間章4:天才錬金術師の失敗 後編
2022/08/30
一部の名称を変更しました。
アトリエに来て早々依頼をやりたいなんてクロウリーは働き者だね。
私としてはもうちょっとお話をしたかったんだけどね。
まあいいや。
納期が明日に迫った依頼が一個残ってるし、それをクロウリーにやってもらおう。
クロウリーなら明日までには素材を全部集めて来てくれるだろう。
私が手渡したのは万能薬のレシピ。
クロウリーは依頼書に目を通すや否や、その表情が固まる。
クロウリーは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべている。
私は怪訝な顔でクロウリーに訊ねる。
「どうかしましたか?」
「ここに書かれている《フルールド・エインセル》って、《靫蔓の群生地》に咲くとされる幻の花の事ですよね?」
「場所がわかるなら問題ありませんね。納期は明日までなのでよろしくお願いします」
「納期は明日!? ご冗談ですよね?」
やっぱり驚いているみたいだ。
採取してくる素材の数は多いけど、転移魔法陣を使えば余裕だから大丈夫だよ。
さっそくクロウリーを転移魔法陣の部屋まで案内しよう。
私はクロウリーを二階の転移魔法陣のある部屋まで案内した。
クロウリーは唖然とした表情で部屋を眺めている。
「これを使えば《靫蔓の群生地》の近くまで一瞬で移動できますから半日での採取が可能なんですよ」
「こ、これがあの噂に聞く転移魔法陣……」
クロウリーは私の話を聞いておらず、転移魔法陣を近くでまじまじと観察している。
「おや、封印がされてますね。それもかなり複雑で強固な封印……」
「げげっ!? あ、あの野郎! いつの間にそんなこと!」
あの男はいなくなっても私に迷惑をかけるつもりか。
「私には使えませんが、素晴らしい封印術ですね。
これほどまでに美しい封印は初めて見ましたよ」
こちらを振り返ったクロウリーは満面の笑み。
うわー、めちゃくちゃ怒ってるじゃん。
「僭越ながらアルケミア卿、アナタは《靫蔓の群生地》が未開領域であることをご存知ないのですか?」
未開領域の事は私も理解している。
中級以上の魔物しか出現しないダルいエリアのことだ。
ロイドも未開領域の素材とわかると毎回ため息を吐いていた。
「もちろん知っていますよ」
「それなのになぜ私に採取をお願いするんですか? 採取レベルがおかしいと思わないのですか?」
この人は本当に何を言っているんだろう。
言っている意味がわからない。
レシピに書かれているから頼んでいるだけなのになんで私が怒られているんだろう。
とはいえ、私は優しい錬金術師。
きっと、初めての依頼という事もあるので緊張しているのだろう。
今度は一段階レベルを下げた依頼書を手に取り、
「ごめんなさい。
流石に納期が短かったみたいですね。
今度は期限が長めのやつです」
五枚の紙を机に並べる。
クロウリーにはここから選んでもらおう。
「これらにも未開領域産の素材ありますね。
先ほども言ったではありませんか。
未開領域の素材は危険すぎて採取するのが基本的に不可能なんですよ」
クロウリーはため息を吐いた。
未開領域の素材は採取ができない?
そんなの一度も聞いた事がないんだけど。
だってあいつは、これまで普通に未開領域の素材を採取してきたし、この程度の素材なら半日程度で採取してきていた。
「私の推測なんですが、アルケミア卿は素材の難易度の事を間違って認識してませんか?」
「え?」
クロウリーの言葉に私はキョトンとなる。
「そのご様子ですと、やはりご存じないようですね。
たとえばこのカイネル草ですが危険領域に存在しています。
危険領域なので、なんとか採取は可能ですが、冒険者ギルドに協力を頼むなど手続きが必要になるので、最低でも一週間はかかります」
たかが危険領域で一週間もかかる……?
反論しようにもあちらは国の英雄なので何も言い返せない。
それにクロウリーの話には真実味があった。
丁寧に、ゆっくりと、わかりやすく説明してくれるからだ。
「じゃ、じゃあそれより上の未開領域はどうなの?」
「この世の地獄です」
クロウリーは私に対して未開領域の恐ろしさを説明する。
どれほどまでに危険であるか。
奥に進むことはおろか、近づく事すら憚られる禁忌の領域。
ソロはもちろんのこと、『王国が派遣した1000人規模の騎士団でも一晩で全滅する』ほどの超危険地帯なのだと説明してくれた。
マスター級だけで4、5人のパーティを組んで、なおかつ完璧な連携ができる状態で、ようやく死なずに探索できるレベルらしい。
クロウリーのお話は、いままでの私の常識をすべて覆すような内容だった。
「アルケミア卿の話が本当ならば、前の魔導士はマスター級の中のマスター級。
この私ですら足元にも及ばないほどの魔導士。
クロニクル級魔導士と言っても差し支えありません」
ロイドがクロニクル級魔導士?
そんなばかな……。
アイツは素材採取率が誰よりも低い無能魔導士のはず。
唖然としている私に対して、クロウリーはニコリと微笑み、顎を引いて丁寧な口調で語り始める。
「ですが、アルケミア卿にも良い所はありますよ。
発想力と調合する能力はたいへん優れているとお聞きしています。
噂によると100%なんですよね。
とてもすごいじゃないですか。
アルケミア卿に足りなかったのは素材の知識だけです。
誰にだって『勘違い』はありますから、そこを正していけば、『前の専属魔導士』に並ぶほどの偉大な錬金術師になれますよ」
と、クロウリーは笑顔でそう指摘した。
私が勘違いしている?
偉大な錬金術師になれる?
まるで私が『ロイドのおかげ』でのし上がったような言い方。
何様だこいつ。
私はすでに誰よりも偉大な錬金術師だ。
自分が採取できないのを棚に上げて、全部私のせいにしているクズ。
国の英雄だと思って黙って話を聞いていれば、さっきから言いたい放題。
未開領域は危険すぎて採取できない?
それをソロで採取できるロイドはクロニクル級?
ちがう、そんなはずがない。そんなことがあってたまるか。
私が指定する素材は採取してきて当たり前なんだ。
クロニクル級は私だけで十分なんだ。
「あの無能魔導士がクロニクル級なんてふざけた事を言うのも大概にしてよね」
「アルケミア卿?」
「あのさ、《ノワールのアトリエ》でどれだけ腑抜けにされたのかわからないけど、これくらい採取してもらえないと困るんだけど?」
考えるよりも先に言葉が出ていた。
あまりにもふざけた事を吐かすので、ついに私も敬語ではなくなった。
「はい?」
クロウリーの声に怒気が帯びる。
「自分が無能なのを棚に上げて私のせいにするのはやめてよ。
昔いた無能魔導士ですら、これくらいの素材なら全部ソロで採取してたのに、それすらできないなんて本当にただの言いがかりじゃん。
無能なのに第一位を名乗って恥ずかしくないの?
どうせ魔王討伐の時も勇者の影に隠れて何もしてなかったんでしょ。
そんな実力不相応の地位なんて返しちゃいなよ」
クロウリーの顔が怒りで真っ赤になる。
でも私は何の罪悪感も感じない。
目の前のクロウリーこそ、他者のおかげで成り上がっただけの無能なのだ。
大体、本当に有能なら私みたいにアトリエを有名にできてる。
私だって無能魔導士というハンデを抱えていたけど、王国一のアトリエに仕上げたわけだし。
所属しているアトリエが無名という時点で気づくべきだった。
「錬金術師も無能で、本人も無能魔導士、これじゃあ《ノワールのアトリエ》が無名なのも仕方ないよね」
プツンと、クロウリーの方から何かが切れる音が聞こえた。
「おい、お前」
先ほどまでの優しい声色ではなく、芯まで冷え切ったクロウリーの声に、私の肩が震える。
その表情も怒りから無表情に変わっていた。
「いまの言葉を訂正しろ。あの子は無能じゃない」
「う、うるさい!
事実を言って何が悪い!
本当に無能じゃないなら私みたいにアトリエが一流になっているはずだ。
辺境の土地でほそぼそとやっているアトリエの錬金術師が三流じゃないなら一体なんなのさ!」
私はクロウリーに感情をぶちまけた。
クロウリーは小さくため息を吐いた。
「もういい」
「え?」
「アナタとの契約を打ち切って、ノワールの所に帰らせて頂きます。
ノワールに迷惑かけてまでこんな所来るんじゃなかった」
クロウリーはくるりと背を向けて、アトリエから立ち去ろうとする。
し、しまった!?
ロイドと同じノリで思わず論破してしまった。
クロウリーほど優れた魔導士は、王国中探してもどこにもいないはずなのに、つい私も感情的になってしまった。
慌てて謝罪をするが、クロウリーは私の話など一切聞く耳を持たない。
それどころか、私の手を振り払って、怒りの感情を爆発させる。
「私に文句を言うだけならまだ許せます。
ですが、あの子の悪口だけは決して見過ごせません。
ノワールは私のためにこれまで一生懸命頑張っていました。
私のような年寄りのワガママも受け入れてくれました。
それなのに、アナタときたらノワールの事をよく知りもしないで無能錬金術師だと侮辱した。
尊敬していた錬金術師がこんな愚か者だとは夢にも思いませんでした。
これならノワールの成長を見守る方が100倍有意義です!」
そのままクロウリーは私の元からいなくなってしまった。
私は茫然自失となり、クロウリーの後ろ姿を眺めることしかできなかった。
山積みとなっている依頼の束を見て頭を抱える。
これからどうすればいいんだろう。
クロウリーとの契約には2か月もかかった。
他の魔導士にアテがあるわけではない。
優秀な魔導士というのは大抵他の所にすでに所属している。
この二か月の中でそれを嫌というほど痛感した。
そんな中で運よく魔導協会第一位のクロウリーがオファーに応じてくれたのだ。
でも、クロウリーに契約を解除されて白紙に戻ってしまった。
悪い出来事とは立て続けに続くものだ。
なんの前触れもなく、女王陛下の使者が横柄な態度でアトリエにやってきた。
「アルケミア卿!
光栄に思うがよい!
王国一のエレガントたる女王陛下より、アルケミア卿への錬金術のご依頼が来ましたぞ!」
「あ、あの……。私はいま専属魔導士がいないんですが」
女王陛下もそれはご存じのはずだ。
「おかしいですな?
アルケミア卿の所にはクロウリー殿がやってきたはずですぞ」
ど、どうしてその事を知っているんだろう。
私の疑問に対して女王陛下の使いがサラリと答える。
「女王陛下はこの二か月間、アルケミア卿のために、クロウリー殿に対して何度も手紙を送られていたからですぞ!」
え、ええ!?
女王陛下が裏で動いていたの!?
言われてみれば最初の内は拒否されていたのに、急にオファーが決まって、そのあとはとんとん拍子だった。
私の所で働きたい理由もちょっと曖昧だったし、そんな理由があったのか。
「それでクロウリー殿はどこにいるですぞ?」
「そ、それは……」
クロウリーはもうここにはいません。
怒らせて契約を解除されてしまったなんて口が裂けても言えない。
女王陛下はエレガントを重んじる人なので平民の失態には甘いが、貴族の失態には厳罰を処することが多い。
私はアルケミア卿であり、立場上は一代貴族。
女王陛下に説明するという行為に対して、背筋が凍りつくのを感じた。
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