脅迫に屈しない
商会の用意した馬車には乗らず、騎士に送られてアービス邸に戻ったエスタ。
そこで、信じられない光景を目の当たりにした。
「そこで、なにをしているんですか? カッシュ」
ダイニングに置いたままの鞄を、カッシュが漁っていた。
その鞄は、エスタのものだった。
馬の蹄が聞こえなかったからか、目の前にエスタが突然現れたものだから、カッシュは目を丸くして驚いていた。
テーブル越しに向かい合う2人。
カッシュは鞄から手を抜いたあと、下を向いて頭を掻いた。
「バレたか……」
「どうして私の鞄を漁っていたんですか!? 前にもしてましたよね? 答えてください!」
「……」
「もしかして、音源データの魔道具を盗んだのはカッシューー」
「違う」
背後から手が延びて、エスタの両肩に置かれた。
驚いて振り返ると、メイクを落としたばかりのクリフが、髪を湿らせてエスタを見つめていた。
「カッシュじゃない」
カッシュを庇うクリフに、エスタはどういうことかと混乱した。
「エスタさん大変ッス!」
張りつめた空気の3人のところへ、今度はディーゴが慌てて駆け込んできた。
「見てください! こんなものが手紙の中に紛れてーー」
「待て!」
「ディーゴ!」
カッシュとクリフがディーゴを慌てて止めたが、広げられた手紙はしっかりとエスタの目に飛び込んできた。
『エスタ=ランドルフを辞めさせろ。さもなくば危害を加える』
「……なに、これ」
「あーあ。これでもう誤魔化せない」
カッシュが手紙を受け取り、やれやれと肩を落としてソファに腰を落とした。
「あ、あのー」
訳のわからないディーゴとエスタに、カッシュが説明した。
「実は合宿の後から、エスタに嫌がらせの手紙が届くようになった」
手紙に最初に気づいたのは、カッシュだったという。
偶然郵便受けで脅迫状を見つけたそうだ。
その内容は先程の手紙と同じ、エスタをマネージャーから外せという要求だった。
カッシュは念のため、エスタの所持品や鞄の中も調べた。
すると、同様の手紙が鞄の中にも入っていたそうだ。
「無駄に怖がらせたくなかったから、先にエリオットに知らせて、一応エスタの家も調べるようクリフにも話して、協力してもらったんだ」
「オットーがそれらしい脅迫文を見つけて排除しておいた。君には、いつも通り生活していてほしかったから黙っていた」
「……」
カッシュは数日前からエスタに届く脅迫文に気づいていた。彼女を守るため所持品に気を配っていたのだが、その行動が逆にエスタの疑念を深めてしまった。
「私……、カッシュを疑ってしまいました。すみません……」
自分を守ってくれていたメンバーを疑ってしまった。
ひどく落ち込むエスタに、カッシュが「気にしていない」と慰めるように言葉をかけた。
「俺も、深く考えずにエスタさんに言ってしまいました」
「それな。ディーゴはもう少し気を配ろうな」
エスタと一緒にディーゴも項垂れた。
「エリオットはただの悪戯かもしれないからみんなには黙っとけって。まぁ、あいつの本音はエスタが怖がってマネージャー辞められたら困るってところだと思うけど」
「あの、どうするんスか? 脅迫があるってことはエスタさんが危ないってことッスよね?」
「うーん。ただのいたずらかもしれないからなー」
カッシュはそう言ったが、数時間前にエスタが暴漢に襲われたことを、彼らはまだ知らない。
エスタも辞めるつもりはないので黙っていることにした。
「ベラバイの時もファンから嫌がらせを受けたことがあるので、あまり心配しないでください」
「なんだと!?」
クリフがすごい形相で詰め寄ってきた。
これは襲撃がバレたら強制的に侯爵家に連れ戻されるやつだとエスタはゴクリと喉を鳴らした。
あとで護衛騎士に口止めしておこうと心に留める。
「エリオットもエスタと同じ意見だ。一部ファンによる嫌がらせだろうと。もちろん脅迫文の件は商会が捜査してるから、野放しにしているわけじゃない」
「ありがとうございます」
「エスタの警護は侯爵家が請け負っている。24時間体制で護衛させているので心配ない」
「24時間」
「気にするな。エスタは侯爵家の一員。次期侯爵となる僕が守るのは当たり前のことだ」
そう断言されては大袈裟だと断ることもできず、笑顔で頷く。
「みなさんありがとうございます! 私は脅迫には屈しません。絶対にマネージャーを辞めませんから!」
「頼もしいなー。エリオットが聞いたら喜ぶだろうな」
「だがエスタに直接害を与えるような類いの報告があった場合は即刻問答無用で侯爵家に連れ戻」
「聞こえない。私は何も聞こえない……」
エスタは耳を塞いで聞こえない振りをした。
***
「エスタ! 暴漢に襲われたとは本当か!?」
家に帰って寝巻きに着替え、横になろうという頃に、クリフが部屋の扉を叩いた。
「グゥ……! 報告しないでと言ったのにあの騎士め。口止めは無理があったか」
エスタは部屋のドアを明け、下の階で眠るオットーを起こさないよう、クリフを中に入れた。
「怪我はないか!?」
無事なのか。どこを触られたか。怖い思いをさせてすまない。本当に怪我はないのか。
エスタの体を確認しながら、矢継ぎ早に質問するクリフに、大丈夫だと何度も答える。
「クリフ様?」
安心したのか、クリフがエスタを離し、おでこに手を当て長い息を吐いた。
よく見るとその手が小刻みに震えている。
掌の隙間から見える目は、視点が定まっていなかった。
「……」
エスタは両手でクリフの手をきゅっと繋いだ。
手袋のしていない直の手に触れたのは久々だった。
驚いた顔でクリフが見下ろす。
「大丈夫です。クリフ様のお陰で私は無事でした。守ってくださってありがとうございます」
「……」
きっと、クリフは父のことを思い出したのだろう。
襲撃に合い、父の背に守られたあの時のことを。
「だからマネージャーを辞めろなんて言わないでくださいよ! ね!」
「……」
「また襲撃犯が来てもクリフ様は私が守りますから!」
「違う……」
心底呆れた声で頭を小突かれた。
そのまま黙って不機嫌になったクリフだが、その手は離そうとはしなかった。
同じ痛みを持つ二人は、手を繋いだまま布団に腰かけて、夜通し他愛のない話をして気を紛らわせたのであった。




