強化合宿
アービスの、デビューの準備は順調に進んでいた。
メンバーは体力作りと歌とダンスのトレーニングに励み、同時進行でエリオットとエスタが主体となって、デビュー曲や衣装、舞台の準備を進めていた。
グループの後援者がすぐに決まったのはおおきかった。
潤沢な資金のおかげで、デビュー日は大幅に早まることとなった。
デビュー曲が出来上がると、本格的にダンスと歌の特訓が始まった。
アービス邸の改修工事が始まるのに合わせて、メンバーは合宿を行うことになった。
王都から馬車で3時間ほどかかる侯爵家の別荘。
メンバーとエスタは、ここでデビューに向けた強化合宿を行っていた。
「し、死ぬ……!」
「しんどー!」
「覚えることがいっぱいで頭がパンクしそうッス!」
合宿初日、ダンス講師による特訓は、過酷そのものだった。
お昼休憩ではすでにルルとカッシュとディーゴが弱音を吐く事態である。
そこにダンス講師が渇を入れる。
「ルルはもう少し体力を付けなさい!」
「うへぇー」
「カッシュは肺活量を身に付けないと歌った時に声がブレるよ!」
「はーい」
「ディーゴは振りを覚えるのがみんなより遅い! 回数をこなして体に覚えさせて!」
「は、はい! すみません!」
講師の指摘に懸命に答えようと努力する3名。
対してリアンとクリフは、ダンス経験と日頃の鍛練のおかげで指摘されることはなかった。
時々二人で位置の確認をしたりと仲良くやっている。
喧嘩から始まった仲で心配していたエスタだったが、年も近く雰囲気も似たものを纏っていたので気が合ったようだと安堵する。
宴会ホールを練習室に当てていたメンバーは、朝から晩まで基礎練習に励み、夜には事切れて屋敷のそこかしこで屍になっていた。
全員を叩き起こして部屋に連れていき、風呂に入らせて休ませる。
特にルルやカッシュにはマッサージも施し、翌日に疲れが残らないよう回復させた。
食事や家事は侯爵家から使用人が使わされたので、エスタはマネージャーの仕事に専念できた。
夜中までグッズ展開の案を考え、翌日の準備をしてから眠りについた。
強化合宿3日目。
2日間の練習で体を酷使したメンバーに、この日は休息も兼ねて表情管理とメイク指南の勉強に当てることにした。
「やほ~! あーしが来たわよぉ~!」
ベラバイの元メイク担当であるマッドに、こっそり別荘に入ってもらう。
メンバーには事前に、表情管理の授業だと伝えていた。
『別室で一人づつファンの子に会ってもらいます。アイドルとして対応してください』
そう説明して、マッドに会わせた。
「化け物でも見た顔して失礼しちゃーう!」
ほとんどのメンバーがマッドの前で正座をさせられる結果となった。
「あんた達のファンは全員がお顔整ってて身綺麗なわけ!? そうじゃないでしょう!? 容姿に自身のない子だっているの! オブスもオデブもオカマもババアもジジイもあんた達の応援に駆けつけるのよ! 初手で『うっ』て顔しかめるんじゃないわよヴァァカ! プロなら笑顔に徹しなさい! ファンを傷つけるんじゃなぁぁぁい!」
魂の叫びでメンバーを叱るマッド。その隣で申し訳なさと感謝で頭が上がらなかった。
実はこのテストは、マッドから提案を受けてのものだった。
実際、彼らには固定観念があったのだろう。ファンが待っていると聞いて開けた扉の向こうで、奇抜な化粧を施した大男が待っていた。
不意打ちに、相手を前にして戸惑ったり怪訝な顔を見せてしまったのだ。
メンバーを騙す形にはなったが、実践を経てよりいっそう表情管理の大切さを学べたと思う。
「マッド。ありがとう」
「ん、貸しひとつねー」
エスタがマッドと入れ代わり前に出る。
「お疲れさまでした」
「エスタぁあれは反則だってぇ~」
「ルルは対面時に一瞬いやな顔をしましたが、その後持ち直したのはよかったですよ」
「! まーね!」
「リアンは終始無表情でした。笑顔の練習を心がけてください」
「う……わかっ、た」
「クリフ様はドン引きしてるのが顔に出過ぎです」
「善処する」
「ディーゴは戸惑いがいちばん顔に出ていましたね。純粋さはあなたの良さでもあるけど、同時にファンを傷つける刃にもなるので時には仮面を被ることも必要です。後で映像装置で見せるので自分の表情を見直してみてください」
「はい。すんません……」
ディーゴは大きな体を小さくして俯いていた。
「……」
合宿に来てからディーゴは謝ってばかりだ。
顔は白く唇は乾いて疲れがたまっているように見える。さらに口数も減って自信を無くしいるようなので、後で声をかけようと思った。
「なぁ俺は?」
「……カッシュは、いちばんよかったです」
「マジ?」
「終始笑顔を絶やさず紳士的でした。マッドを見ても顔色ひとつ変えなかった。最もアイドルらしく素晴らしい対応だったと思います」
「やったぜー」
リアンの言う通り、彼は男女関係なく全ての人に優しさを持って接していた。
女たらしと決めつけて敬遠していたのはエスタの方だったと反省する。
「お昼休憩のあとはメイクの講習会です」
エスタの心の機微に気づいたのか、リアンがこちらを見て微笑んでいた。心を見透かされたようで気まずく咳払いをした。
そして、午後のメイク講習会で、エスタの心配が現実になった。




