妨害
エスタが観客席に戻ると、マッドが前のめりに「あの子達は?」と心配して訊ねた。
「気落ちしてたけど大丈夫だと思う」
舞台に上がればマネージャーにやれることはない。あとは彼らを信じて健闘を祈るばかりだ。
二人は並んで座り、舞台を見上げた。
司会の合図で客席が静まり返る。
舞台上にはアービスが、緊張でこわばった笑顔を必死に保ちながら出てきた。
曲が流れ、2巡目のパフォーマンスが始まった。
歌い出しはリアンのソロから、フォーメーションが複雑で、移動が大変な曲目となっている。
リアンが一歩前に出て、口元にマイクを近づけた。
「がんばれ……!」
ところが、リアンの声とは別の声が、なぜか観客席から聞こえてきた。
「──ララバイ! ベーラーバイ! ッバイ! 愛を捧げー!」
異様な歌声が客席から湧き上がる。
それは、ベラバイの代表曲であるサビの部分だ。
一人、二人、そして一斉に、観客の半数以上が歌い出す。
舞台に立つメンバーも、客席にいる数少ないアービスファンも、何が起こったのか分からなかった。
アービスの歌唱中にもかかわらず、ベラバイのファンがベラバイの歌をアカペラで歌い出したのだ。
音響はアービスの曲がかかり、舞台にはアービスが立っているにもかかわらず、観客はベラバイの曲を大合唱して彼らの存在を掻き消そうとする。
エスタが咄嗟に客席から飛び出しそうになったが、マッドに肩を押さえられた。
「ダメよ、今は……」
「でも、あれは妨害行為よ!」
視線の先で、リアンの瞳がわずかに揺れた。彼の唇が震え、歌声が一瞬だけ止まる。
隣のクリフも顔色を失いながらも、必死にテンポを拾い直す。
これは歓迎ではない。拒絶だ。
『新しいアイドルなんていらない』
『舞台はベラバイのものだ』
そう突き刺して彼らを排除しようとしていた。
「こんなの、あんまりだよーー」
守りたいのに、何も出来ない。
震えて見上げるしかできない。
エスタは悔しさで泣きそうになった。
「やめろ!!」
そこへ、会場中に響く怒声が鳴り響いた。
マイクの音が割れて、キーンという不協和音が木霊する。
「ロズリー……」
ベラバイのロズリーが舞台袖に現れ、曲を止めて客席に向かって叫んだ。
「やめてくれ! 俺達もこいつらも、血の滲むような努力と決意を持って舞台に立ってるんだ。どうか彼らにもリスペクトを!」
ロズリーの言葉に客席は静まり返った。バツの悪そうに下を向いたり、隣同士で目配せしたりしていた。
隣のマッドが「ハァンあーしのロズリィ男前ぇ!」と声を殺してエスタの腕をバシバシと叩いていた。
「もう一度、最初から曲を流してくれ!」
ロズリーの計らいで、パフォーマンスははじめから再開されることとなった。
舞台裏にはけたロズリーの背に、深い感謝を込めて見つめる。
それでも、妨害の影響は拭えず、メンバーは萎縮して1曲目よりも散々なパフォーマンスを疲労する羽目になった。




