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元男爵令嬢、異世界でアイドルをマネジメント  作者: 千山芽佳


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21/40

紛失

 

 デビューが延期となったアービス。

 エスタは、鞄を肩にかけて雑踏の中を急ぎ足で歩いていた。

 作曲家からアービスの二曲目となる楽曲を受け取った帰りである。

 強化合宿で練習したデビュー曲はポップで盛り上がる曲だったのに対して、新曲はしっとりとしたバラードにしてもらった。

 これは、動線やパフォーマンスの負担を減らすためでもあるが、特にリアンの歌声を存分に引き出せる曲となっているので、エスタも聞くのが楽しみだった。

 メンバーはエスタとは別行動で、路上ライブの会場を見学していた。

 カッシュとディーゴが怪我を負い、二人の回復を待ってからのデビューとなったアービスは、新たに会場を押さえてお披露目は2週間後になった。

 エスタはみんなと合流する前に、昼食用のサンドウィッチを購入するため店の扉を開いた。


「……気のせいかな」


 ふと視線を感じて振り返る。

 最近、誰かに監視されているような、そんな視線を感じていた。

 なんだか不気味で、急いで買い物を済ませると、メンバーの元へ小走りで向かった。


 ライブ会場には噴水広場を予定していた。

 広さも然ることながら、人通りも多く、近くには公園も併設されている。

 ここなら多くの人が足を止めて、アービスのパフォーマンスに目を向けてくれるだろう。

 エスタが広場に到着する。

 メンバーは各々が立ち位置や動線を確認していた。


「あの二人まーた遊んでる」


 確認を終えたのか、クリフとリアンは噴水で水のかけあいっこをしていた。

 初対面ではピリピリしていた二人だが、ダンスの覚えが早いので一緒にいることが多かった。

 子供のようにはしゃぐ姿は相応の少年に見えて微笑ましい。


 反対方向から、エスタに気づいたルルが突っ込んだ。


「なんかリアンとクリフ見てニタニタしてるけどー? 帰りの馬車でどっちがエスタの隣に座るかで喧嘩してんのに。仲良しだと勘違いしてるだろあれ」


 カッシュが笑い、ディーゴが駆け寄る。


「エスタさーん! 荷物俺が持つッスよ!」

「ありがとう。みんな動線の確認は取れた?」

「はい! 俺もみんなのおかげでなんとか形になれたッス!」


 ディーゴがはにかんだ笑顔をみせる。

 疲労とストレスで倒れてからは、健康管理を徹底した。

 歌やダンスはリアンが教えてくれたおかげで、ディーゴには笑顔が戻りつつある。


「わりディーゴ、さっき接触したよな。もう少し大きく回るわ」

「全然ッス!」

「待ってくれ。サビの前でカッシュが大回りになると今度は私が戻りづらくなる」

「それならルルが歌い出しと同時に動けば二人の動線に空間が出来るんじゃないか?」

「OK俺が出てみるわ~」


 移動中や、アービス邸に戻って昼食を取っている最中も、みんなパフォーマンスの確認に余念がない。

 それぞれが気兼ねなく意見を出し合い、改善していく姿を見て、エスタは安堵していた。

 ビジュアルのバランスも然ることながら、心配していた性格の相性も問題なく、コミュニケーションも取れて良好な関係を築けている。

 スケジュール帳で顔を隠しながらニマニマした。


「よし、食べ終わったから曲聞こうぜ」


 昼食をかきこむと、改修工事を終えた練習室にメンバーが集まった。


「ではでは、お楽しみの新曲です! 出来立てほやほやですよー」


 エスタも逸る気持ちを抑えて、鞄の中をまさぐった。

 そこには魔道具に収められた新曲のデータが入っている――はずだった。


「……あれ?」


 荷物を全部出してみるが、魔道具の入った小さな水晶球がどこにも見当たらない。

 床の上に座って待つメンバーが心配そうに見守る。


「どうした? 魔道具がないのか?」

「は、はい。おかしいな」

「ちゃんと音楽家から受け取った~?」

「はい。サンドウィッチを買う時は鞄にあったので……」


 汗が額を伝う。焦りが胸を締め付ける中、エスタは必死に記憶をたどった。


「お、俺が荷物持った時に落としたんでしょうか!?」


 一時鞄を持っていたディーゴが不安そうに訊ねる。


「あ! 乗合馬車でスケジュールの確認に一度鞄を開いたからその時に落としたかもしれない……。聞いてきます!」


 エスタは通信魔道具を使って急いで乗り合い馬車に連絡をした。



 ***



「どうだった?」


 メンバーは練習室からリビングに移動していた。

 戻ってきたエスタに、カッシュがソファから身を乗り出して訊ねた。


「ありませんでした……」

「そっかー。どこにいったんだろうな」

「誰かが持ってったんじゃなーい?」


 ガックリと肩を落とすエスタに、リアンが「もう一度記憶を辿ってみたら?」と声をかけた。

 エスタは目をつぶり、魔道具を受け取ってからの情景を思い浮かべた。

 アービス邸に着いてからはリビングに置いて、昼食の準備をした。


 そういえば……。


 ソファに座って膝の上で手を組むカッシュを見る。

 昼食後に彼はふらりと立ち上がると、一人で応接室の鞄の近くに立っていたことを思い出した。

 鞄は影になっていて直接見たわけではないが、そこで何かをしていたような気がする……。


「エスタ。何か思い出した?」


 固まったままのエスタに、カッシュが声をかけた。


「い、いいえ。特には……」

「どうかしましたか?」


 そこにタイミングよく、エリオットが仕事から帰ってきた。


「エスタが新曲失くした~!」

「コラ」


 ルルをたしなめたカッシュが、エスタに代わって状況を説明してくれた。


「すみません。私の不注意です」

「フム……。このまま見つからなければ再度音源をもらいましょう。データはあちらにも残っているはずですから」

「はい……」

「エスタ、あまり気にするな」

「すぐに見つかるさ」


 クリフとリアンが励ましてくれる。


「それじゃあ今日はデビュー曲の練習をしよう。さっきの変更点を確認してみようか」


 カッシュがみんなを立たせた。


「……」


 彼はグループのまとめ役で、さっきもエスタを責めるルルをいち早く止めていた。

 そんなカッシュを疑うなんて、馬鹿げている。

 それに、最近感じる視線。

 心のどこかで小さな違和感を抱きながら、エスタは気持ちを切り替えて部屋を出た。


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