打敗女王
四人は再び歩き出した。止まっていることはできなかった。
ふと、ふところを探れば。筆の天下はちゃんとある。寝台に横たわるとき、天下は備え付けの机の上に置いていたが。
この世界に飛ばされて、寝間着から着替えさせられて、筆の天下もある。変なところで尽くされているものだ。
この筆で今度は何を書かされることだろう。
ふと、筆の天下を取り出した。他の三人はどうするんだろうと眺めている。
筆の天下を満月向けて掲げてみれば。にわかに筆先は光り出す。
なんとなく、虚空に大きく円を書いてみれば。月光を筆先は吸い込んだのか、光の輪が描き上げられたではないか。
「これは」
描いた貴志自身が一番びっくりしている。それに対して香澄は、
「この輪の中に入ってみましょう」
と言うや、軽やかに跳躍して光りの輪の中に飛び込んだ。
「香澄ちゃん!」
なんと香澄の身は光の輪の中に吸い込まれて、消えてなくなってしまった。輪の中の向こうに、ここから通じる世界があるというのか。
「ええい、ままよ!」
残る三人も、意を決して思い切って輪の中に飛び込んでみた。
光に包まれて何も見えない。眩しくて目を閉じる。しかし身体は宙に浮いたかのようにふわふわする。
と思うや、足が地面に着いた。足元を確認し、地面を踏みしめ目を開ければ。
「ここは……」
そばには香澄もいて四人そろっている。
貴志は周囲を見回す。
暗い夜道から打って変わって、自分たちは賑やかな市街地にいた。
大都市を思わせる背の高い建物が軒を連ねれ、大通りも整備されて多くの人々が行き交っている。
「ひゃあ、こりゃすごいねえ」
リオンは思わず感心する。マリーも目を丸くして周囲を見回していた。香澄は相変わらず落ち着いている。
ふと筆の天下を手に持ったままなのに気付いて、それをじっとよく見たが。何の変哲もないただの筆である。
不思議な気持ちに駆られながら懐に納める。
「ここは胤の都、大胤城よ」
「な、なんだってー!」
香澄はぽそりとつぶやくように言うが、貴志らの驚きは尋常ではない。あの四頭山のふもとの集落から一気にこの胤の都である大胤城に飛ばされるように来たのである。
「世界樹もなんか一気にはしょったねえ」
「私たちがぼやぼやして、都にいつ着くかわからないと思ったのかしら?」
リオンとマリーは顔を見合わせて苦笑する。
まあしかし、だからと言って助かったという保証はない。まず宿でもと思うものの、金がない。
幸いなのは都だけあり、様々な姿かたちのひとびとがいて、百花繚乱の体をなし。香澄とマリーは暁星のチマ・チョゴリ姿だが、浮いた感じはないのがせめてもの救いだった。




