打敗女王
「それにしても、穆蘭はどうしているんだろう」
「気になる?」
香澄がいたずらっぽく問う。
「うん、まあ」
貴志は小説の筋書きを思い出す。打敗女王の作中にはもちろん胤の都、大胤城が出てくる。穆蘭はそこで宮中に忍び込み、悪の権化で武芸も達者な刹嬉と渡り合うのだ。
「いやいや、それより」
貴志は香澄を見据えて言う。
「もとの世界には帰れないのかい?」
至極当然な問いかけだった。馬鹿正直にこの世界に付き合ってやる義理はないのだ。帰れるなら帰りたいと思うのも当然の話だった。
しかし、無常にも。
「ごめんなさい、わからないわ」
と返ってくる、さらに、
「すべては世界樹の思いのままに」
と、締めくくられる。
「世界樹次第か」
思わず貴志は天を見上げた。
五重六重の塔が建ち並んでいる、そのさらに上に青い空が広がっている。
貴志は観念したように下を向き、ふう、と大きく息を吐き出す。
その間にもこの大通りにはたくさんの人々が行き交う。しかし貴志らを気に留める者はおらず。
人に囲まれながら孤独を感じるのであった。
「仕方がない。行こう」
貴志は歩き出す。三人それに着いてゆく。
「行く当てはあるの?」
「ここが僕の小説の世界だってことは、知ってるんじゃないのかい?」
リオンの問いに対して貴志は苦笑まじりに応える。
「じゃあ心配ないね」
リオンはいたずらっぽく舌を出し笑顔を見せる。
貴志の頭の中にはこの大胤城の地理が描かれており、しばらくゆけば大通りから薄暗い裏通りに入った。
道幅は狭い。人も一気に少なくなる。少ないとはいえいなくなるわけではない。少ないながら人は見かけるが、雰囲気は一変して、柄が悪い、怪しい者たちがこちらをぎょろりとした目つきでねめつける。
そんな人たちの中で、隅っこでしゃがみこんでいるひとりの老人に目をつける。もはや服と呼ぶには難しいぼろをまとい、見るからにみすぼらしい。
「あの家なき人かな」
そう言いながら、こんにちはと声をかける。
老人は顔を上げ貴志を見上げる。
「おめぐみを」
「あいにくと持ち合わせがなくて」
「それなら、着ている服をください」
なんともがめついところを見せる老人であるが、貴志はうんと頷く。
「人目がありますから、どこか隠れられるところで。小鳥も隠れられるような」
「……」
ぎろり、と。それまでくすんでいたような家なき人の老人の目に光が宿る。
「こちらへ」
しゃがみこんでいたのが、立ち上がって。貴志らを案内する。背中はまるくよたよたと、見ていて心許ない。が、貴志はしめたと内心で頷いていた。




