第42話:魔王アルバトロス
魔王アルバトロスは人類史において最も評価が難しい魔族とされている。
侵略戦争を行った精神異常者。
他の魔族たちから都合よく担ぎ上げられた結果、勇者に討伐されたただのマヌケ。
このように酷評する歴史家もいれば、
理由はどうであれ、烏合の衆ともいえる魔族が結果的にまとまって、世界最大の領土にまで拡大したのだから世界最高の君主である。
このように高く評価する歴史家も一定数いる。
人の評価というものは、何を基準として置くかで大きく変わるのだ。
歴史的な事実だけを述べれば、魔王アルバトロスは人類及びそれに属する種族全体に戦争を仕掛けて、最終的に勇者達によって討伐された。
良くも悪くも世界中に大きな影響をもたらした魔族である事には間違いないだろう。
そしていま、俺たちの目の前に魔王アルバトロスを名乗る幼女が現れた。
気絶している幼女を仰向けにして容姿を確認する。
文献通りの特徴をしている。
ケルベロスのフロアで確認できた魔力量も申し分なかった。状況証拠から推測するにこの幼女が魔王アルバトロスとみて問題ないだろう。
いずれにせよ情報が少なすぎる。
ここにいる目的はなにか、100年前に討伐されたのではないのか、また戦争を起こすつもりなのか。
最低でもこの三つは押さえておきたい。
30分後、幼女が目を覚ました。すぐに先ほどの出来事を思い出して憤怒する。
「話してる最中に攻撃なんて卑怯じゃぞ! 余を誰だと思っている!」
磔にされた幼女が何やら喚いているが敵の虚を突くのは戦いの基本だ。騎士道精神なんてあくまで努力目標。勝てば官軍負ければ賊軍だ。
それにエメロード教の教義において魔族を倒すことは正義である。
セフィリアさんはそれを忠実に守っただけなので、セフィリアさんに罪はない。
「勇者に葬られた哀れな敗北者だろ?」
「黙れ! 妾は世界一偉大な魔王アルバトロスであるぞ!」
魔王アルバトロスは自尊心が高い事で有名だ。
今の煽りに即座に反応した所、やはり本人と見て間違いないだろう。
「ぐっ……! おい人間、このようなおぞましいモノで妾を拘束して何をするつもりじゃ! さっさと解放するのじゃ!」
今の幼女は俺が用意した『特殊な拘束具』によって磔にされている。
特殊な拘束具とはブルースライムの事である。
ブルースライムはアメーバ状の見た目をしている初級モンスターで、一見すると何の役にも立たなそうであるが、ゴミを消化したり、獲物を拘束する場面で活用することができる。
今回のように幼女を磔にして、抵抗できないように身動きを封じる事も可能だ。
四肢と胴体の一部を拘束されているので満足に体を動かすことができない。身をよじって拘束から脱出を試みようとしているが、ブルースライムになすすべもない哀れな状況。諸行無常だ。
また、このブルースライムは俺が《召喚魔法》で用意したものだ。
俺は初級から上級までの魔族ならなんでも召喚できる。
「解放して欲しければ俺の質問に答えろ」
「どうして妾がお主たちの質問にわざわざ答えねばならぬのじゃ。お主らが妾の質問に答えるのじゃ」
「この状況化でなお俺たちを侮るとは随分と威勢がいいな。だが、いつまでその虚勢が持つかな。俺はそれが楽しみだよ」
ベタな悪役がよく言いそうな台詞を口にして、魔王の小さな顎に触れて俺の方を向かせる。すると首を大きく振って俺の手を振り払い、キッ!と俺の目を睨む。
「妾を拷問するつもりか?」
「お前が情報を吐かないならそれも選択肢の一つとして考えている」
「くくく、常日頃から正義を主張している人間よ。己の利のために魔族を拷問か。それは果たして正義と言えるのだろうか」
なんか小難しい事を言って論点をズラそうとしているのが丸わかりである。
正義とか悪とかあんまり考えたことない。基本的に食事のことばかり考えている。
てか、侵略戦争を仕掛けたお前が、道徳で俺に説教してもいい立場なのだろうか。
まあいいか。幼女には幼女の価値観があるしな。それを無理に否定する必要はあるまい。
このタイミングで幼女のお腹が鳴った。
どうやら感情が高ぶり過ぎて腹ペコ状態になったようだ。
盛るペコは許せないが腹ペコはかわいげがある。何の拷問をするかで悩んでいたが、幼女がお腹が空いているようならアレが効きそうだな。
「へえ、偉大なる魔王様もお腹を空くことがあるんだな」
「ち、ちがう! 今のはお腹の鳴る音ではなく、えっと、その……とにかくちがうのだ!」
「はいはい、セフィリアさん、例のモノを持ってきてください」
「かしこまりました。魔王様、これより拷問の時間です」
セフィリアさんは鉄板を持ってきた。さらに鉄板の下で薪を焚いて鉄板を熱する。
「い、いったいなにをするつもりじゃ?」
幼女の声に恐怖の色が宿る。
「鉄板を熱すると聞いたらアレしかないだろ?」
「もしや焼き土下座か!?」
え? なにそれ怖い。そんな拷問が世の中にはあるの?
幼女は完全に焼き土下座をさせられると思い込んでいるようだ。
恐怖と絶望に染まった真っ青な顔で冷や汗を垂らしている。
「ぐっ……! や、やれるものならやってみろ!
この魔王アルバトロスが人間ごときの拷問なんかに屈すると思うな!」
「じゃあそろそろ焼きましょうかセフィリアさん」
「ひっ!?」
幼女は恐怖のあまり目をギュッとつぶる。
セフィリアさんが捩角牛の肉を鉄板の上で焼いていく。
メイドさんというだけあって肉の焼き方も気品があるな。
肉の焼ける音はいつ聴いても心地がいい。
「や、焼肉?」
幼女は困惑した表情でそう言った。
「アルバトロスは捩角牛の肉は平気か?」
捩角牛とはサウスライト地方に生息してる魔獣の事だ。こちらもレッドボアと同様に家庭でよく食べられている。
「え? ま、まあ妾は平気じゃが、お前たち、いったい何を考えている?」
「見てのとおり拷問だけど」
「これが拷問? ただ肉を焼いているだけではないか」
「いずれわかる時が来る。いまは黙ってセフィリアさんを眺めるんだ」
いい感じに肉が焼けたので、セフィリアさんは肉を一切れ小皿に移して、特製タレに肉を絡ませて実食する。
普段は表情の変化に乏しいセフィリアさんがとても幸せそうな顔をした。
「お味はいかがでしょうか?」
「口の中でとろけるような肉質に、あっさりとした風味の野菜ベースのタレが素晴らしいであります。この美味しさは明日の元気の予告編でしょう」
空腹かつセフィリアさんの反応に胃袋を刺激された幼女は、よだれを垂らしながらその食事風景を見つめている。
俺の視線に気づくと顎をひいて取り澄ました。
「ふんっ、焼肉か。
だが、考えが甘いな。
妾は魔族じゃ、大気中の魔力だけで生きていくこともできる。
人間たちのように肉や穀物を食べる行為など本来必要ない。
自分だけ食べられなくともノーダメなのじゃ!」
その割にはめちゃくちゃ羨ましそうだった。
誰が食べさせないと言った。
幼女よ、食事はみんなで食べるから楽しいのだ。
俺は手をかざして、アルバトロスを拘束している手足の拘束具を解いた。
スライムから解放されたアルバトロスは、俺の意図が読めずに動揺している。
「正気か人間、妾を自由にして大丈夫なのか?」
「ブルースライムは老廃物を食べるから美容にも効果があるんだ」
地べたの上で寝ていたからか、幼女の体は少し汚れていた。
だからスライムを使って幼女の体を綺麗にしたのだ。
本来ならお風呂が一番だがここにお風呂はないからな。
「おお!? 本当に肌がツルツルになっているぞ!
……ってそういうことを聞いてるわけじゃないのじゃ!」
意外とノリがいい幼女。
「どうぞでございます」
そして、セフィリアさんはタレの入った小皿と箸を渡した。
「えっ!? も、もしかして妾も肉を食べていいのか?」
「決闘タイプの拷問だからな。お前の舌を唸らせたら俺の勝ちな」
「な、なるほど、そう来たか。くくく、面白い。
お前が勝てば魔王軍の機密情報など好きなだけ話してやろう。
だが、妾は世界最強の魔族である魔王アルバトロス!
最初から美味しいとわかっている焼肉なんぞには決して屈しない!」
幼女は箸を器用に使って焼肉を口にする。
「なんじゃこれ!? すごく美味しいぞ! 普段、妾が食べている味付けとは少し違うが、こちらも美味じゃ!」
「こちらのタレもオススメだぞ」
幼女に別の小皿を渡す。肉を絡ませて恐るおそる口へと運ぶ。
「ぐわああああ!! こちらのガーリックベースのタレも美味しい!!」
幼女はあまりの美味さで絶叫した。
「そろそろ負けを認めるかい?」
「はあはあ……!
ま、まだだ! まだ妾には第二形態がある。
第一形態を倒せても第二形態を倒せなければ負けたとは言えん!」
「ふうん、まだ粘るか。
ならばこちらも最終兵器を用意するか」
「最終兵器?」
「セフィリアさん、例のアレを持ってきてください」
「かしこまりました」
セフィリアさんは炊き立てのご飯を持ってきた。白い湯気から漂うご飯の香りが食欲をそそる。
当然ながら焼肉とご飯の相性はMAXだ。
お肉をご飯の上にトントンする未来を思い浮かべた幼女は、たまらず生唾を飲みこむ。
「紅煌帝国の主食にして焼肉の相棒とも言える白米か。
だが、これならなんとか耐えられるぞ。妾は米よりパン派じゃからの」
「それはどうかな?
ミネルバ山脈の雪解け水を利用した純度100パーセントの天然水と、農家のおじいちゃんとおばあちゃんが丹精込めて作った米から作られた、炊き立てのご飯だ」
「最高のコンディションから作られた炊き立てご飯なんて、そんなの絶対美味しいじゃん!」
俺の一言が決め手だった。幼女は拷問に耐えきれず断末魔を上げる。
これからやってくる極上の拷問を前にして幼女は仰向けに倒れた。
「うう、なんでも話します。妾の負けじゃ」
魔王は拷問に屈した。
そして、すべての事情を俺たちに話した。
史実通り、100年前に勇者パーティに討伐されたようだ。討伐された場所はコッコロ坑道ではなく魔王城らしい。
幼女が復活したのはほんの一か月前であり、この空間内で目覚めたそうだ。
どうやら魔力の楔によって魂をこの空間に縫い付けられていたようで、自力での脱出は叶わないとわかり、仲間に救助してもらうために救難信号を送っていた。
だが、三週間経っても誰も来なかったので、転移魔法を使ってコッコロ坑道に転移した。
ちなみにコッコロ坑道内に転移したのは偶然であり、あと数日間誰も来なかったら別の場所に転移する予定だったと教えてもらった。
いくら大気中の魔力でエネルギーを補給できるとはいえ、一か月近く何もないところにいて、よく発狂しなかったな。
本題のまた戦争を行うかどうかであるが、
「もちろん誘われたらまたやるぞ! 玉座の上こそが妾の最も輝ける場所じゃからのう」
と、幼女はめちゃくちゃ良い笑顔でそう答えた。
魔王職=楽しい遊び程度に考えてる事実に衝撃を受けた。
戦争に対しても前向きだ。
幸いなことに、人間に対して明確な敵意があるわけではない事もわかった。
歴史家が言っているように他の魔族に担ぎ上げられて魔王になっただけなのだろう。
開戦理由も単純だから話し合いの余地は残されている。
幼女が敵になるかどうかは俺たちの今後の対応によるだろう。
「それにしても、まさか妾が死んでいる間に100年も経っていたとはな。
どうりで誰も来ないはずじゃ、他のみんなは妾のことを忘れてしまったのかの……」
幼女はとても悲しそうな顔でそう呟いた。
「感傷に浸っているところ悪いが、まさかこれで拷問が終わりだと思ったのか?」
「なんじゃと!? まだ妾を拷問するつもりか! お前に人の心はないのか!」
「くくく、当然だ。お前は魔族の貴重な情報資源だからな。さっそく次の拷問の時間だ」
「や、やめろぉ!」
今後の拷問に備えてアイテムボックスから天蓋つきのベッド、家具一式を出して空間内に配置していく。
そして、幼女をベッドに寝かせる。
「魔族の体が頑丈とはいえ、地面の上で寝るのは体に悪い。風邪を引いてもらっては困るからな」
幼女が就寝したのを見届けたあと、俺たちは疑似空間をあとにする。
後々わかったが、俺たちが通った隠し通路も擬似空間の一種だったようだ。
コッコロ坑道から帰路につく中で俺の選択が正しかったのか改めて考えてみる。
合理的に考えれば再討伐するのが最適解だ。
でも、あんまり悪い奴には見えなかったんだよね。
一緒に焼肉を食べて少し情が移っちゃったし、今さら殺すのは気が引けるなぁ。
いずれにせよ。この問題は俺一人で決められる内容ではない。
領主令嬢のイゾルテさんに相談しよう。
イゾルテさんならきっとなんとかしてくれるはずだ。
セフィリアさんに魔王の件をイゾルテさんに報告するようにと伝えた。
「かしこまりました。昇格試験はコッコロ坑道が正常化した後にもう一度行いましょう」
翌週、正常化したコッコロ坑道にて、骸骨戦士を討伐して俺は念願のCランクに昇格した。
これまで以上に冒険者を頑張らないとね。
そして、兼ねてより考えていた『新しい事』にもチャレンジしてみたいな。
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次回の投稿は2022/09/07の19:00となります!




