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第29話:決意する

 エメロード教。

 聖女の根幹となる秩序神エメロードを奉る、西方大陸の中で最盛を誇る宗教体系。

 その影響力は国内のみならず、この大陸全土に及び、エメロード教を国教としない国家は存在しないほどだ。

 神聖ローランド教国はエメロード教の総本山。

 為政者の9割はこのエメロード教に属しているため、神聖ローランド教国は西方大陸で最も発言力のある国といえる。

 もし戦争になった場合、あちらは錦の御旗を掲げて周辺諸国を全員味方につけることができるので、戦争となればまず勝ち目はないだろう。

 また、メルゼリア王国に大義名分がないのも大きな問題である。

 元聖女を保護したと主張しようにも、神聖ローランド教国から見ればアイリスは国を騙した偽聖女であり、脅迫状を送ってきたギース第一皇子は女王陛下に対して『偽聖女アイリスを保護した大悪党』という主張を貫いている。


 これを覆すにはギース第一皇子の発言がすべて間違っていると証明するだけの明確な証拠が必要だ。

 だが、その証拠を見つけるのは極めて難しい。

 奴は第一皇子で多少の不正なら自由に揉み消せる。それだけの権力を持っているのだ。


「最終的な決断を下されるのは女王陛下であるが、最悪の事態も想定せねばならないな」


 イゾルテさんは唇を歪める。もう手の打ちようがないと言わんばかりだ。


「アイリスはこの事を知っているんですか?」

「いいえ、お嬢様にはまだお伝えしておりません」


 ティルルさんが静かにそう答えた。


「いまはそれが最善だろう。アイリス様が知れば自ら出頭することも十分考えられる」


 とイゾルテさんが言った。

 女王陛下が決断するまで、アイリスに伝えることを先延ばしにしてもらい、俺は自室へと戻った。


 いつの間にか国家の命運を左右する事態へと発展している。

 一介の冒険者である俺にできることはもう何もないのだろうか。


 諦めてかけていたその時、アイリスが部屋に入ってきた。


「ロイド様」

「どうしたアイリス?」

「明日ミネルバに帰る前にもう一度メルゼリアパイを食べに行きませんか? とても美味しかったのでもう一回食べてみたいです」


 アイリスはそう言った。


「アイリスは食いしん坊なんだな」


 何気ない俺の言葉にアイリスはショックを受けて、とても不機嫌になった。片頬を膨らませながら腕を組んだ。


「じゃあもういいです! ロイド様なんて知りません」


 本気で怒ってるというよりもちょっと拗ねてる感じ。


「ごめんごめん、冗談だよ、怒らないで。ミネルバに帰る前にもう一回食べに行こう」


 アイリスは嬉しそうに口元を綻ばせた。


「本当ですか?」

「うん、ほんとのほんと。前回食べられなかった味も食べようよ」

「はい!」


 無愛想だった時期があったとは思えない表情の豊かさ。

 追放されてもうすぐ一年になると言っていたが、彼女はこの一年間で誰よりも成長したのだろう。

 今回の脅迫状の話を知れば、昔のアイリスにまた戻ってしまうのかもしれない。


 アイリスと明日の約束をした。

 その後、少しだけお喋りした。時計の針を確認すると夜の10時になっていた。


「今日はもう遅い。明日に備えてもう寝なさい」


 アイリスはコクリと頷いて、


「ロイド様おやすみなさい。明日、楽しみにしていますね」


 と、言って部屋を去った。



 アイリスがいなくなった部屋で俺はイゾルテさんの話を思い返す。

 あまりにも難しいので、すぐに選択肢から外されただけで、方法がないわけではない。


 ギース第一皇子の要求には一つだけ穴がある。

 この中央集権体制は秩序の崩壊へと繋がると懸念されており、神聖ローランド教国の君子及び後継者は必ず『聖人』でなければならないと大陸条例にも定められている。

 不祥事が一つでも見つかれば聖人とは認められず、後継者から即除名される。


 つまり、ギース第一皇子の不正を証明する動かぬ証拠を突きつければ、戦争を回避できる上に奴を失脚させることができる。アイリスの名誉も回復させることもできるだろう。


 だが、最初にも話したようにあまりにも難しすぎる。

 失敗するリスクが極めて高い。


「素材の採取率が低い」と笑われてばかりいた俺にできるだろうか。

 あの頃の情けない自分を思い出す。


 そういえば……俺は何故魔法を覚えたのだろうか。自分自身に問いかける。

 俺がアイリスに尋ねたように俺も師匠から尋ねられた。


 その時は俺もアイリスと同じように答えた。


『最も近くにいる大切な人を一番幸せにしたい』


 俺はたしかにその約束を果たせていない。むしろそれと真逆の事をしてしまった。

 でも、過去は変えられなくとも未来は変えられる。


 アイリスは大切な友達だ。アイリスの涙はもう見たくない。

 俺はあることを決断した。



 みんなが寝静まった頃、俺は屋敷をこっそりと抜け出して《ルビーのアトリエ》へと向かった。

 二度と戻りたくない場所であったが、神聖ローランド教国との戦争を回避するため、アイリスの日常を守るため、俺自身のスローライフのために『ルビーのアトリエ』に行く必要があった。


 アトリエに到着後、合い鍵を取り出して玄関を開ける。幸いにも鍵は変わっていなかった。

 アトリエはルビーの仕事場というだけでなく、長年暮らしてきた住居でもある。

 彼氏として同居していたので俺も合い鍵を持っている。

 絶縁した今も所持してるのは、たんに返し忘れただけだ。


 今回用があるのはルビー本人ではなく俺の仕事場だ。

 階段を登って2階の広間に行く。

 広間には九つの《転移魔法陣》が設置されてあった。



 転移魔法陣ポータル

 元は竜族の秘術であったものを師匠が解読して、師匠から俺へと伝えられた。

 非常に便利な魔法であり、魔力を込めるだけで離れている場所に一瞬で移動できる。

 今回はこの転移魔法陣を利用してギース第一皇子に会いに行く。


 魔法陣の上に立ち、地面に手をおいて魔力を流し込む。

 魔法陣が光り輝いて目の前の景色が見えなくなり、唐突に眠りから覚めたような感覚を味わった。

 この感覚は何度繰り返しても慣れないな。


 周囲を見ると、部屋の内装が大きく変わっていた。

 ここは拠点の一つとして使っている一軒家。

 俺は採取の効率化を図る目的でこのような仮住居を複数構えている。

 ルビーの要求する素材は遠方にある事が多いので、多少出費はかかっても転移魔法陣(ポータル)は必須だ。

 もしこれがなければ俺の素材採取率はもっと落ちていたと思う。ただ、アイツもこれがあること前提でスケジュール組んでたからなぁ……。


 一応、カーテンの隙間から街の風景を確認する。

 それぞれの屋根の上には宗教的象徴である《クォルテ》が飾られており、街の中でもひときわ目立っているローランド城の頂上にも巨大なクォルテが飾られている。

 神聖ローランド教国への転移ワープが成功したようだ。


 首都には何度も足を運んでいるので、ローランド城までの道筋も把握している。

 時間も限られているし、感傷なんかに浸ってないで早速向かうか。

 《認識阻害魔法》、《消音魔法》、《魔力遮断魔法》の三種類を自分に重ねがけする。


「敵の牙城に入るのはやはり気が進まないな」


 少しだけ弱音を吐いてしまう。

 だが、すぐに首を振って自分自身に気合いを入れる。


 今だけは考え方を変えよう。

 俺なんかに何ができるだろうか、ではなく、『俺以外誰も採取できないモノを手に入れる』と覚悟を決める。

 必ず成功させてアイリスと一緒にミネルバに帰るんだ。




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― 新着の感想 ―
[一言] 捕獲すれば洗脳出来るよ。
[良い点] 行動力。 悪人であればいくらでも酷ざまぁ可能な状況。 [気になる点] 聖女が居ないと国が荒れる。(高ランクの魔物が出る) 聖女ってホントは複数持てるのを制限してる? 『複数の聖女を持つ事…
[気になる点] 王子と言い、元パートナーと言いやり方がぬる過ぎする 体が冷えて、頭が燃えそうです クソ王子の悪事がバレないのはホントに胸クソです 恥陵刑にしてくれませんか
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