幻界入侵
足には確かな岩盤の地面の感触。自分たちは確かに地を踏んで、そこはかと安堵する。
「ヌグニャ(누구냐 = 誰だ)!」
突然の鋭い声。
「女!?」
龍玉は素っ頓狂な声をあげつつ、九つの尾を咄嗟に隠しながら青龍剣を構える。虎碧も同じく赤虎剣を構え。
コヒョはふたりの後ろに隠れた。
うっすらと、人影が見える。龍玉と虎碧は人影と対峙する。
しかし、姿はよく見えないながら、人影はひとりだけのようだ。それも、声の感じからして女のようだ。
なるほど人影の形は細い。しなやかそうに見える。雲が三日月を隠しているが、風に流されてどこかへとゆき、月光がほのかながら地上を照らし。ようやく相手の顔貌が見えた。
細面で髪が長い。その目は鋭くこちらを見据えている。警戒はしているが、恐怖はなさそうで。気迫すら感じ。
さながら鬼女のようである。
と思えば、ひゅっ、と風を切る音がする。服の腰帯を解いたと思えば、それは十本ほどの短い棒を鎖でつないだ、軟鞭という武器であることがわかった。
それが振りかざされて、まるで蛇のようにうねり、いつでもこちらに飛びかかってきそうだった。
ひとうねりするたびに、ひゅっ、ひゅっ、と風を切る音も唸り。やがてゆっくりと着地した。が、その手の動き次第ですぐにこちらに飛びかかってきそうだった。
コヒョは「ひゃあ」と声を上げ、ふたりの後ろでかがみこんでしまった。
服装といえば、白羅の、というより暁星っぽいが。腰から下の着物の膨らみ具合は、チマっぽい。
なにより、言葉。発音からして半島のようだが。
「あ、アンニョンハセヨ(안녕하세요 = こんばんは)……」
虎碧はまさかと思いつつ、半島の言葉で挨拶をしてみた。すると、不思議なことに何かが入り込む感触がし。
「ふざけるな!」
あきらかに半島らしい言葉を発音しながらも、その意味が理解できる。そういえば、世界樹の思し召しのおかげか、言葉に不自由することはなかったではないか。
龍玉も、半島の言葉はあまりわからないながら、不自由なく会話できる。
白羅で、光善女王を捜索する際、会話は物覚えのよい虎碧に頼りっぱなしであったのを思い出し。心の中で密かに改めて自らを恥じて、虎碧に感謝をする。
そう、虎碧はよく半島の言葉を学んでいるので、世界樹のお節介がなくてもいくらか会話ができた。それでも、やはりお節介してくれたらありがたいものだった。
ともあれ、やはりここは天頭山の頂上の天湖なのか。相手は何者なのか。
「あんたこそ誰だよ!」




