回到未来
「褒美とは思えねえな……」
源龍は自分で自分に呆れるような気持でもあった。とにかく暇で仕方がない。暇のせいで、変に身体がうずき、血が暇を拒絶し熱をくわえよと命じてくる。とにかくじっとしていられず、何もせず動かないことを強いられるのが拷問のような苦痛だった。
「食ってくために武術を身に着け、傭兵になってあちこちで戦って。そん時は、のんびり暮らしてえとか考えたが。いざ暇になってみりゃ、この有様だ」
「……」
貴志は静かに聞くのみ。源龍の人生を考えれば、無理もない話だった。
外の羅彩女といえば。庵の周辺を離れない程度にほっつき歩く。
(あ、そういえば、鬼が出ない)
鬼を呼び寄せる体質にされたのだが、白羅に行かされた時は自在に操れるようにしてもらえた。で、今は、鬼は出ない。試しに出そうと思ったが、出ない。
特性が変えられたのだろうか?
ともあれ、寺は山の上、自分も山の上。山並みが視界に広がり、山と山を縫うようにして川が流れる。鳥が空を泳ぐようにして飛ぶのも見られた。
都市部の貧民窟でくすぶっていた羅彩女には、このような自然風景をじっくり目にするのは初めてのことだったし。それだけに新鮮味も覚えた。
「暇も、悪くないねえ」
ぽそりとつぶやいた。
庵から少し離れたところに、長椅子があり。羅彩女はそれに腰掛け、青空を流れる雲を見送りながら。この、ゆったりとした今に身を委ねていた。
源龍といえば、貴志の持つ筆、天下を貸してもらい。まじまじと見入っていた。
得物なしで現在に帰されて、しかし貴志には天下があり。これは何を意味するのであろうか。
「ただの筆だな」
「でも、不思議な筆だよ」
源龍は適当に振ってみたが、何もなく、貴志に返して。また同じように振ってみたが、やはり何もない。
心の中で翼虎を念じてみたものの、やはり何もない。
「うーん。また何かの時に、何かを描かされるかもしれないけど」
貴志は天下を懐にしまった。
庵の中には本棚もあり、書物が並んでいる。貴志の目は、その方に向きがちだった。源龍も本棚に目を向けた。しかし、字を読めないので、書物があってもどうしようもない。
貴志はそんな源龍におかまいなく、本棚にゆき、書物を物色する。
「ほうほう……」
やはり寺の庵だけあって、仏の教えの経典を中心に、それらに関する考察をまとめた書物が多く。いわゆる下界の俗事を扱った珍書、奇書の類はなかった。
「蓮華の教え。因果はともにある。どれどれ……」




