表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想小説 流幻夢  作者: 赤城康彦
211/539

悪趣巡遊

「……」

 跪き、じっと、静かに、脳裏に虚空を描く貴志は。人形になってしまったかのように、ぴくりとも動かない。

 獣どもの目がふたりに集中し、唸り声が耳を撫でてゆく。

「……」

 物言わぬ貴志であったが。おもむろに右手を懐に入れたかと思えば、筆・天下を取り出し。そうかと思えば、筆先を虚空に向け、何かを描き出す仕草をすれば。

 墨をつけているわけでもないのに、虚空に筆跡が残されてゆく。

「ん?」

 阿修羅と人狼もさすがにこれには意表を突かれたようで、筆先の動きをつい目で追った。

「何やってんだ?」

 しかし貴志は答えない。跪いた格好のまま、右手に握る筆・天下で虚空に何かを描いている。

「やや」

 阿修羅がやや狼狽する様子を見せ。人狼も驚き、何か絶句したようだ。つられたのか獣どもの唸り声も消えた。

 筆・天下は貴志の手によって虚空に描く。それは花のようだった。

「蓮華……」

 形が現れて、源龍はぽそりとつぶやいた。

 この、広い蓮の葉の上で、貴志は虚空に蓮華を描き出しているのだった。やがてはっきりと、形として蓮華は虚空に浮かび。ほのかな白さと淡い桃色の花は色づき出して。より一層の鮮やかさや彩りが現れ、まさに蓮華そのものが虚空に浮かぶのであった。

 泥水の噴水は頂点の傘から泥水を散らして、蓮華にもそれがかかってしまうのだが。もちろん源龍と貴志もずいぶんと泥水が散らされて。乾いたところには少しながら泥の砂がこびりついていた。

 宙に浮く蓮華に泥水が散れば、その瞬間色が失せ、透明な水滴を弾かせるのであった。

「……。僕は何を」

 筆・天下を手にして、貴志は寝起きのようにはっと目を見開く。

 目の前には、蓮華。

「これは?

「お前、自分で描いたんだぜ」

「これを、僕が?」

 貴志は無意識で書いたのか、変にしらばっくれることを言う。

「僕は、卑屈になったふりをして反撃の機会をうかがおうとして……」

 阿修羅は虚栄心が強い。わざとらしくても下手に出れば、乗るのではないかと思ったのだが。まさか跪いたまま天下を取り出し、虚空に蓮の花・蓮華を描き出していたなど。

 貴志はこのことを不思議がっていた。


「……」

 虚空に蓮華が描き出されたのを見て、龍玉と虎碧は固まってしまった。

 龍玉は二個目の饅頭を頬張っていたが、我を取り戻し急いで喉に流し込む。

 香澄と世界樹の子どもは、笑みを浮かべる。

「なに、あれ」

「蓮華……」

 映し出されるほのかに淡い白桃色の蓮華を、八つの瞳はまじまじと見やり、己の瞳に映し出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ