幻在相交
じたばたしていたのが、いつしか力なくだらんと垂れ下がるばかり。かと思えば、みるみるうちに縮んでゆき、なんと掴まれる手に吸い込まれるかのように消えていったではないか。これは一体どんなからくりがあってのことか。
「ふん、爺ぃじゃ物足りないが、まあいい」
「そんなの設定にないぞ!」
貴志は目を丸くして驚く。自分の考えた小説の登場人物が、自らの意志を持ち、設定にない事までする。作者として、ただただ驚き唖然とするばかり。
そうかと思えば、なんと、刹嬉の脇から新たな腕が生えて。さらに横顔にまた顔が浮かんだ。顔は三つとも刹嬉の顔であったが。さながら阿修羅である。
虎碧は母を案じながら、警戒を怠らない。リオンと貴志はそばについている。
「なんだいこれは」
真下の羅彩女は身動きもままならない。それだけ驚愕の淵に落とされているということだった。
「刹嬉の阿修羅!?」
リオンは咄嗟に叫んで、それを聞いた志明と元煥は怪訝な顔をし、リオンに訊ねる。
「刹嬉だと? あの胤の刹嬉か」
「う、うん」
「なぜ刹嬉が。鋳王とともに名君夫妻とされていたのに」
「まあ、色々と……」
リオンもどう説明すればよいのかわからず、苦笑しながら誤魔化すしかなかった。それから志明の視線は貴志を捕らえた。
「貴志!」
と問いかけようとした時。阿修羅と化した刹嬉は、
「まずお前から!」
急降下し、真下の羅彩女に襲い掛かった。しかし、着地した時にはその姿はなかった。
咄嗟に龍玉が駆けて、羅彩女を抱えてどかし。さらに、着地した阿修羅刹嬉に向け、ぶうんと唸りを上げて打龍鞭が襲い来る。
「面倒をおかけでないよ!」
「うるさい、恩に着ないよ!」
「勝手にしな!」
言い合いながらそれぞれ得物を構えて、源龍と阿修羅刹嬉が渡り合うのを眺める。その一方で、香澄と穆蘭は長い睨み合いである。寸とも動かぬ。
「ううむ」
志明はあまりのことに言葉もなく、貴志に問い駆けることもできなかった。
「これは、お前と関係があることなのか」
と、問い駆けたかったが。もうそれどころではない。
貴志は、戦いは源龍に任せて。マリーと虎碧の母子のそばに、リオンとともにいてやっていた。
香澄と穆蘭は動かぬが。源龍と阿修羅刹嬉の戦いは、激しさを増した。風を切る打龍鞭は唸り、上下左右、四方八方から襲い掛かるが。相手もさるもの、身軽にひょいひょいとかわし、時には六本の腕で払う。
「なんてひでえ面しやがる!」
邪悪でも端麗たった刹嬉の顔は、目尻がつり上がり。唇が開けば中から牙が覗く有様であり。向こうの世界での孫威であったころの穏やかさなど、微塵もなくなっていた。




