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幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
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担々麺屋

「あう」

 と貴志はだらしない声を出してしまったが。

「担々麺の行商をしている男女をですね」

 と、変なしぶとさを見せ、帰ろうとしない。

「ああ、あの担々麺屋の娘っこかい。あの子は身持ちがかたいから、やめな」

「いえいえ、そうではなく。男の方もふくめて、友人になってほしくて」

「はあ、あんた両刀かい?」

 両刀とは異性と同性ともにいけることを指す比喩の言葉だ。娼婦はあの担々麺屋の男と女の両方に気があるのかと、呆れと驚きの混ざったまなざしで貴志をながめた。

 ここは市井の最下層の人々の住む地区で、ぼろ屋が軒を連ねて、狭い道も入り組み。そのせいか昼でもどこか暗い印象を覚えるが。なにより人々の顔つきや目つきは、どこか地の底にいるような暗さを湛えていた。

 娼婦もここの住人で、我が身を売り物にして生きていた。恥を忍んで、生きることに精いっぱいの、最下層の女であった。

「あんた、見たところいいところのおぼっちゃまのようだけど」

「ああ、僕はですね」

 言おうとすると、咄嗟に口をふさいで黙らせる。

「ああ、もう。仕方ない、話を聞いてあげるから、あたしんちに来な!」

 娼婦は貴志の腕を引いて、路地裏のぼろ屋のひとつに入った。

 寝台のある部屋の中はきれいに掃除されて整えられているが、どこか変な湿っぽさは否めなかった。女はこの部屋に客を連れ込み、商売をしているのだろう。

「ふう。もう、世間知らずのおぼっちゃまは疲れるわ」

 言いながら、貴志に座るよううながし。屋内用の小型水瓶から椀で水をすくい、きょとんと座る貴志の前に「どうぞ」と置いた。

「はあ、すいません……」

 貴志は礼を言いつつも、水をすぐに飲もうとしない。

(そこらへんは用心するんだね)

 身分卑しからぬ貴人となれば、その身分ゆえに命を狙われる。ゆえに、差し出されたものに簡単に手を出さぬよう教育を受けているものだった。

 娼婦はまず自分が水を口に含んで、大丈夫なことを見せる。しかし商売柄か、口の動きや水を含んだ後舌で唇をなぞる仕草は、妙に艶っぽく。さすがに貴志もどきりとするものを禁じ得なかった。

「いいかい、ここまでしてくれる優しい人は、めったにいないよ。他の奴だったら、身ぐるみはがされるよ。ここはそういうところさ」

 今は服もきちんと着て胸の谷間も隠している。貴志を見つめるまなざしは強めで、その気丈な、今の振る舞いの方が貴志には魅力的に思えた。

(こんな人がなぜ貧民窟で娼婦を)

 世間知らずな貴志でも、彼女が根っからの貧民でないと察した。

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