流用疑惑
アービスのデビュー曲が、ホットプレイン商会の新人アイドルに使われていた。
その曲は、エスタが受け取り、紛失したものだった。
3ヶ月前までホットプレイン商会に所属していたエスタ。自分がみんなを裏切ってデビュー曲の音源を横流ししたと疑われていた。
少なからず傷ついたエスタだったが、グッと拳を握り口を開きかけた。
「違う!」
「やめろ!」
ところが先に、リアンとクリフが守るように立ちはだかった。
「仲間を疑うなよ!」
「彼女は不義理を働くような人ではない」
「リアン……クリフ様……」
二人の言葉にじんと胸が熱くなる。
力強い後押しに、エスタも一歩を踏み出した。
「音源を紛失したのは私です。過去にホットプレインにお世話になっていたのも事実です。ですが、横流しなど絶対にしていません。私はアービスのマネージャーです。あなた達を裏切ることは決してない。無実を証明する術はありません。だけど、信じてください!」
「わかりました」
「……え?」
エリオットは即答して眼鏡を押し上げた。
「音源がホットプレインに渡ってしまった以上、繋がりのあるエスタさんに確認しなければなりません。あなたが違うと言うのなら信じましょう。あなたの仕事振りを見れば自ずと答えは出ています」
「エリオットさん……!」
「不快な思いをさせたなら謝ります」
エリオットの瞳が眼鏡の奥で柔らかく微笑んだ。
「全員本気で疑っていたわけではありませんから」
「えー俺は本気であやしんーーモゴモゴ」
今度こそカッシュがルルの口を塞いだ。
「しかしどういった経緯でホットプレインに渡ったのか、探ってみなければなりませんね」
「私も元同僚に聞いてみます!」
「いえ。表だって動くとかえって真相が葬られる可能性があります。実はエリン商会は探偵業から成り上がった商会なのです。なのでホップレに問い合わせるタイミング含めて、私に任せてください」
意味深に口角を上げるエリオット。
以前エスタと侯爵家を調べていたのも探偵業を営んでいたスキルをもってしてのことだったと知る。
それならばこの件はエリオットに全て任せようと、エスタは頷いた。
「で!? どうすんのさ!? なーんも解決してないけど!?」
ルルが手を広げて叫び、クリフも頷く。
「真相はわからないが、あちらが先にコンサートで世に出してしまった以上、このままライブで披露すればこちらが盗作したとあらぬ疑いをかけられるだろう」
「この曲はもう使うべきじゃないな」
リアンも同調する。
「えー! せっかく練習したのに~!」
「ならデビュー曲一本でライブするのか?」
カッシュの問いに、エリオットが肩を竦めて答えた。
「新しい曲を用意する必要がありますね」
「また最初から振り付け覚えるんスか……?」
ディーゴがガックリと肩を落とした。
「ですが1週間では受注が間に合わないです」とエスタがスケジュール帳を開いて言った。
デビューの路上ライブまであと1週間を切っている。
激しいダンスはなくても、練習には3日はほしいところ。残り3日で作曲と作詞を引き受けてくれる音楽家を探さなければならない。
しかしここで無理を通すと今後の依頼にも支障をきたす恐れがある。
リビングには重い空気が漂っていた。
「セルフプロデュース……」
「エリオットさん?」
「エスタさん、二人で居酒屋に行った時に話してましたよね。異世界ではアイドル自らがダンスの構成と曲作りをするグループがあると」
「あ!」
「『これまでにないアイドル』……、自己プロデュースのアイドルを目指してみるのもいいかもしれません」
「っいいと思います!」
ただし、メンバーの中に各分野に精通している人がいればの話だ。エリオットも同じことを考えていたようで、不安な顔を浮かべたエスタに力強く頷いてみせた。
「振り付けはリアンが適任ですし、フォーメーションは全員で意見を出し合いましょう。そして曲作りは……、カッシュ。君、得意ですよね」
「俺!?」
全員の視線がカッシュに集まる。
「よく女の子に自作の曲を作っては歌って聞かせていたではないですか」
「あれは喜んでくれるから作っただけでーー、いや俺、素人だし!」
「経験があるなら挑戦してみるといい」
「俺はカッシュさんの曲好きッス!」
「カッシュの曲はプロ並みだよ~」
「大丈夫。躍りの練習に何曲か使ったことあるけど、やりやすかった」
「適当に作った曲であのクオリティなら、時間をかけて本気で作ればいけますね」
「マジでいってんのかよお前ら!」
カッシュが席を立ち、後退りした。
そこにエスタが不気味に立ちはだかる。
「以前カッシュは世界中の女の子を笑顔にしたいって言ってましたよね……」
「ああ?」
「カッシュの曲で女の子をたくさん笑顔にすればいいんですよ!」
「エスタ、待ってくれ」
「カッシュが引き受けてくれたら自己プロデュースというアイドルの新境地を開拓できるんです! アービスの、いえアイドルの可能性が大きく広がります!」
「重っ! いやまぁわかるけど。エスタって俺の曲聞いたことないよな? 本当に素人に毛が生えただけなんだって。逆に俺の曲でアービスの足を引っ張るかもしれない」
「みんなが後押ししてるので、実力は十分にあるのだと思いますよ」
「で、でも」
「……では試しに一曲作ってみてはどうでしょう。判断するのはその後でもいいのでは?」
「いやー……」
それでも渋るカッシュを前に、エスタの空気が変わった。一瞬イラッと眉間にシワを寄せたあと、突然ガックリと肩を落として両手で顔を覆ったのだ。
「私が音源を紛失してしまったばかりにぃぃ……!」
「え、エスタ? どうした?」
「私、すごく責任を感じてるんです……。なんで魔道具から目を離してしまったんだろうって。大事な楽曲を失くすなんて、マネージャー失格ですよね」
「いやそんなことないって!」
「みなさんは優しいから励ましてくれるけど、私は毎日自分を責めて、夜になると涙が溢れて胸が締め付けられて眠れない日もあるんです。もう、どうしていいのかわからなくて、このままアービスがデビュー出来なかったらと思うと、うっ、うぅー」
「そんな、泣くなって! エスタはしっかりやってる。自分を責めなくていいんだ」
「ありがとう……。だけど、やっぱり自分を許せない。これでカッシュが曲を作ってくれたなら、すぐにでも笑顔になれるのに……な」
「わかった。俺が名曲作ってやる! エスタが感動するくらい良い曲を俺が用意する! だから泣くな!」
「……本当ですか?」
「ああ」
「えへっ、ありがとうございまーす!」
「……ん?」
満面の笑みで顔を上げたエスタの目に、涙はなかった。
男性陣から「こわっ」という呟きが聞こえた。
カッシュは天を仰いでため息をこぼすと、覚悟を決めて前を向いた。
「ハァー……、曲は作るよ。だけど保険をかけさせてくれ。同時にプロにも頼んでほしい。曲は何曲あってもいいだろ?」
エリオットが「いいですよ」と請け負った。
「やってやるか……。エスタって意外と手段を選ばないんだな」
「へへ、ごめんなさい」
カッシュが、眉尻を下げて見下ろす。エスタの頭に手をポンと置いて微笑んだ。
お兄ちゃんが妹の我が儘を聞いてあげる時のように。
今日だけは、そんなカッシュのスキンシップを受け入れたエスタであった。




