慶群帰還
黒と赤の星龍は、身が縮まって、貴志の持つ青銅鏡の中に飛び込んで、入ったではないか。
それから、青銅鏡から、打龍鞭と赤い軟鞭が、ぽんと飛び出て。それぞれ持ち主の手に返った。
他の面々は、ぽかんとその様子を見守るしかなかったが。
「ふっ」
雄王は頬を緩め、笑みを漏らした。あれだけ鋼鉄の激突が激しかったにもかかわらず。終わってみればなんと呆気ないものだろうか。
「あー、なんかむかつく、あいつら逃がしてよ」
「ほんと、今度こそとっちめてやろうと思っていたのに」
他の面々など目に入らないのか、空の彼方を見据えてそんなことを言い合う源龍と羅彩女。これに瞬志が黙っているわけもなく。
「これ、王様の御前だぞ!」
と、ふたりを叱りつける。
「ん、ああ」
「どうも」
ふたりは雄王に対し軽く会釈をするだけだった。さりげなく香澄が間に入っていた。貴志もやや遅れて間に入った。苦笑しながら。
「よい。礼は無理強いするものではない」
雄王は言う。確かにこのふたりは育ちはよくないが。
「敵意はない。それで十分ではないか」
その言葉に太定に瞬志、志明は呆気に取らされた。しかしかえって、
「おっ。王様、話が分かるじゃねえか」
「そう言ってわかってくれるのは、嬉しいねえ」
などと、態度が急に改まって、ふたりは改めてきちんとした会釈をした。これには瞬志らも驚かされた。
(人に頭を下げない源龍と羅彩女さんが……)
さり気なさそうに見えて、実はとんでもないことだと貴志もおおいに驚いた。
(これが徳というものか)
全ての者に通用するわけではないだろうが、敵意がないだけでも十分と言う雄王の言葉に、源龍と羅彩女は感心した。
亀甲船は進む。陸も近く、他に見える船も多くなる。
「しかし疲れたな」
雄王は志明を見据える。
「悪いがそなたの世話になるぞ」
慶群は志明が代官として派遣されている土地である。志明もそのつもりだったが、そう言われると改めて気が引き締まる思いだった。
「また海鮮チゲ食わせてくれよ」
「うんうん、マッコリも飲みたいねえ」
などと源龍と羅彩女は呑気な態度を見せる。
「そうだな、僕はカルグクスが食べたい……」
カルグクスとは麺料理のことで、貴志はそれが好物だった。
「お前たち、人の苦労も知らないで」
「はははッ!」
志明が苦笑すると、瞬志が突然高笑いした。あの、源龍が堅物野郎と言う男が。
「お前たち、面白いな」
真面目一徹で感情をあらわにすることのない者だったが。
「なるほど、こうして仲間たちと旅をするのは、楽しいな」
楽しい!? 瞬志がその言葉を口にするのは珍しいことだ。




