打敗女王
視線の向こう、二番目に高い東山の頂上に女性の姿が見える。その女性はこちらを見据えて、なんと、跳躍するではないか。
遠く離れて人の力で飛び移るなど出来そうにもないのに、その女性は軽々と跳躍しこちらに迫ってくる。
その顔を見て、貴志は「あっ」と驚き。
「穆蘭!」
と、その名を呼んだ。
その次の瞬間には南山に降り立ち、貴志を見つめ、他の面々には鋭い視線をくれる。
「これは……」
貴志はあっけにとられる。
自分たちは慶群の庁舎の時の服装のままなのだが、穆蘭の服装やその顔立ち、姿そのものは辰の服の香澄のそれと同じだった。まさに生き写し。
香澄がチマ・チョゴリでなく辰の紫の衣をまとっていれば、見分けがつかなかったところだ。
貴志は混乱しそうなのをかろうじて抑えた。しかし変に呼吸が深くなるのは禁じ得なかった。
ふいに、耳をつんざく猛禽類の鳴き声らしきものが聞こえる。見上げれば、黄金の翼に、豪奢な尾羽を閃かせて空を舞う大きな鳥、鳳凰。
あの、天下か、と身構える。鳳凰は空高く輝く太陽を背にすれば、降り注ぐ陽光は途切れて陰になる。と思うや、きらりと光るものが鳳凰の腹から落ちてくる。
香澄と穆蘭は素早く跳躍し、その落ちてくるものを掴んで着地。それは剣であった。ふたりともに剣を抜き放てば、剣身に紫の七つの珠が北斗七星の配列で埋め込まれている。
七星剣だ。
うりふたつの少女に、ふた振りの七星剣。
ふたりは剣をじっくり見据えると、穆蘭は鞘に納めて腰帯に差し、香澄は鞘に納めて手に持つまま。
ここまでの間、マリーとリオンは落ち着いたものだった。が、この時とばかりにリオンはふたりに声をかける。
「ねえ、山から下りないの?」
その時、はっと気付いたように穆蘭は口を開く。
「お兄さま、下りましょう。この山には何もありませんわ」
「う、うん……」
何を思ったのか穆蘭は貴志をお兄さまと呼ぶ。自作小説の登場人物にそんな呼ばれ方をして、照れくさいと思うより摩訶不思議な気持ちにさせられる。なぜ彼女はそんな、お兄さまなどと。
鳳凰は空を漂っているが、ふた振りの剣をふたりが手にしたのを見届けると。彼方へと飛び去って行ってしまった。
耳に突き刺さりそうな雄たけびを上げて。
しかし下山したとて、そこでどうなるのだろうか。鋼鉄姑娘の設定は各地に新興国が興り鎬を削る戦国時代なのだ。
その新興国らのひとつ、北娯が主な舞台であり。侠客と協力して悪い皇帝を退治して世直しをするのだ。
(その世直しもひどいものにされてしまったなあ)




