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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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打敗女王

「孫威でございます」

 早い。なかなかに早い。宮仕えで忙しいだろうと思っていたが、客人を待たせずすぐ来るとは。

「どうぞ」

 と言えば。白面の、女と見紛うばかりの優男が姿を現し。部屋に入り扉を閉め、軽やかな所作で包拳礼をする。

「私の知り合いだそうですが、申し訳ありませぬが、あなた方の事は覚えておらず。どこでお会いしたでしょうか」

 案の定、見知らぬ者が知り合いと言って王宮に来たのだから、戸惑いは隠せなかった。それも、没有幇と結んでいたのである。心配は尚更だろう。

(それにしても)

 聞けば白羅と内陸の者に、遥か西方の者らしき金髪碧眼の女、褐色の肌の少年と。この組み合わせはどうであろう。

 逆に貴志らは、女と見紛いそうな孫威の美貌に息を呑んだ。宦官であるから、男の象徴はないのだが。それでも、男のままでもその美貌は保たれていそうである。

 その風貌に驚くのを止め、四人立ち上がって、笑顔を作って、慇懃に礼をし。貴志は前に進み出て、

「まずはこれを」

 と、詩を書いた紙を渡す。

 渡された紙の詩を詠んで、孫威の眉が動いた。思わず出そうになった声を、喉元で押し留める。

 左手で紙を持ち、右手の人差し指で字を指差す。その指差す字は、


 没

 有

 幇

 危

 機


 であった。

 四行の詩のそれぞれの行の初めは、没有幇危で、危の下にそのまま機があり。没有幇危機と読める。

 万一人に見つかった場合のために、隠し文の即興の詩を書いた。孫威なら気付いてくれるだろうと信じて。孫威のみならず、文章を嗜んだ者にはおなじみのやり方ではあるが。

 ともあれ、孫威は貴志らが没有幇と繋がる者であると知り、安堵し、顔の表情はややほころんだ。

「お久しぶりでございます。顔を忘れて申し訳ありませぬ」

「いえいえ、こちらこそ、こんな時に」

 白々しいと思いつつ、両者旧知の演技をする。

(壁に耳あり窓に目あり)

 貴志は全身を針で突っつかれるような緊張感だった。

 香澄にリオン、マリーも自己紹介をして。孫威は慇懃にお辞儀をする。

 円卓に戻り、紙を裏返し。魯真ろしんと書いた。没有幇の魯真なる者が孫威との連絡役をしているはずだが。

 しかし孫威は首を横に振る。今日は見ていませんと言う。

 誰に聞かれているかわからぬ。なるだけ危うい会話は声に出さぬ方がよいであろう。そのため、筆談にせざるを得ない。

 孫威はもう一つの筆を取り、孫威は警備兵になっていると書いた。それに対し、楊勝なる者のような? と書けば。そうです、と書き返す。

(楊勝を知っているのか)

 王宮は広く宮仕えの者も多く、皆が皆知り合いというわけでもないが。孫威は楊勝を知っているようだ。

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