同居人
エスタが市場調査を終えて家に帰ると、数台の荷馬車と侯爵家の豪華な赤い馬車が横付けされていた。
「?」
不思議がるエスタに気づいたクリフが、玄関から駆け寄ってきた。
「迎えに行ったのに。思ったより早く終わったんだな」
「リアンが手伝ってくれたので……。ところでクリフ様、ここでいったい何をしていらっしゃるのです?」
「見ればわかる。引っ越しだ」
荷馬車から見知った使用人が、次々と荷物を運んでいた。
「だ、誰の……?」
荷物の運び入れを手伝っていた下男のオットーが通りすがりに答えた。
「若様の引っ越しです」
「クリフ様の!?」
「ここの方がアービス邸も近いので私も住むことにした」
なんてことないように答えるクリフに、頭を抱えるエスタ。
貴族の未婚男性が女性と住むなんて……!
「こ、侯爵夫妻はーー」
「いいよって」
「だと思った……!」
またしても侯爵夫妻の無謀な采配にガックリと肩を落とす。
「また手紙を読まなかったのか?」
「……」
「忙しそうにしてたからな」
「机の上に、その、置いたまま……」
「そうか。あまり無理はするな?」
「はい。お気遣いありがとうございます。あの、それでですね。そうなりますと私も一緒に暮らすことになるのですが」
「ああ」
「それは問題かと思うのです。なので私が出ていーー」
「全くもって問題ない」
「いやありますよ。それに私がいるとご迷惑で」
「迷惑などあり得ない。私はまたエスタと一緒に暮らせて嬉しい」
クリフはそう断言した後、不安そうな顔をのぞかせて訊ねた。
「エスタは私と一緒に暮らすのはいやなのか?」
エスタとクリフは侯爵家で一緒に育った仲だ。世間体を気にしているだけで、嫌なわけではない。
それに、ここは侯爵家所有の家。追い出されるならエスタの方である。
「ハァ、そんな可愛い顔でお願いされたら嫌とは言えません」
「エスタの好きな顔に生まれてよかった」
図星を指されて顔を背ける。
クリフは満足そうに、にんまりと笑った。
姉弟のように育ったせいで、二人きりの時はどうしても砕けて接してしまう。
二人で並んで歩くと、エスタの肩くらいまでだったクリフの身長は、今では見上げるまでに伸びていた。
「追い越されちゃいましたね」
「フフフようやくエスタを追い越せた。4年前はまだ12歳だったからな。出ていく君に付いていくことも止めることもできなかった。これからは君を側で守れるのだと思うと嬉しいよ」
「逆ですよ。守られるのはクリフ様で、守るのは私です」
突然クリフに手を取られ、熱のこもった目で見つめられた。
「いいや。君を守るのは私の役目だ。私にはその責任がある」
あまりにも真剣な眼差しを向けるので、そのまま手の甲に口づけを落とされるのかと思った。
しかしクリフは握手の形に持ちかけて、「これからよろしく頼む」と、少しだけ申し訳なさそうに笑んで挨拶をした。
「は、はい。よろしくお願いします」
ドキドキと心臓が早鐘を打つ。
慣れた間柄なのに、何かが違うような気もする。それが何なのか、考えてはいけないような気がした。
「私もよろしくお願いします」
二人の繋がれた手の上に、オットーのしわがれた手も重ねられた。




