打敗女王
宿の者は馬豪の紹介だと言えば愛想もよくしてくれ、ただでこの部屋に泊めてくれるという。ありがたいことである。
「ねえねえ、没有幇ってなに?」
とリオンが訊ねるので、貴志は答える。
「書こうと思っていた小説に出る組織だよ。家なき人や日陰の貧者ばかりで構成された」
「貧しい人たちばかりで作った組織なんて、珍しいことを考えるわね」
マリーはその発想に驚きを示したが、貴志は首を横に振る。
「どうにもならない事情で貧しくなる人がいる中で、自らの意志で貧しくなる人もいるからね」
「自由の究極は、持たざること」
香澄がぽそっとつぶやき、貴志は笑顔で頷く。
「そう、自由の究極は何も持たないこと」
「まあ」
「ひえ~」
マリーとリオンは思わず変な声が出る。理にかなっているような気もするが納得できないので、思わず呆気に取られる。
「それなりに教養も志もあり。ひとたび国難とあらばそんな究極の自由の者たち同士力を合わせて、義勇軍を結成して、国のため人民のために戦うこともあるんだ」
「自由を求めて何もかも捨てて持たざる者になったのに。国のため人民のために戦うなんて、ちょっと矛盾してるね」
「せっかく自由になったのに」
「心まで捨てたわけじゃない、ってことかな。まあ何もかも捨てて、亡国の危機が迫ったら逃げる人も多いけどね」
「人間ってわかんないねえ」
「でもそうだからこそ人間なのね」
リオンとマリーは頷き合って人間の不思議さを思った。ふと、貴志はこの世界について話し合っていないことに気付き。整合のために皆とこの世界について話し合った。
「あの馬豪さんたち没有幇は、悪い女王の刹嬉を倒すために作られた組織ってことなんだね」
「そうだね。穆蘭や四頭山派と共闘して、刹嬉と戦うんだ」
「でも四頭山派はなくて穆蘭だけで」
「没有幇の人たちはいたけれど、私たちはなんだか怪しまれているようね」
「まあ合言葉を外部者が知ってたらねえ」
その時、リオンの腹が、ぐう、と鳴った。この世界に来てから、食事をしていないことに気付いた。喉も乾く。
さすがに初めての世界に来た緊張感で喉の渇きや空腹を誤魔化すことは出来ない段階まで来た。
そこで、没有幇に面倒を見てもらおうと考えたが。
「食事を頼もうか」
「大丈夫?」
リオンは、また食事に毒を盛られるんじゃないかと心配する。
「大丈夫だよ。馬豪は相手がどんな悪者でも、卑怯な手を使うのを嫌うんだ」
「それなら大丈夫ね」
馬豪の紹介してくれた宿である。味はともかく、毒を盛られる心配はないようで、マリーも安堵の表情を見せる。




