね」


 わたくしと魔王は地底湖があるフロアへと赴いた。

 なんということでしょう。

 フロアの一部が増築されており、地底湖の美しさを楽しめる絶景の露天風呂に変化しているではありませんか。

 実はこの隠し通路、空間魔法の一種であることが最近判明しました。

 それを見抜いたのはもちろんご友人様であります。

 コッコロ坑道に転移した際に現在の形状へと変化したのだと推察しておりました。

 さらに驚くべき事に、ご友人様は空間魔法の術式を一部書き換えて、立派な温泉を作り出してしまったのです。


 ご友人様がすごい人物であると改めて認識しました。

 優しく、聡明で、魔法の実力もトップクラス。

 これがご友人様に対する、いまの私の評価です。

 お嬢様に初めてお伺いした時は半信半疑でしたが、今ではお嬢様の話がすべて正しかったのだと確信しております。


 他に誰かがいるわけでもないので、私と魔王はその場で服を脱ぎ捨てて、一緒に温泉に飛び込みました。(※良い子は真似しないでください)

 温泉にダイブして数秒後、魔王は勢いよく水面から顔を出しました。


「坑道の中で温泉が楽しめるとは、あのロイドという男には、ただただ感謝であるのー!」


 魔王はとてもご機嫌です。

 彼女の無邪気さにつられた私は、自然と頬の筋肉が緩みそうになったが、すぐに気を引き締めて表情を元に戻しました。


「左様でございますね。魔王様が温泉を楽しんでいただいているようで幸いです」


 私は形式的にそう答えた。

 封印されて無力な存在になったとはいえ、目の前にいる幼女は魔王。

 それも100年前に大戦争を仕掛けた張本人。

 決して油断してはならない。


 生かしたまま魔王を懐柔して仲間に引き入れる。

 これはお嬢様も容認しております。

 だからと言って、気を抜いてもいいという、理由にはならないだろう。

 私は聖騎士である。

 魔王の態度次第では、聖騎士としての責務を果たさなければならない。


「お主もそのような気難しい顔をしてないで、のびのびと温泉を楽しむのじゃ」


 急に魔王にそう呼びかけられた。


「申し訳ありません。少し考え事をしておりました」

「人間は本当に考えることが大好きじゃの。私のように自由気ままに生きていれば毎日ハッピーなのに」

「魔王様は逆に、もう少し考えてから行動してください。

 ノリだけで行動するから勇者に封印されるんですよ」

「それを言われると耳が痛いのー」


 魔王は耳の位置まで湯船に体を沈める。

 ブクブクと泡が水面に浮かび上がっている。


「そうじゃ、一緒に温泉を泳がないか?」


 まるで小さな子供みたいだ。


「魔王様は毎日本当に楽しそうですね」

「うむ、とても楽しいぞ。特に最近はお主たちが毎日遊びに来てくれるからの。まったく退屈する事がない」

「そうですか」

「それに『前回の転生』では、こうして誰かと同じ目線で温泉に入る事は一度もなかったからの」

「前回の転生?」

「ロイドから聞いておらんのか? わらわは不死なのじゃ。こうして現世に降臨するのもこれで6度目じゃ」


 魔王は笑う。


 私は魔王が不死という事実に衝撃を受けた。


 魔王を殺せば解決するとだけ考えていた私が浅はかだった。

 もしここで魔王を殺せば、100年後に復活した時に即座に敵対する恐れがある。

 それならば、この身動きできない優位な状況下で、魔王を懐柔してしまうのが一番得策だ。

 ご友人様の選択は正しかったのだ。


「復活する生き物なんて、フェアリー種以外に聞いた事がありません」


「勉強不足じゃのー。

 一番有名な魔族が残っているではないか。

 わらわは『不死鳥フェニックス』なのじゃ」


「え?」


 フェニックス。

 話くらいなら聞いた事がある。

 全身に炎を纏った火の鳥で、死んだとしても灰の中から自然と蘇る。

 その美しさは神秘的であり、見る者の心を魅了する。


「ですがフェニックスは魔族ではありませんよ。あれは神獣の一種です」


「神獣か魔獣かは、人間が勝手に定義しているだけじゃ。

 神獣も人を襲えば魔獣として扱われるし、魔獣も人を救えば神獣として扱われる」


 魔王のその言葉はいつまでも私の心の中に残り続けた。




 ****


「39℃……随分と酷いわね」


 ティルルは体温計を確認しながら難しい表情を浮かべる。

 前日に魔王と長風呂をしたセフィリアは体調を崩してしまった。

 セフィリアが最後に風邪を引いたのは5歳の時であり、抗体がなくなっており、セフィリアはベッドの上から身動き一つできなくなっていた。


「申し訳ございません、メイド長」


 セフィリアは咳き込みながらティルルに謝罪する。

 ティルルはアイリスの指示でセフィリアのサポートにやって来たわけだが、ティルルが到着した頃にはセフィリアはかなり弱っていた。


 その状態でなお坑道に行こうとしていたので、それを無理やり止めてベッドに寝かせたという形である。


「他の人に風邪を移すわけにもいかないし、しばらくは外出禁止ね」


 と、メイド長はため息交じりにそう釘を指す。


「ですが、私はお嬢様に聖戦の役目を任されました。それを果たさなけばなりません」


 セフィリアは上体を起こそうとするもティルルに止められて、やんわりと叱られる。


「それが原因でアナタの風邪が悪化したら元も子もないでしょう」


「で、ですが……私が行かねば魔王様が……!」


「魔王なんていいから! とにかくアナタはもう寝なさい! これはメイド長としての命令よ」


「し、承知しました。メイド長、本当に申し訳ありません」


 風邪を引いて少し精神面も弱っているのか、強い口調で叱られたセフィリアは、上擦った声になりながらティルルに謝罪する。


 ティルルはセフィリアの頭を優しく撫でた。


 孤児院で妹たちのために子守唄を歌っていた経験もあってか、セフィリアへの対応は本当に慣れたものである。

 風邪薬の効果も効いてきたのか、セフィリアは次第に眠たくなってきて、今は規則正しい呼吸で寝息をたてている。


「大丈夫よ。イゾルテ様がきっとなんとかしてくださるわ」


 ティルルはそう言って、セフィリアの額を優しく撫でた。


 だが、ティルルは知らなかった。

 イゾルテはルミナス牧場の緊急対応に追われており、これ以上にないほど忙しかったのだ。

 現に魔王の対応は、すべてセフィリアに依頼していた。

 ロイドとアイリスも同様に、他の誰かが魔王の対応してくれるだろうと楽観的に考えていた。


 つまり、セフィリアが風邪を引いてダウンしてしまった時点で、聖戦のローテーションは完全に崩壊していたのだ。


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