表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元男爵令嬢、異世界でアイドルをマネジメント  作者: 千山芽佳


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/40

最後のパフォーマンス

 

 重い足取りで舞台から降りるメンバー。

 エスタは再び席を離れて彼らの元へ向かった。


「お疲れ様!」

「……」


 大きく手を広げて出迎えたが、アービスのメンバーは誰もが下を向いていて、反応を示さなかった。

 これは観客による妨害のショックが大きいのだろう。

 ファンは何気なく歌い始めたのかもしれない。それが大きくなったことで、一体感を抱き面白く感じたことだろう。

 だが、舞台に立つアイドルにとっては、あまりにも酷すぎる仕打ちだった。


「……」


 このまま、彼らを舞台に上げてもいいものかと逡巡する。

 一生残るかもしれない傷を負ってなお、数分後にまたあの舞台に立たなければならない。

 私の声も、ロズリーの擁護も、まるで聞こえていないかのように、メンバーは重い足取りで通りすぎていった。

 それぞれが頭からタオルを被り、壁に寄りかかって床に座る。

 最後の曲披露の前に休憩を挟むので、出番までにはまだ時間はあった。

 心の折れた彼らを、もう一度舞台に上げることは可能だろうか?

 それは正しいことなのか?

 自身に問いかけた。


「ここは私が」

「エリオットさん……ですが」

「我々から諦めるのは違います」

「!」

「エスタさんはリアンを頼みます」


 視界の隅で、リアンが一人舞台裏の扉から外に出ていくところが見えた。

 エスタは慌てて追いかけた。


「リアン!」


 勢いよく扉を開けると、扉のすぐ横でリアンが座っていた。

 顔が見えなくても憔悴しているのがわかる。


「……隣、いい?」


 返事はなかったが、断られなかったので座ることにした。


「ごめん……俺、勘違いしてた」


 リアンが突然謝るので、エスタは首を傾げた。


「俺のダンスと歌には価値があって、お金を稼げると思ったんだ。それでみんなを助けられると。でも違った。俺の歌には価値なんてなかった……。俺の歌は、誰にも届かない……!」


 エスタはゆっくりと首を横に振り、リアンの手に手を重ねた。


「届かない声なんて一つもない。リアンが震えながらも歌ったその声を、誰かはちゃんと受け止めてる。かき消されたように思えても、あなたが歌い続ける限り消えることはない」

「……」


 エスタの励ましの言葉にもリアンは顔を上げられず、悔しそうに拳を握りしめていた。


「さて! ここに、転生した女がおります」

「?」

「ある日突然、女は推しに殺された死に際の記憶だけを思い出しました。女は二度とアイドルとは関わらないと誓いました。二度と誰かに夢中になったり、誰かのために夢を応援したり、心が揺れることはないだろうと、思っていました」

「……それって、エスタの話?」


 エスタは穏やかな顔で頷いた。


「だけどね、芝生の上で幸せそうに踊る男の子を見た時、私の魂は再び震えたの。あの時はっきりと、ここが動き出したのを感じた」


 胸に指を当てるエスタ。

 リアンの瞳に、揺れる光が少しずつ戻っていく。


「誰にもどうにも出来ないことだと、諦めていた心が再び動き出した」


 今さら叡智に復讐は出来ないし、マリに文句は言えないし、死んでしまった『私』を、もう誰も救うことは出来ないのだと諦めていた。

 もうあんな思いはしたくない。裏切られるくらいなら最初から好きにならなければいい。期待したから傷ついたのだから。

 エスタの中に、『私』の傷ついた記憶が埋め込まれた。エスタでさえ、『私』にしてやれることはないと諦めていた。


「私はリアンの歌を聞いて救われた。大好きなアイドルを手伝う仕事に、また戻ってこれたんだよ」


 かつてアイドルが大好きで、夢中になって追いかけていた『私』が。


「あなたの歌とダンスには人の心を動かす力がある。私のように、誰かにとって特別な光として心に刻まれる仕事が、アイドルなんだよ」


 リアンは震える息を吐き、顔を上げた。

 不安そうに見つめる瞳に、目を反らさず力強く頷いてみせた。

 リアンの奥の瞳に、確かな強さが芽生えていた。


「戻りましょう!」

「……うん」


 二人が会場に戻ると、下を向いたままのメンバーが幕前で出番を待っていた。

 リアンの姿を見たエリオットがほっと胸を撫で下ろす。


「あなたに任せてよかった」

「みんなの様子はどうですか?」


 エリオットが、首を横に振って肩を竦めた。

 立ち上がることは出来ても、気持ちを建て直すのは難しそうだ。

 舞台に上がる恐怖で肩が震えている。


「円陣を組もう」


 クリフがメンバーに声をかけた。

 アービスが出演前に円陣を組むのは恒例となっていたが、出演途中で組むのはこれがはじめてだった。


「我々も入れてください」


 エリオットがエスタの肩を押して、クリフと共に挟む。

 クリフの伸ばした手をカッシュが掴み、リアンがディーゴとルルを両肩に掴んで輪に引き込んだ。


「アービス、出番です!」


 全員で円陣を組んだが、誰も掛け声をする者はいなかった。

 掛け声を終えたら、舞台に立たなければならない。

 メンバーの不安と緊張と恐怖が伝わってくる。


「ーーっ大丈夫! 私達はここにいる!」


 エスタはたまらず声を張り上げた。エリオットも力強く頷く。


「前を向くのが怖いなら隣を見てください! 共にこれまで辛い練習を乗り越えてきた仲間がいます。後ろを振り返ってください。私達がいます!」


 君達は一人じゃない。

 舞台上には仲間がいて、舞台袖には彼らを温かく見守り、帰りを待つ私達がいる。


「アービス、早く舞台に!」


 出番を急かされたアービス。その時、客席から再び歌声が上がった。

 全員が強ばる。

 しかし、聞こえてきた曲は、ベラバイの曲ではなかった。


『ーー流れ行くありきたりで退屈だった日々の狭間で

 君と出会えた奇跡

 私はここだと叫んでいた

 心が満たされて

 今より少しだけ、前を向けたよーー』



 会場から聞こえてきたのは、紛れもないアービスの曲だった。

 アービスのファンが、アービスの曲を大声で歌っていた。

 どこからともなく始まった歌は、先程よりも小さな渦だが、客席の至るところで繋がって、舞台袖にまで届いた。

 ファンが彼らを励ますために、声を張り上げて歌っている。

 そうだ。


「前にだって、客席にだって、アービスを応援するファンがいます……!」


 エスタは胸が熱くなった。それはみんなも同じだった。


「うわーヤバい!」

「泣きそうだ」

「わかる」

「俺もう泣いてるッス!」

「っし! 掛け声するぞ! 女の子達にーー」

「待って。俺がする」


 リアンが珍しく名乗りを上げた。

 もちろん、異論を唱える者はいない。


「……俺達はまだ、スタートラインに立ったばかりだ」


 メンバーが頷く。その目には、熱く強い意志が宿っていた。


「ーーっいくぞ!」


 リアンの掛け声に全員が「オ!? オー!」とまたしてもまばらに叫んだ。


「もう少しきのきいたこと言うかと思ったら、フツー!」

「あはは!」

「リアンらしくていい」

「ッス!」


 みんなの顔に、自信と笑顔が戻っていた。そこに怯えはもうない。

 きらびやかな舞台に向かうメンバー達を誇りに思いながら見送る。

 舞台に立ってからも、ファン達は歌を止めなかった。

 リアンがマイクを持つ。ファンの歌声に被せて、共にアカペラを披露した。

 会場がざわりとなる。

 その美しい歌声に、空気が一瞬で変わったのがわかった。

 歌い終えてもどよめきは中々冷めない。

 それでもメンバーが立ち位置に立ち、曲が始まった。

 これまでの二曲が嘘のように、全員が伸び伸びとした歌声とダンスを披露した。

 最初は困惑していたベラバイのファンも、次第にアービスのパフォーマンスに惹かれ、最後は会場から割れんばかりの歓声と拍手が巻き起こっていた。


「よかった……」


 無事にやり終えた。

 エスタは堪えきれず涙した。

 あんな状況でも舞台に立ち、堂々と曲を披露したメンバーを誇りに思った。


「いいグループだな」


 舞台袖から見守るエスタに、ロズリーが声をかけた。


「はい……。今日はありがとうございました。それから、あの子達を庇ってくれたこと、感謝しています」

「……」

「ロズリーが、私が知ってるロズリーで、曲がったことが大嫌いなかっこいいままのあなただったことが、とても嬉しかった」


 言葉にすると泣きそうになり、誤魔化すようにお辞儀を装って頭を下げた。

 それでも、床にポトリと雫が一つ落ちた。


「ハァ……。こんなつもりじゃなかったんだけどな」

「え?」

「ほんと、俺を苛つかせるのはいつだってお前だけだ」

「?」


 ロズリーはそう言って、エスタの頭をぐしゃぐしゃにすると、フッと笑って去っていった。

 その背を見えなくなるまで見送った。


 拍手の中、無事にパフォーマンスを終えたメンバーが戻ってきた。

 エスタは広いところへ移動し、拍手をしてメンバーを迎えた。


「終わったー!」


 カッシュが両手を上げて向かってきたので、エスタもハイタッチの構えで待ち構えた。

 ところが、カッシュはそのままエスタに抱きつき、「やったぜー!」と叫んだ。


「ちょっ、むり!」


 それを皮切りに、全員が抱きついてきて、大きな塊となって、しかし支えられず床にべしゃりと倒れこんだ。


「おやおや」


 みんなで笑って、健闘を称えて、立ち上がる。

 ベラバイの最後の曲が終わると、メンバーは最後にまた舞台へと上がり、ファンに挨拶をした。


 ツーマンコンサートは少しの苦い記憶と、最高の時間を得て幕を閉じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ