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元男爵令嬢、異世界でアイドルをマネジメント  作者: 千山芽佳


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20/40

延期


「エスタを知らないか?」


 ダンスホールの床板の上で、メンバー達とマッドが舞台メイクを習っていた。

 早々にメイクを終えたクリフが、エスタの姿が見えないと探していた。


「エスタなら転生局よぉ」

「転生? なぜそんなところに」


 クリフが首を傾げる。


「あらやだ。あの子みんなに転生者だって言ってなかったの?」

「え!? エスタって転生者なの!?」


 ルルが白粉を投げ出して振り返った。


「なんかぁ~思い出したのが最近でね~。覚えてるのも死に際の記憶だけらしいから、報告にいくのが億劫だってこぼしてたわぁ~」

「死に際? それはまた辛い記憶だね」


 カッシュが顔をしかめる。


「なんでも、エーチっていう好きな男に殺されたらしいわよぉ。お金にもならない死に際の記憶なんて、思い出しただけ損よね~」

「好きな……男だと?」

「え、なに。貴公子顔怖いんだけど」

「そのエーチって、どんな男なの?」

「エースも怖いってばぁ! ちょ、二人ともなんなのよ!?」


 クリフ(貴公子)とリアン(エース)がマッドにゆっくりと近づいていった。


「あのね坊や達? これは前世のお話よ? おわかり?」

「わーいエスタが好きな男に殺された話、俺っちも聞きた~い!」

「コラ、嬉々として聞く話じゃないって」


 メイクもそっちのけで、メンバーはエスタの前世に興味津々だった。

 その中でカッシュはルルをたしなめた後、会話に入らないディーゴが気になって振り返った。


「ディーゴ、顔色悪いぞ。大丈夫か?」

「……え……?」


 真っ青な顔のディーゴは、反応も鈍く体がゆらゆらと揺れていた。


「! あぶないっ!」


 ディーゴの体が傾ぐ。そのまま意識を失い、床に倒れてしまった。

 エスタの転生話を聞くどころではなくなった。



 ***



「ディーゴが倒れた!?」


 エスタが転生局から戻ると、屋敷には不穏な空気が流れていた。

 その原因は、ディーゴが過労により意識を失って倒れてしまったことによるものだった。


「慣れないダンスや歌の練習で、疲れとストレスが溜まっていたらしい」


 医師の話をカッシュから聞いた。その彼もまた、腕に包帯を巻いていた。


「すんません! 俺のせいでカッシュさんに怪我までさせて……!」

「いーって。お前がどこも怪我なくてよかったわ」


 ディーゴの異変にいち早く気づいたカッシュが、床に倒れる寸前、頭を打たないよう腕を出して庇ったそうだ。

 医師の見立てでは、カッシュは手首の捻挫で全治1週間である。


「1週間……」


 それではデビューに間に合わない。エスタは頭の中でスケジュールを立て直しす。


「路上ライブは延期にしましょう」

「! すんません……すんません……!」


 ベッドの上で何度も謝るディーゴに、カッシュが布団を掛けて頭をぽんぽんと撫でた。


「平気だって。エスタが調整し直してくれる」

「はい。何も心配しなくていいですよ」

「ごめんなさい……」

「今はゆっくり体を休めて回復に専念するんだ」

「……でも、俺のせいでカッシュさんが怪我をして、デビューも延期になって、ただでさえ俺みんなの足引っ張ってるのに……俺、やっぱむいてないのかも……」


 布団の中で大きな体を縮めてベソをかくディーゴ。

 エスタが励ますために口を開きかけた時だった。


「俺っちも歌下手だし体力ないよぉ~ん。フォーメーションもまだ覚えてないよぉ~ん」

「そそ。俺もまだ完璧に頭に入ってるわけじゃない。しかもルルはディーゴと違ってすぐにサボるしな」

「自主休憩と言ってよねー」

「ルルさん……」

「君は努力という才能の持ち主だ。一人残って遅くまで練習していたのを私は知っている」

「クリフ君」

「ほら、仲間の言葉は素直に聞き入れようぜ」

「……カッシュさん」

「ダンスと歌は俺が教えるよ」

「リアン」


 エスタは口を開きかけたが、みんなに先を越されてしまった。

 メンバーの中で一番苦労していたのはディーゴだった。

 真面目な性格の彼なら、相当な焦りとストレスを感じていたことだろう。

 マネージャーとしてもっと気遣ってやるべきだったと反省する。

 ここはメンバーに任せて大丈夫だろうと、エスタは静かに部屋を退出した。



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