幻界入侵
それだけではない。やはり然るべき家柄の出でもある。衛兵のひとりは、貴志の母である文星連の実家、文家の出である。青い珠の七星剣はその彼が持っている。
「王様、お気持ちだけを」
咄嗟に香澄と貴志は跪き、遠慮をする。しかし雄王は頑なだった。
「予がよいというのだ」
「しかし」
「聞かぬ!」
雄王は裂帛の気迫を込めた声を香澄と貴志にぶつけた。ぶつけられて、全身はおろか心胆までもが痺れたようであった。
「お考えがあってのことであろう。王様の言う通りにしなさい」
父の太定もそう言う。貴志は困ったような顔をして香澄を見て、香澄は微笑みを貴志に向ける。
「王様の仰せのままに」
跪きながら香澄と貴志は深く頭をたれれば。衛兵がやってきて剣を差し出し、それを受け取り。右手で逆手に持つ。
「王様の身辺警護ならば、無手も心得がございますのに」
香澄は微笑み、諧謔を込めたことを言う。
珠と同じ紫のチマチョゴリを身にまとう香澄は自然体で、王宮に仕える位の高い官女であるといっても違和感はなかった。
剣を受け渡しする衛兵は、香澄の可憐さに見惚れ、一瞬の間だけ呆けてしまった有様だった。
「無手では間に合わぬから、七星剣なのであろう」
「……。はい」
香澄は静かに返事をする。貴志も同じく「はい」と言い。剣を椅子に立てかけ、椅子に着く。
やがて官女の手によって食事が運ばれてくる。
王族の食事は十二楪飯床というご膳が用意された。楪とは食事を乗せる皿の事で、十二品のおかずが用意された。
その十二品は採れたての旬の食材が用いられた。
もちろん酒もある。
リオンの顔が、ぱっと輝く。
「ぼうや、お腹が空いたでしょう。無礼講です、存分にお食べなさい」
安陽女王がリオンに微笑んで言う。
「はい、いただきまーす」
リオンは嬉しそうに、いっぱいの笑顔で箸を握り、食事を口に運ぶ。雄王と安陽女王はそれを優しげに見つめる。
王と女王との食事に同席させてもらうなら、王と女王がまず食事を食し、それから臣下の面々という順序なのだが。安陽女王が言う通り無礼講である。リオンは素直に空腹を満たそうとする。
「では、我らも」
王と女王も思い思いに楪(皿)に箸を伸ばす。
貴志は思ったよりも自由な雰囲気に驚きつつ、緊張もほぐれてゆく。マリーもほっとした表情を見せ、貴志に微笑めば。貴志も満面の笑みで微笑んだ。
かたり。
と、音がして、椅子に立てかけていた青い珠の七星剣が倒れた。
「おやおや」
貴志は苦笑し、剣を手に取り。再び椅子に立てかけた。




