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元男爵令嬢、異世界でアイドルをマネジメント  作者: 千山芽佳


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24/40

もう一度彼女を

 

 求めていたものをこの手に掴んだはずなのに。

 なぜ心はこんなにも空虚で満たされないのだろう。


 ベラバイのロズリーは、汗を滴らせながら魔法道具で作られたスポットライトを浴びていた。

 完璧なダンスと力強い歌声でファンを熱狂させる。

 歓声に答えて手を振るロズリーだったが、ファンに見せる笑顔の下では別のことを考えていた。

 俺はこの笑顔をいつまで保てるのだろうと……。

 彼の頭をよぎるのは、歓声ではなく静かな不安の声だった。


「ベラバイよかったぞ! この人気なら単独コンサートも出来るな!」


 舞台を見ていた商会長の賛辞に、メンバーは一様に喜んだが、ロズリーだけは心から喜べなかった。

 控え室に戻りメイクを落とす。額に残る汗を拭いながら、彼は鏡に映る自分を見つめた。

 そこに映るのは、誰もが憧れる「完璧なアイドル」ではなく、期待と重圧に押しつぶされそうな一人の青年だった。


「次は念願の単独コンサートだ。俺達もとうとうここまで来たんだな」

「ああ」


 感慨ぶかげなメンバーを前に笑顔を取り繕う。

 デビューから5年。ようやくアイドルとして成功をおさめようとしていた。

 それなのに、日々心には満たされない空虚が広がっていく。

 ステージの光が眩しいほど、自分の影が濃く見える気がした。


「体売って成功とは大したもんだ」


 控え室は大部屋になっていて、他グループの嘲笑が耳に届いた。

 パトロンのいるロズリーに聞こえるよう、わざと大声で話していた。

 みかねた仲間のメンバーが勢いよく席を立つ。


「やめとけ」

「だけどあいつらーー」


 怒りに震えるメンバーを座らせ、代わりにロズリーが立ち上がった。


「文句あるなら商会に言え」

「……」


 商会の名を出せば言い返せないことは分かっていた。

 悔しがる同期を無視してそのまま控え室を出ていく。

 アイドルとして売れるためには、商会に気に入られなければならない。

 だからこんな糞みたいな上納システムにも、誰も文句は言えなかった。

 商会を敵にしてまで楯突く者は、ここにはいなかった。たった一人を除いてーー。


『ロズリーなら実力だけで人気になれますよ!』


 元マネージャーのエスタは、その小さな体一つでロズリーやメンバーを守っていた。

 エスタが侯爵家と懇意だったことで、商会も彼女を無下には出来なかった。

 エスタが制度を問題視していたことも、性に関して潔癖なところがあるのも知っていた。

 だがどんなに努力しても、アイドルとしての商品価値には賞味期限がある。


『エスタをベラバイのマネージャーから外せ。侯爵家に気を使ってる場合じゃない』

『ロズリーが嫌がった場合はどうしますか』

『その時はベラバイごと切れ』


 商会長と室長の話を耳にしたのは偶然だった。

 このままでは、ベラバイもエスタも見限られる。そう、ロズリーは思った。

 タイムリミットを突きつけられて、焦りが募る。

 この目で夢破れて去っていた仲間達をたくさん見てきた。

 今度は自分の番かと、失うものを想像して立ちつくした。


『ロズリー! 今日もかっこよかったですよ!』


 自分達のパフォーマンスを一番近くで応援してくれるマネージャー。

 花が咲くような満面の笑みを見て、いつも守られているその背に、今度は俺が守ってやりたいと、前に出ることにした。

 だから室長の誘いに乗って、伯爵夫人に会いに行った。

 しかし、尊厳まで売るつもりはなかった。


『俺はアイドルとして売れたい。だけど実力で必ず売れると誓った仲間を裏切りたくはない』


 そう宣言すると、伯爵夫人はいたくロズリーを気に入って、体の関係は求めずに支援を申し出てくれた。

 拍子抜けだった。

 運が良かったと言うべきか。

 室長は勘違いしていたが、そのままにした方が都合がいいと思って黙っていた。

 だが、それは過ちだったとすぐに気づく。

 一番知られたくなかった人に、知られてしまった。

 体の関係はないのだと、声を大にして言いたかった。しかし室長の前で強く否定できず、勘違いされたままになった。


『信じてたのに……』


 苦しそうな、悔しそうな、辛そうな顔をしていたエスタ。

 彼女の言葉はいつだって、ロズリーの仮面を剥がす蜜にも刃にもなる。

 ステージでは輝くロズリーだが、ひとりになると誰にも言えない孤独が押し寄せる。

 仲間との競争、商会の期待、ファンの理想ーーそのすべてが、ロズリーの心を少しずつ削っていく。

 俺はいつまで笑っていられるのだろうーー。


『エスタに会わせてください! 大事な話があるんです!』

『エスタは商会を辞めた』

『は……?』


 室長の言葉に愕然とする。


『エスタはお前に裏切られたと怒り心頭だ。顔も見たくないと。私も引き止めたんだが、業界に失望したと言って辞めていったよ』

『……そんな……』


 勘違いをしたまま、エスタはロズリーの前から姿を消した。

 会いに行こうと思えば、会いに行けた。

 しかしこの腐った世界に、再び彼女を呼び戻すのが正解なのかわからなかった。



「あいつが去って半年も経つのか……」


 長いコンサート会場の廊下を一人で歩く。

 エスタが商会を辞めてから、頭の中で彼女の言葉が何度も浮かんでは消えていた。

 舞台上、控え室、廊下、全ての場所で、彼女の影を探してしまう。


「今夜お前らも行く?」

「男爵邸だろ? 夫人が若い子も何人か連れてこいって」

「んじゃ練習生達も連れてくか」


 こんな会話が当たり前のようにそこかしこで聞こえてくる。

 みんな感覚が麻痺している。

 中には快楽に喜ぶ者もいるだろう。

 しかし辛くても、間違っていても、笑って尊厳を売る者もいるのだ。


「おい」

「あ、ロズリーさんお疲れ様です!」

「お前ら知ってるか? 最近王室が上納システムを問題視しし始めたこと」

「マジすか!?」

「治安部隊も見回りしてるらしいぞ」

「え、見つかったら俺達も逮捕されるのか?」

「今夜はやめとくか……」

「みんなにも言っとこう!」


 後輩たちはロズリーに頭を下げて、慌てて走っていった。途中、スタッフにぶつかりかけていったが、あの慌てようならロズリーの嘘に気づくことはなさそうだ。


「あいつの真似事だな……」


また、エスタを思いだし過去の思い出に誘われる。

ロズリーは空虚な心をもて余しながら、廊下で商会スタッフとすれ違った。


「聞いたか? アービスの路上ライブが大成功に終わったらしい」

「俺も見てきたけど、一人ダンスと歌の実力が抜き出てる奴がいたわ」

「路上ライブを弱小商会がこぞって真似てるらしいな」

「今までにないおもしろい売り方だもんな。たしかうちでマネージャーやってた子が引き抜かれたとか」

「そうそう、エスタとかいう」

「ーーっおい!」


 その名を耳にした瞬間、目が覚めたように頭がスッキリとし、スタッフを呼び止めていた。


「今、エスタと言ったか?」

「は、はい……?」

「その話、詳しく聞かせろ!」


 商会スタッフは戸惑いながら説明してくれた。


 業界に失望したと言って商会を去ったエスタ。

 まさか別の商会から引き抜きがあったとはーー。

 新たな事実に腹は立つが、それよりも傷ついたエスタが今もマネージャー業をしていることが嬉しかった。

 それなら、彼女ともう一度仕事が出来るかもしれない。

 誰も本当の俺を見てくれようとはしない中で、エスタだけはいつだって真っ直ぐに向き合ってくれた。

 今のロズリーには彼女が必要だった。


「エスタを取り戻す。どんなことをしても……!」


 手段は選ばない。

 ロズリーは逸る足で楽屋に戻った。


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