慶群帰還
「何やってんだよ、食べなよ。それとも、お口に合わないって?」
龍玉が、時が止まっているような聖智にからかい気味に言う。言われて聖智は首を横に振った。
「天頭山の信徒らのことを考えている。貧しく暮らしが苦しい者も多い。それに私は罪を犯した。そんな私がこんな贅沢をしてよいのかと、考えてしまってな」
「ははあ」
龍玉は聖智のことをよく知らないゆえに、ぽかんとしてしまった。なかなか殊勝なことだと。
「いただいてください!」
貴志だった。
「過去は過去です。大事なのはこれからなんです。信徒の皆さんとの再会を願うならこそ、お腹いっぱい食べて、身体を大事にしてください」
「……」
聖智は黙り込んだ。しかし、その目から涙が溢れた。今まで堪えていたが、もう堪え切れなかった。
「こんな気持ちは、生まれて初めてだ」
ぽそっとつぶやいた。
思えば、幸せを感じたことがない人生だった。幸せを追い求めるなど、考えもしなかった。古代の国、耶羅の王族の末裔として故国復興という使命に生きた。が、使命などと言いつつ、実際にはどれだけの罪を犯してしまったのか。人も多く死なせてしまった(第118部)。
それが、今は、どうだ。
幸せを感じて止まなかった。が、生まれて初めて感じることなので、対処に困った。
「おめーも、オレと同じ人間なんだな」
源龍は聖智の様子を見て再度それを呟き、羅彩女も頷く。源龍も羅彩女も、きれいとは言いがたい人生だった。だから、聖智のことを責める気にはなれなかった。
「いいじゃねーか。食いたきゃ食う、寝たきゃ寝るでよ」
人を何だと思っているんだと、誤解を招きそうな言い方だが、源龍は平然と言い放った。それもやはり源龍ゆえである。
「……。いただきます」
こぼれる涙をぬぐうのも忘れて、聖智は箸を取り、やっと海鮮チゲを食べるようになった。
(これが幸せと言うものか)
食べ物をお腹いっぱい食べられるのも幸せだが。それも、人と人とのつながりがあってこそ。一緒にいる者たちの、なんと邪気のない事だろうか。
どうして元煥が出家を許さず、俗世で教主として生きよと厳しく言ったのか。少しだが分かった気もした。もしあのまま出家ができても、何もわからぬままに経を唱えるだけで、自分の心を誤魔化していたかもしれない。
「この人はねえ、天頭山で初めて会った時に、僕が虐待されてないか心配してくれたんだよねえ」
と、コヒョも再度触れて言う。
「ちょっとお、なんかあたしらがあんたを虐待してるみたいじゃないのよ」
「……。ふっ。そんなこともあったな」




