ツーマンコンサート
ついにベラバイとのツーマンコンサートの日がやってきた。
用意された会場は、ホットプレイン商会が建てたばかりの新しい会場だった。
そこに、今年デビューしたばかりのアービスが、今や飛ぶ鳥を落とす勢いのベラバイとツーマンコンサートを開催する。
控え室で準備するメンバー。
「これで今年デビュー組の中では頭3つ分は出るんじゃね?」
「今年のデビューって20組はいるよな」
「その中で来年も活動しているのは何組か……」
「半分生き残ればいい方じゃな~い?」
まだまだドルオタ人口は少なく、活躍する場も限られている。
厳しい競争の世界だからこそ、今人気売り出し中のベラバイとコンサートを開けるのは、アービスにとっては恵まれた機会と言えた。
「みんな、緊張してる?」
出番が近づき、エスタがメンバーに声をかけた。
「はははいっ!」
「そりゃーな」
「口から心臓飛び出そう~!」
「私は平気だ」
「俺も」
控え室で、各々が緊張感を抱いたまま、いつものように円陣を組んだ。
「おおお俺、きょ、掛け声ムリッス~」
「んじゃ俺がするか」
「カッシュさんお願いします!」
「よし。『女の子達をキャーキャー言わそう~ぜ!』」
カッシュの独特の呼びかけに、「オ、オー」とまばらな掛け声となった。
「アービス時間です!」
スタッフに呼ばれて楽屋を出る。
エスタはメンバーを舞台袖まで見送った後、急いで観客席に向かった。
一階席の前扉からこっそりと中に入る。マッドが端の席で手招きした。
「ベラバイ9アービス1よ」
観客の割合を聞いて頷く。
覚悟はしていたが、観客のほとんどがベラバイのファンで埋めつくされていた。
それでも、1割も集まってくれた。
お金を出してでもアービスを観たいと思ってくれるファンが付いていたのだ。
これまでの努力が実を結び、可視化されて喜びを感じずにはいられなかった。
「私達はここからよ!」
俄然やる気を見せるエスタに、マッドも大きく頷いた。
開幕のベルがなる。
司会が登場し、出演者を紹介した。
アービスが手を振りながら元気に舞台に上がる。
歓声はまばらで、会場の反応はいまいちだ。
どうやらベラバイのファンには歓迎されていないようだ。
それもそのはず。今日のコンサートは、元々ベラバイ初の単独コンサートになるはずだった。
悲願達成を邪魔された存在として敵認定されているのなら、今日は一波乱ありそうだとゴクリと喉を鳴らした。
案の定、ベラバイが登場すると割れんばかりの歓声が上がる。
人気の差を見せつけようとするベラバイファンの団結力を目の当たりにする。
「なるほどね」
床についた足から地響きがいつまでもなりやまない。
その衝撃は、舞台に立つメンバーにはより鮮明に伝わっていることだろう。
メンバーの表情は明らかに強ばっていた。
商会の大きさもパトロンの数も、ファンダムの大きさや活動年数だって、全てにおいて劣っているのだから当たり前と言えるのだが、舞台に立つ彼らはそんな考えに及ぶ余裕もなく、萎縮してしまった。
ロズリーの言っていた、見せつけるという言葉ははったりではなかったと思わせられた。
「ありゃ完全に飲まれたわねー」
マッドも同様に感じたのか、不安そうに呟いた。
オープニングはアービスにとってなんの手応えもなく終了した。
コンサートのセトリは、交互に曲を披露する形で、一度の登壇でベラバイは2曲を歌い、アービスは持ち歌が少ないので1曲を披露する。それを3回繰り返す全9曲となっている。
最初はアービスからだ。
再登場に客席からはまばらな拍手が上がる。
「この拍手はアービスのファンだよ。ベラバイと比べる必要なんてないんだよ」
しかし、すでに彼らにはファンの声に耳を傾ける心の余裕はなかった。
カッシュは歌詞を間違え、ディーゴは終始下を向き、クリフは音を外し、ルルは動きが固く、リアンは声が小さくみんな所々ダンスを間違えていた。
オープニングは完全に会場の雰囲気に飲まれ、実力の半分も発揮せずに舞台を降りた。
アービスの散々なパフォーマンスに対して、入れ替わるように舞台に上がったベラバイ。
観客の声援も凄まじく、人気を裏付けるように堂々としたパフォーマンスを見せつけた。
ベラバイは観客と会話を楽しむ余裕まで見せていた。
メンバーからは自信と余裕が感じ取れた。
エスタは客席を離れ、急いで舞台袖に戻った。
下を向いてるメンバーに声をかけようと駆け寄る。
「みんな腕をぐるぐる回そう! はい深呼吸!」
「エスタ……」
「ごめん、俺……」
「ほら肩回す! 顔あげて! 声も振りも小さくなってたよー」
「俺、緊張して、声が裏返っちゃって」
「うん。わかってる。一番新しい曲だったし練習時間が少なかったね。だけど反省は後にして先ずは気持ちを切り替えよう。まだ2曲残ってるんだよ! はじめての大舞台で緊張するのは当たり前! だけど緊張することは決して悪いことじゃない。さ、動きが鈍くなってるからみんなで体を解そう!」
エスタは笑顔で明るく声をかけるが、メンバーの表情は固かった。
「俺こんなアウェイで歌うのムリッス!」
「全然楽しくな~い!」
「ディーゴ、ルル弱音を吐かない!」
「いっ!」
メンバーの背中を順番に叩いて気合いを入れ直した。
スタンバイをする頃には、少しだけ表情が和らいでいた。
「さすがですね」
様子を見に来たエリオットに声をかけられる。
「マネージャーが暗い顔で出迎えるわけにはいきません。落ち込むのは後でも出来ますから」
「同感です」
メンバーを見送り、エリオットと離れて再び観客席に向かおうとすると、舞台袖に戻ってきたロズリーに腕を取られた。
「ロズリー?」
「ハァ、ハァ、見てたか」
「はい」
「どうだった?」
「驚きました。全員ダンスのキレも増して表情もより豊かになり、私がいた頃よりシンクロ率が上がっていて素晴らしかったです」
「そ、そうか」
嬉しそうに顔をほころばせるロズリーに、懐かしさと寂しさを感じた。
相変わらず、傲慢な態度の裏では絶え間ぬ努力と不安を抱えているようだ。
フルフルと頭を振り、本音を隠して笑顔を作る。
「まだ出番はありますよ! このまま集中して頑張ってください!」
「あ、ああ。もちろんだ!」
「アービスも負けませんよ!」
「……」
拳を握って応戦するエスタ。
ロズリーは一瞬感情が抜け落ちたような顔をして、ゆっくりと手が離れた。
「?」
黙ったまま立ち尽くすロズリー。
エスタは会釈をして観客席へと向かった。




