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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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幻界入侵

「……」

 舟が動いた感じはしなかったが。呆気に取られて、夜の闇に溶け込み見えない向こうの岸部を、恨めしく睨んだ。

「あの……」

 心配そうに虎碧は声をかける。

「外は寒いですし」

「……」

 虎碧の呼びかけに聖智は無反応。

 がくんッ。

 突然船が揺れ。虎碧と聖智、コヒョは思わずよろける。

 びゅう、と強い風が吹く。

 夜空はにくたらしいほど三日月と星々が煌めいている。

 体勢を立て直し、片膝ついて踏ん張る。なんだなんだと龍玉が小屋から飛び出しさまによろけ、片膝を着く。

 ぞっ、と聖智の背筋に悪寒が走る。

「邪気がする。とても強い」

 風に煽られて舟が揺れる。天湖の水面も揺れ、波が立つ。

「皆さん、得物を構えて!」

 コヒョが叫ぶ。しかしびゅうびゅうと唸る風の音でよく聞き取れない。特に離れている龍玉は、やむなく聞き返す。

「得物を、青龍剣を構えて!」

 それでもよく聞こえないが、必死に声を張り上げたので、虎碧と聖智には聞こえたので。虎碧が代わって、

「龍お姉さん、剣を構えて!」

 と、龍玉に伝えながら、言われる通り赤虎剣を抜き、聖智も腰に巻く軟鞭を解いた。

 やっとのことで聞こえて、龍玉は咄嗟に青龍剣を抜き、構えるが。ひどく舟は揺れるため、片膝を着いてである。鞘を舟の床に置き。左手は床につけ。右手で得物を構える。

 風は益々強くなる。舟もひどく傾き出し。下手をしたら、舟から放り投げられるか、舟が転覆しかねなかった。

「皆さんを僕の力で飛ばします。心の支度をして!」

 虎碧は聞いて、そうかと得心する。馬鹿正直に舟にしがみつかず、コヒョの力で飛ばしてもらい、岸に行けばよいのではないか。しかし聖智にな、なんのことかわからない。

 かろうじて聞こえた龍玉も、心得たと頷けば。

「えいッ!」

 合掌して、声を張り上げ強く念じれば。龍玉と虎碧、聖智の身体がふわりと浮いた。同時にコヒョも浮く。

「これは!」 

 聖智はただただ驚くばかり。

「この子は、そういうことが出来るんです」

「この少年も人外の妖なのか!」

「そうっちゃそうなんだけど、僕を信じて!」

コヒョは必死に訴える。その形相を見据えれば、嘘ではなさそうな感じはするが。どこまで信じてよいのかわからぬのは、仕方ない。

 風は強く吹く。コヒョは空中で合掌し、なにやらむにゃむにゃと必死に唱え。四人は風に耐えながら宙に浮き。陸地を目指して飛ぶ。

「北斗七星が」

 夜空の星々は、下界のようすなどおかまいなさそうに煌めいているが。特に北斗七星のまたたきの強さは、印象的だった。

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