第33話:お屋敷でのんびり
3週間後、旅の終着であるミネルバに到着する。
その日はイゾルテさんの屋敷で一泊する事になった。
晩餐ではロブスターやローストチキンなど記念日で食べるようなパーティ料理が多く並び、三大珍味の一つであるトリュフの姿もあった。ローストチキンはアイリスも大好物のようで、幸せそうな笑顔で口に運んでいた。
ぐうかわ!
夕食後は温泉に入った。
混浴ではなかったのでアイリスと出くわすラッキースケベ的な展開は起こらなかったが、大理石で造られている立派な温泉であり、体の芯まで温まることができた。
身も心もリフレッシュできた俺。寝室に戻って本を読んでいるとアイリスがやってきた。
「少しお話でもしませんか?」
「うん」
現在俺はベッドに腰掛けているため立ち上がろうとしたが、「そこでいいですよ」と言われた。
アイリスは自然な足取りで俺の隣に座った。
アイリスの髪から石鹸のいい香りがした。
最初の雑談は温泉の話題が中心となった。アイリスは、ローランド式とメルゼリア式の建築様式の違いに興味を抱いており、上手く融合させると面白いのではないかと考察していた。
ローランド式の温泉は宗教色が強いため、神聖さを重視した造りとなる。
イメージ的に宮殿の中に大理石の湯船があり、その中央に代行者の石像を奉るみたいな感じ。ミネルバはローランド側の国境沿いにある辺境なのでローランドの文化の影響も色濃く受けている。
実際に融合させれば、意外と受け入れてくれるんじゃないかなと思わなくもない。
一時間ほどお喋りするとアイリスは大きな欠伸をした。
「もうこんな時間か。アイリスと一緒にいると時間が経つのが早いな」
「ロイド様とのお話は楽しいので私もそう感じます」
「明日も早いし、今日はもう寝ようか」
「はい」
アイリスは何故か俺のベッドの上に仰向けになった。
「アイリスがそこにいると寝られないんだけど」
「私は聖女ダス」
ダスってなんだよ。謎の語尾もそうだけど、イマイチ意図のわからないアイリスの返答に困惑する。
もしこれが現代語の出題だったら、アイリスの言葉の意味を読み取れという難問になるだろう。
一般論として考えれば、「今日はもう帰りたくないの」的な女性の誘い文句なんだが、大前提として俺に対して恋愛感情を持っていなければならない。
これはおそらくアイリス側の冗談であり、俺をからかっているだけなんだろう。
アイリスの意図を読み取った場合、正解はコレ。
『アイリスは寝室まで自分で動くのが面倒なのでロイドに運ばせようとしている』
これで100点や。もろたでアイリス。メルゼリアナンバーワンの魔導探偵はワイや。
アイリスの要望通り、俺はアイリスをお姫様抱っこして寝室まで運んで行った。
完璧だ。これほどまでに素晴らしい回答は存在しない。
「ロイド様なんてもう知りません」
なぜかアイリスに怒られてしまった。
なんでだー。
アイリスの表情はとても不満げだった。
その後、俺は寝室へと戻って天蓋付きの豪奢なベッドで就寝した。
とてもふかふかですごく心地よいベッドだ。
翌朝、疲れも癒えた俺は冒険者ギルドに行く事をイゾルテさんに伝える。
「もうクエストをするのか。長旅だったんだ。もう少し屋敷で休んでいきなさい」
「僭越ながらギルド長、剣士が剣を振るわなければ剣の腕が落ちるように、魔導士も魔法を使わなければ魔法の腕が落ちてしまいます。
俺は魔導士としてはまだまだ修行中の身なので、実戦の中で勘を取り戻していこうと思っているんです」
「なるほど、流石だロイド。お前は冒険者の鑑だ」
イゾルテさんは俺の言葉に胸を打たれているようだが俺の本心はちょっと違う。
俺が冒険者ギルドに行くのはルビーに全財産を譲渡したのでお金がないだけなのだ。
今日まではイゾルテさんにお世話になっていたが、いつまでもこんな生活を送るわけにもいくまい。
ミネルバではしっかりと自立して一人前になるのが目標だ。
本来なら冒険者ギルドまで向かう必要があるが、イゾルテさんはギルド長でもあるので依頼書を俺に配布した。
Dランクの依頼書5枚の中から一番効率が良さそうな依頼を選択する。
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ランクD 支配領域
・仕事:魔物退治
・報酬:金貨1枚、銀貨80枚
・仕事内容:コボルト討伐
・場所:コッコロ坑道 低層
・期限:3週間
・目標討伐数:コボルト5体
・備考:現在、コッコロエリアではワイバーンの目撃事例が多発しております。充分に注意して足をお運びください。
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俺が引き受けた依頼はコボルト討伐。
期間内にコボルトを合計5体討伐すればクエスト達成となる。
ギルド側としては、より多くのコボルトを倒してもらいたいと思っているようで、コボルトを10体以上倒せば『追加ボーナス』が貰える。
今回俺が狩場とする《コッコロ坑道》はミネルバ山脈の麓にある鉱山エリアだ。
一口にミネルバ山脈といっても三つの名峰に分かれており、生態系も特色も大きく異なる。
例えば現在、《妖精竜》が占拠している山頂というのは、《エニグマ》と呼ばれる峰の事だ。
標高が一番低く、3000メートル級の峰で、妖精竜の影響か、現在はフェアリーモンスターが多く生息してる。
次に《ライオル》と呼ばれる山。
標高は5000メートルで、ミネルバ山脈最高峰とされている。標高が高いのでスノウモンスターが多く生息しており、《ライオル》と呼ばれるユニークモンスターが低確率で出現する。
ライオルはケンタウロスのような姿の魔物。
動きが俊敏で、耐久性がドラゴン級で、攻撃力も異様に高い。三拍子揃った強力な魔物なので迂闊に関わると全滅の危険もある。
最後に《コッコロ》と呼ばれる山。
標高は《エニグマ》よりもやや高い程度。
ここは《コッコロ》と呼ばれている地下空間が有名であり、透明度の高い水を湛えた七つの地底湖が広がっている。
最深部までの深さはなんと3000メートルにも及ぶとされており、多くの鉱物を手に入れる事ができる。
ただし、奥に進むほど入り組んでいるためベテランの冒険者であっても探索は困難だろう。
その代わりリターンも大きい。
銅、銀、金、ダイアモンド、オパール、オリハルコンと希少性の高い鉱物も手に入る。
一獲千金を目指して根気強く挑戦する冒険者も多い。
今回、俺が行くのはコッコロエリアだ。
コボルトは坑道の低層付近に生息しており、初心者冒険者の狩場となっているらしい。
イゾルテさんから事前情報を頂いて、しっかりと頭に入れた上で部屋をあとにした。
屋敷の玄関付近でセフィリアさんとばったりと出くわした。
このセフィリアさんというのは、アイリスの従者の一人で、剣聖の二つ名を持っている戦えるメイドだ。
剣聖とは聖剣に選ばれたすごい方のことで、その強さはもちろんマスター級。
アイリス曰く、ギース第一皇子の追っ手から逃げ切れたのもセフィリアさんがいてくれたからだそうだ。
とはいえ、俺はセフィリアさんが戦っている姿を一度も見たことがない。
「誇らしきご友人様。ごきげんよう」
セフィリアさんはスカートの裾を摘まんで優雅に挨拶する。
「おはようございます、セフィリアさん。今日もエレガントですね」
「そのように褒めていただけると、わたくしもメイド業に励んでいる甲斐があります」
セフィリアさんはティルルさんに憧れており、立派なメイドになる事を望んでいる。
エレガントというワードにも強く反応し、「エレガントですね」と褒めてあげるとすごく喜んでくれる。
「ところでご友人様。お嬢様がご友人様の事を探しておりましたよ」
「アイリスはどちらにいますか?」
「メイド長と共に庭園を散歩している最中だと思います」
「わかりました。わざわざ伝えていただき、本当にありがとうございます」
「メイドとして当然の事をしたまでです。それでは業務に戻りますので失礼します」
セフィリアさんは気品よくお辞儀して優雅にその場から立ち去った。
綺麗で優雅で真面目で気品があって剣の腕前もマスター級なんてセフィリアさんはすごいなぁ。
俺もセフィリアさんみたいなマスター級になりたい。
庭園に赴くとアイリスがいた。
俺を探していた理由であるが、お茶会の誘いだった。今日は用事があると伝えると残念そうな顔をしていたので、「後日、空いている日に俺から誘うよ」と伝えるとすごく嬉しそうな顔を浮かべた。
隣に立っているティルルさんもアイリスの様子に微笑み、そしてアイリスに気づかれない角度で俺にお辞儀をした。
「それにしても、今日から働きに出かけるなんてロイド様は働き者なんですね。本当に尊敬します」
アイリスは俺に感心している。
アイリスは今後ミネルバでどう暮らすかまだ具体的には決めておらず、やりたい事が見つかるまではイゾルテさんのお屋敷でゴロゴロする予定らしい。
「とりあえず、最低でも一年間は働きません」
アイリスは笑顔でそう言い切った。
無職聖女の誕生の瞬間である。
誰よりも厳格で勤勉だった聖女時代が嘘のような発言だ。
もっともアイリスはこれまで忙しく、命が狙われていたという事もあり、心が休まる時がなかったはずなので、この休息は必要な事なんだと思う。
それにアイリスの場合、無理に働かなくても元聖女というネームバリューだけで一生暮らしていけるだろう。
聖法力も備わってるし、陛下のご依頼通りのサウスライト地方担当のエリアマネージャーをしていればそれだけで唯一無二の存在価値がある。
俺もアイリスみたいにゴロゴロするだけでお金が入ってくるような特別な存在になりたいが、平凡な俺には無縁な話だな。
アイリスに挨拶を済ませたあと、俺はコッコロ坑道に向けて出発した。
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次回は2022/08/07 夜19:00に更新します。




