第28話:催眠魔法
王都への滞在期間は4日間で、最終日に女王陛下と謁見となる。
現在は2日目で、今日はメルゼリア王国の聖女と対談を行った。
メルゼリア王国の聖女の名はコーネリア。
コーネリアと直接会話したことはなかったが、遠くからお姿を何度か拝見したことがあったので、すぐにご本人であるとわかった。
鮮やかな紫色の髪の若い女性でスタイルはモデル顔負けだ。コーネリアからは大人の色気を存分に感じた。
アイリスとコーネリアは聖女時代からの旧知の仲らしく、二人のやりとりは親しげ。
聖女時代はプライベートと仕事の線引きができていなかった、と昨夜アイリスは語ったが、見た感じコーネリアとも普通に話している。
神聖ローランド教国を追放された件については、コーネリアもとても心配しており、涙ながらにアイリスの話を聞いていた。
同時にギース第一皇子に対して激しい憤りを感じている態度を見せた。
ミネルバで暮らす事を伝えるとコーネリアは非常に喜んでいた。
コーネリアとの対談が終わり、俺たちはメルゼリア大教会をあとにした。
その後は仲良く王都を観光し、メルゼリア王国名物のメルゼリアパイを食べた。苺をふんだんに使った甘いパイであり、アイリスはこのメルゼリアパイを非常に気に入った。
特にトラブルもなく2日目は平和に終わった。
3日目は自由行動であり、それぞれが最終日の女王陛下との謁見に向けて各自行動している。
アイリスはティルルさんと打ち合わせを行っており、陛下に対して話す内容をまとめている。
イゾルテさんの話によれば、陛下はアイリスのメルゼリア王国滞在に対して前向きな姿勢のようで、元聖女としてサウスライト地方の土地を監査してもらいたいとの事だ。
ちなみにサウスライト地方とはミネルバがある土地の事だ。
『ミネルバと王都は距離が離れていますので、もし土地が悪化していたらコーネリアの代わりに対応してもらえると助かります』と一言添えられていた。
公には認めていないが、実質的にサウスライト地方の土地の管理はアイリスが任されたようなものだろう。
もっとも、それは悪いことではない。
意外かもしれないが、アイリスは王都ではなくミネルバの暮らしを最初から望んでいた。
アイリスは要望通りミネルバで暮らせるし、陛下も遠方の領域問題を解決できる。
お互いにWin-Winな取引なのだ。
余談であるが、先ほどミネルバに暮らしたい理由を聞いてみた所、アイリスは顔を赤くするばかりで答えてくれなかった。
明日が最終日なので俺も今日中に必要な物資を揃えておこう。
ミネルバは辺境の町なので、言い方は悪いが、王都よりも品質がやや劣っている。また、王都ではないと手に入らない貴重なアイテムも多い。レラが要望していた魔導書も何冊か買っておきたい。
アイテムボックスを開きながら俺は購入予定リストにしっかりと目を通していく。
アイテムボックスを漁っていると、記憶にない一枚の紙がポロリと地面に落ちた。
「なんだろうこれ」
その紙には『今日の晩ごはんはカレーでお願いね』と書かれていた。
顎に手を当てて少し考えると、アトリエを去る直前にルビーが入れたあの紙であることを、俺は思い出した。
あの時はイラつきすぎて一回も確認しなかったけど、こんなことが書かれていたのか。
ルビーらしいな。
あいつ今頃なにしているんだろう。
あれから二か月も経ってるし、既に新しい専属魔導士でも雇って、錬金釜をぐーるぐーるしてるのかね。
絶縁した俺としてはあまり認めたくないが、ルビーの腕前は本物だ。
100年に一人の天才錬金術師といっても過言ではない。
午前中に屋敷を出発して、日中はほとんど買い物に費やした。買う予定にないものもたくさん買ってしまった。
黒鴉が拘束されている拘置所に到着したのは午後4時頃。
イゾルテさんがすでに手続きを済ませてくれていたようで、ロイドである事を伝えるとあっさりと面会許可が下りた。
黒鴉とはもう二度と会うつもりはなかったが、聞いておきたいことがあった事を思い出したのでここにやって来た。
黒鴉は黒装束から白黒の囚人服に服装が変わっていた。
魔法拘束具で手足を拘束されており、さらに猿ぐつわまで噛まされている。
まさに厳重に拘束されていると言っても過言ではない。
黒鴉は俺に気づくと怒りで興奮状態に入った。
今回は彼から事情を聞くことが目的なので、猿ぐつわを一時的に外してもらった。
「その忌々しい冴えない顔……。
貴様、あの時の魔導士ですね!!」
黒鴉から女性の声が発せられた。
それもかなり幼く、声の高さから考えて十代前半。
「お前は誰だ? 黒鴉にしては少し声が変だ」
あと、冴えない顔は余計だ。
「これは私の地声です」
「女性だったのか」
初めて出会った時は魔法で声を変えていたのだろうか?
そういう魔法が存在すると昔師匠から聞いた事はあるが、実際に見たのは初めてだ。
黒鴉が女性だった事実に俺はとても驚いてしまった。
よく見ると女性らしい顔をしているし、控えめではあるが胸元も膨らんでいる。
「ふふふ、私は女性です。私が女性だとわかって助けたくなりましたか?」
「いや全然。悪い事をしたならキチンと裁かないと。性別は関係ないよ」
年下の殺し屋少女。
属性はもりもりであるが、彼女は重罪人であり、人を殺すことになんの躊躇いもない殺し屋。彼女の生き方を肯定するわけにはいかないだろう。
「私になんの用ですか?」
黒鴉は不快そうに顔をしかめた。
「お前に殺しを頼んだ依頼人の情報を知りたい」
「それは無理な相談ですね。
私が依頼人に関する情報を吐くわけないじゃないですか。
私たちの稼業は信用が命なんですよ」
初登場ではベラベラ喋ってたじゃん。
急に正論吐いてきて俺は困惑する。
でも言われてみれば大事な情報はなにもわかっていない。隣国の刺客というのは最初から想像ついていたし、黒鴉が話していたのはほとんど自分について。変なところでしっかりしてるな。
拷問によって吐かせた情報は信憑性が薄いらしいので、別の方法でアプローチする必要がある。
まずは定番の本人の善意に訴えかける手法。
「黒鴉よ、お前はこれまでにたくさん悪い事をしてきた。
だが、今からでも遅くはない。
人の幸せを奪うような非道な生き方は今日かぎりにして、自分の罪を悔いて罪を償いなさい」
すると黒鴉は大きな声で笑い始めた。
「いやですね。
他人の幸せなんてクソ喰らえですよ。
私が大好きなのは自分自身だけです!」
「このままだとお前、間違いなく死んだら地獄行きだぞ」
「地獄行きで結構! 地獄でも人を殺して暴れまわってあげますよ!」
黒鴉はうそぶいて肩をそびやかす。
黒鴉の愚かさに俺はため息を吐いた。
「地獄に行く前にまずは貴様から葬ってあげます。さあ私ともう一度戦いなさい! 剣をよこせよこせよこせ!」
狂ったように言葉を繰り返し、体を揺すりながら椅子の上で暴れている。
だが、黒鴉を捕らえている拘束具はびくともしない。
「その魔法拘束具は決して外せないよ。悔しいだろうが仕方がないんだ」
そう言い聞かせたが、黒鴉が静かになるような気配はない。
このままでは交渉にならないので、こちらも強硬手段に打って出ることを決めた。
「仕方ない。お前が依頼人の事を話さないならこちらも手段を択ばない」
「私を拷問でもする気ですか?
始めに言っておきますが、私は煉獄殺戮団で多くの拷問訓練を受けてきました。
アナタのへなちょこな拷問が通用するとは到底思えませんねぇ」
「わざわざ拷問なんてしないよ。
俺には《催眠》がある。
お前に催眠術をかけて依頼人の情報を全部喋らせるってわけ」
「催眠?
あのインチキ魔法のことですね。
噂になら聞いてますよ。
相手を自由に操る事ができるんですよね」
「知っているなら話が早い。お前が口を割らなければ催眠術をかける」
「あははははは!
魔導士さん、まさか本気で言ってます?
私に催眠術なんて効くわけないじゃないですか」
「お前に催眠術が効かないかどうかは、やってみないとわからないだろ」
「だったら今から催眠術をかけてもらっても構いませんよ。
えっと、その杖を黙って見つめればいいんですよねー。
大体、杖を見つめたくらいで人を操れるわけないじゃないですか。
そんなんで人を操れるなら誰だってやってますよ」
「本当にいいんだな?」
「くどい! 私は煉獄殺戮団の筆頭にして、東方大陸を恐怖に陥れた黒い死神ですよ! 催眠なんかには屈しません!」
「《催眠》!」
「ふぁ……!? あ、頭が……ぅ……………!」
黒鴉の様子がおかしくなった。
とろんとした目つきでこちらを見つめている。
「お前の本名はなんだ?」
「桜花です」
オリエンタルな雰囲気が漂う独特の名前。
先ほどまでの挑発的な態度とは打って変わり、黒鴉はとても従順な態度でそう答えた。
「珍しい名前だな。紅煌帝国の出身か?」
「紅煌帝国が支配する国の一つ、凛桜国の出身です」
一度も聞いた事がない国名だ。
東方大陸は俺も知らない事が多い。名前の雰囲気から考えて、紅煌帝国の近くにある事は間違いないだろう。
もう一つわかったことがある。
東方の凄腕暗殺者であろうと催眠術には勝てないということだ。
「催眠解除!」
指を鳴らして催眠状態を解除した。
「ふふふ……! ほらほら、はやく私に催眠をかけて下さいよ。もしかしてできないんですかぁ?」
「催眠ならすでにかけたぞ桜花」
「ど、どうして私の名前を知っているんですか!?」
黒鴉は酷く狼狽している。
どうやら催眠中の記憶がなくなっているようで、自分の口で本名を教えた事すら気づいていない。
「さあ、どうやって知ったと思う?」
俺は黒鴉に対してニチャァと笑う。
「うへっ、気持ち悪い顔を見せないでください」
「なんだと!? これでもくらえ、催眠!」
「……」
再び催眠状態にしてやると、黒鴉はまた大人しくなる。
「自分がいま一番困っている話をしろ」
「私、桜花は貧乳で困っています」
あっ、そうなんだ。俺はどんな大きさでもいいと思うぞ。
おっぱいで人を好きになるのではない、好きになった子のおっぱいが自然と大好きになるのだ。
催眠状態の黒鴉にいくつか訊ねる。
「誰から依頼された?」
「仲介人はクレイル司教ですが、直接の依頼人はギース大司教です」
「ギース大司教って神聖ローランド教国の第一皇子のことか?」
「そうです」
マジかよ。アイツが今回の黒幕だったのか。
アイリスを追放した上に刺客まで送ってくるとか、マジで救いようのないクソ野郎だな。
ぶん殴りたい奴ランキングベスト一位になったギース第一皇子。
別に二位三位がいるわけじゃないけど、奴だけは絶対に許せない。
「奴はなぜアイリスの命を狙っているんだ?」
「一国一人の正統性を維持するためです。
ですが、このギース大司教はアイリスの事を深く恨んでおりまして、この世から抹消したいと常々考えていたようです。
私怨である可能性も充分あるでしょう」
黒鴉の口からアイリスが2日前に話してくれた事と同様の内容が語られた。
ギース第一皇子の私怨という動機が追加されたくらいか。
「アイツに繋がる証拠は持っているのか?」
「申し訳ありません。ギース大司教に繋がる証拠はすべて処分しました」
うむむ、残念だ。証拠が見つかればアイリスの力になれるのに。
ないものねだりをしても仕方ないので、今度は別の内容を黒鴉に訊ねた。
「ギース第一皇子の特徴を教えてくれ」
「わかりました」
黒鴉はギース第一皇子の特徴を事細かく教えてくれた。仲介人のクレイル司教だけでなく、しっかりとギース第一皇子の顔まで把握しているようだ。えらいえらい。
聞きたい事は全部聞けたので満足だ。
このように催眠魔法は相手の行動を自由に支配できる危険な術だ。
師匠からも警告され、特別な場合を除いて使用を固く禁じられている。
だけど、大切な友達の人生を守るために使用した。今回ばかりは師匠も許してくれるだろう。
その後、黒鴉を《スリープ》によって眠らせてその場をあとにした。
バイバイ桜花。
もう二度と会う事はないと思うけど達者でな。
来世では犯罪に手を染めるなよ。
眠っている黒鴉に今生の別れを告げて、俺はその場をあとにした。
屋敷に帰宅後、俺はティルルさんに呼び出された。
応接室にはイゾルテさんがいて、とても深刻な表情をしている。
俺がいない間になにかあったのだろうか。
ティルルさんは顎を引いて、いま到着した俺にもわかるように、丁寧に説明を始めた。
どうやら女王陛下宛てに神聖ローランド教国から脅迫状が送られたようだ。
アイリスの身柄を拘束し、三日以内に神聖ローランド教国に引き渡さなければ、女王陛下をエメロード教から破門し、さらにメルゼリア王国に対して戦争を仕掛けるとの内容だ。
ブックマークと星5お願いします!
皆さまからの応援は執筆の励みになります。
魔法が複雑なので補足。
魔法の難易度:マスター級>最上級>上級>中級>初級
催眠:使用者は少なく、相手を操る事ができる禁術。マスター級魔法です。
睡眠:相手を眠らせる魔法。ロイドの得意魔法の一つ。初級魔法です。
強睡眠:相手を長時間眠らせる魔法。メガ系は上級魔法です。
永久睡眠:相手を永久に眠らせる魔法。フル系はマスター級魔法です。




