鋼鉄姑娘
打龍鞭は唸りを上げて、襲い来る屍魔を薙ぎ払った。
「ああ、源龍はちゃんと周りを見てたんだ」
リオンは安堵し感心する。地上の有様に心を奪われ、近くに高い建物があったことは見えてはいたが意識の外だった。
とは言え、しかし……。
「僕の小説を散々素人臭いとか言っておきながら、自分が鋼鉄姑娘になったかのように突っ込んでいくなんて。源龍も素人臭いことをするなあ」
と、貴志は眉をひそめて言う。
「まあ、人間なんてそんなもの、と言えばそれまでだけどさ」
この騒乱の中、源龍は黒い旋風を巻き起こさんがばかりに打龍鞭を振るう。ただそればかりではない。屍魔に襲われる人をかばいながらである。ある母と子が、逃げるさなかに転倒し、もはやこれまでか、というところ。
襲い来る屍魔を背後から薙ぎ払った。
それから、あるところを指差す。そこは人が寄り集まって、得物を手に屍魔と対峙していた。
あそこに逃げれば助かるかもしれなかった。
助けられた母子は慌てて礼を述べながら、その集まりに駆け込み。中に入れてもらってかばってもらった。
それを見てほっとする貴志の頬を風がなでる。
「あたしも行くよ!」
すぐ横で羅彩女も源龍と同じように船縁を飛び越え、建物の屋根の上に落下し、
「仕方がないねえ」
と、龍玉も同じように落下した。その直前、
「あんたはマリーとリオンをお願い!」
と、貴志に言い。虎碧も龍玉とともに地上まで下りた。
貴志はそう言われて、船にマリーとリオンとともに残り。船縁越しに地上の様子を見守った。
マリーとリオンは見ていられないと、目をそらし、船縁から離れた。
それに気を配りつつ、
(戦い慣れた彼らなら、無理はせずに危なくなれば引き返すだろう)
と戦況を見守るものの、さて源龍はどうか。
地上に下りた四人は得物を振るい、襲い来る屍魔を薙ぎ払い。あるいは頭部を叩き割り、跳ねた。
(しかし阿碧(虎碧ちゃん)は、肝が据わっているなあ)
まだあどけなさの残る少女ながら、屍魔と対峙しこれと勇敢に戦っている。龍玉の薫陶よろしきを得てのことだろうが、感心させられたものだった。
太陽はみるみるうちに落ち、代わって夜闇が辺りを覆い出し、視界も狭まってゆく。
(こんな時に、天下は現れそうだな)
時空を超越し、溢れる野心の臭いを嗅ぎ取って現れ、人を食う。人食い鳳凰の天下。
貴志は冷ややかなものを全身で感じた。
(天下は滅びぬ。古今の人が求めるかぎり、いずこの時や地にも現れる)
もし北娯維新軍が源龍の言う通りなら、それこそ天下の好物であり。この場に現れれば、たちまちのうちに食い殺されてしまうだろう。




