裏切り者
エスタは撤収作業のため、急いで楽屋に向かっていた。
廊下の角で、エリオットが商会のスタッフと話し込んでいた。
神妙な面持ちのエリオットが、一瞬こちらを見た気がしたが、目を反らしてそのまま楽屋とは反対の方向へと行ってしまう。
「どうしたんだろ?」
「疲れた~!」
「! お疲れ様です!」
メンバーが戻ってくる。みんなソファーや椅子に倒れこもうとするので、「メイクを落として帰り支度をしてくださいね!」と声をかけた。
メンバーが着替えをするため楽屋を後にした。そして荷物を馬車に運ぶため、搬入口に向かう。
「あんたがエスタ?」
背後から声をかけられ振り返った。
***
コンサートが終わった後の控室は、熱気と疲労で混ざり合っていた。
床には散らばった衣装や小道具が無造作に置かれ、メンバーは帰り支度をしていた。そこへエリオットとカッシュがやって来た。
「みなさんちょっといいですか? 大事な話があります」
「えー? 疲れてるから家で話そうよー。早く帰りたーい!」
「その家に、帰れないやつがいるんだよ」
エリオットとカッシュの神妙な面持ちに、メンバーは顔を上げて体を向けた。
「……なに。ガチのやつ?」
ルルが眉をひそめ、鋭い視線をエリオットに投げた。
エリオットはルルの視線を流してディーゴに向けた。
「ディーゴ」
「は、はい?」
「君を解雇します」
「え!?」
「今日中に荷物をまとめてアービス邸から出ていってください」
エリオットの声は冷たく、一切の妥協を許さない響きがあった。
呆然とするディーゴに代わって、クリフが擁護した。
「待ってくれ。今日のコンサートが原因ならばミスをしたのはディーゴだけじゃない」
エリオットはそうではないと首を横に振った。
「勿体ぶってないで説明してくんなーい? なーんでディーゴを辞めさせるわけ~?」
「ディーゴは俺達を裏切っていたんだ」
「は? カッシュもなんか知ってんの?」
「裏切りとは……まさか」
クリフの意味深な問いにカッシュが頷く。
そして、事情の知らないルルとリアンにエスタの脅迫の件を説明した。
「それで? エスタの脅迫がなんなの」
「さきほど調査班から、音源流出と脅迫の報告を受けました。その犯人が、ディーゴだったのです」
「ハァア!?」
ルルがディーゴを振り返る。ディーゴは拳を固く握ったまま黙り込んでいた。
「ディーゴがエスタの鞄から音源を盗み、ホットプレイン商会に横流しし、アービスの活動を妨害していました。そしてアービス人気の火付け役となったエスタさんに、マネージャーを辞めるよう脅迫文を送りつけていたのです」
メンバーは言葉を失い、控え室には重い空気が流れた。
「ディーゴ。違うならちゃんと否定してくれ」
カッシュが声をかけるが、ディーゴはその場に立ち尽くし、青ざめた顔で唇を震わせるだけだった。
「こいつさっきまで俺達と舞台にあがってたんだぞ。それで裏では妨害してたって……マジかよ……」
ルルの声が途切れ、信じられないという表情で額を覆った。
「待ってくれ。ディーゴのパフォーマンスや練習態度に嘘はなかった。何かの間違いじゃないのか? 本当にディーゴが情報を売ったのか?」
「リアン。残念ですがエスタさんの時とは違います。ホップレからの証言と、魔道具を使った映像の証拠もすでに抑えています」
リアンはディーゴの裏切りが紛れもない事実と知って、ショックを受ける。
「あーあ、まさか身内に犯人がいたとはね~。いつから俺達を裏切ってたわけ~?」
「……」
「事情があるなら聞かせてくれ」
「……」
「なんとか言えよ」
「……」
「エスタになんか恨みでもあんの~?」
「ーーっ恨みなんてあるわけない!」
それまで頑なに口を閉じていたディーゴが、突然声を張り上げた。
「じゃあなんでエスタの仕事を邪魔したり、辞めるよう嫌がらせの手紙を仕込んだりしたんだ」
「……」
「エスタをホップレに戻すためか? お前はホップレのスパイなのか?」
カッシュの問いに、再びディーゴは口を閉じてしまった。
「どのみち彼女に暴漢を仕向け、危険にさらした罪は重い。責は侯爵家でも追及するぞ」
「暴漢だと!?」
リアンが驚いて声を上げる。
「私が護衛をつけていたので大事には至らなかった。エスタがみんなには言わないでくれと言うので黙っていた」
ホッと胸を撫で下ろすリアン。直後に沸き上がった怒りをぶつけるようにディーゴを振り返ると、彼はおぼつかない足でクリフの方へ歩いてきた。
「ぼ、暴漢って、なんスかそれ……」
「は? 白々しい。お前が人を使ってエスタに刃を向けただろう」
「な、なんスかそれ。そんなの知らないッス! 俺じゃない!」
「!? じゃあいったい誰がーー」
次の瞬間、扉がノックされ、若い騎士が部屋に入ってきた。
「失礼します。クリフ様」
「どうした」
クリフが鋭く応じる。
「エスタさんを見失いました」
「!」
護衛の話では、エスタは搬入口で黒服のベラバイファンに呼び止められ、囲まれるように連れていかれたという。
護衛は途中までは後を追っていたのだが、コンサート終わりで混雑する群衆に紛れて見失ってしまったという。
「申し訳ございません」
「……ディーゴ、暴漢を差し向けたのは本当に君じゃないのだな?」
「違います!」
「ファンがエスタさんを呼び出したのは、ベラバイが彼女をマネージャーに引き戻そうとした件でしょう」
「それでも心配だ。探しに行こう」
リアンが二手に分かれて探そうと提案する。
「こいつはどうする?」
カッシュの目配せに、ディーゴがビクッと肩を震わせ、エリオットが考える素振りを見せる。
「お、俺も探します!」
「……ディーゴが襲撃の指示を出していたか否か、今ここではわかりません。残して変なことをされるより連れて行った方がいいでしょう」
クリフの命で、騎士がディーゴの背後に回った。メンバーたちは頷き合い、控室を飛び出した。




